中学一年生の僕

小学校を卒業し、僕は中学生になった。


重い足取りの中、僕は入学式に出席した。周りの保護者席は埋まっているのに、僕の両サイドのパイプ椅子だけは空いていた。


 中学生になったら皆も少し大人になって理不尽ないじめはしなくなった。というより、面倒事を避けるようになっていた。

 小学六年生の時にお世話になった男子生徒も三年間ちょっかいを出してくることは無かった。

 中学では友達作りを諦めてとにかく平和に三年間を過ごすことに徹した。

 たった三年。小学校を卒業するより簡単だ。

 影を薄くしてひたすらに息を潜めて過ごした甲斐があったのか、誰にも目を付けられずに一年間を過ごすことが出来た。

 物静かでおとなしい生徒=真面目でいい子という先生のイメージもあり、教員に嫌われることは無かった。


 この年から、兄と姉の反抗期がぶつかり家庭環境は更に悪化していた。

 母親はパートを始めて家を空けることが増え、父親は帰ってくる頻度が落ちていた。

 僕は巻き込まれないように家でも必死に息を殺して過ごした。

 兄にも姉にも父親の血が流れていた。きっと僕にも……。


 その年の夏、姉はとうとう包丁を持ち出した。

 子供部屋で兄と喧嘩していたはずの姉がいきなりそんな事をしだしたから理解が追い付かなかった。

 結局姉は、兄に踏みつけられ身動きが取れずに暴れていた。

 母親は姉の隣で紙を握りしめ、泣きながら蹲っていた。

後にそれが遺書と呼ばれるものだと知った。

 姉は必死に母親に説得されていたが、面倒臭そうに返事をしていた。きっと、母親の言葉は何も姉には届いていなかった。

 姉のその行動から僕は、死んで逃げるということを学んだ。

 今まで考えたことの無かった自死という選択肢。いつでもこの世界からさようなら出来る最後の切り札。


 ここ最近、ある程度発達してきた体のせいか、父親がやけに体に触れてくることが多かった。

 この日はやけにしつこくて、僕が理解するよりも先にコトが終わっていた。

 理解出来ない体の痛みと疲労感。満足した顔で僕を放置して居なくなる父親。

 時間が経ち、頭の中のモヤモヤが晴れるにつれて全てを理解した。

 僕は実の父親に犯されたのだ。

 理解した瞬間に全ての感情が僕を襲った。

 気持ち悪い。汚い。怖い。寒い。痛い。

 もう何も考えたくなくて、僕はお風呂で全てを無かったことにしようと必要以上に全身を洗い、それでも汚れは落ちなくて永遠に擦り続けた。血が出て、ようやく僕の発作は収まった。

血が出たことで表面だけでなく、体の内側の汚れも抜け出した気がした。


 その週の休日、趣味の裁縫をしていた母親が手元を見たまま僕に「お父さんと何かあった?」と問いかけてきた。

 僕はその問いが心配からのものだと思い、どこにも吐き出せなくて自分の中で大きくなった気持ちから助けて欲しくて素直にこの間あった出来事を打ち明けた。

 一瞬の出来事だった。

 母親の方を捕えていたはずの僕の目はなぜか今、天井を捕えていた。

 状況を理解した瞬間、僕の体に一気に重さを感じ、首に尋常じゃない圧迫を感じた。

 目線を下に下げると、その原因が鬼の形相で僕を睨んでいた。

 これは本当に人を殺そうとしている目だった。

 僕が、苦しさから逃げようともがいたとき、母親の顔に手が当たってしまった。

 その瞬間、自分が被害者のはずなのに焦りと罪悪感に襲われて、潰されている喉から何度も何度も「ごめんなさい」と必死に絞り出した。

 顔に手が当たった母親は我を忘れた様に手元にあった針山から待ち針を引き抜き、僕の右目を目指してなんの迷いもなく振り下ろした。

 僕の右目は眼球内で出血し、一瞬にして見えなくなった。

 父親のキャバクラ通いのせいで最近更に情緒がおかしくなっていたことを忘れていた。

 僕はそのまま一週間放置されてから病院に連れていかれた。

 手術するために入院する際の診断名は『原因不明の外傷性緑内障』だった。


 僕は手術後のふわふわした頭で最後の切り札を20歳までには使おうと決めた。というより、20歳以降の自分を想像することが出来なかったというのが本音だった。

 何度考えても、10年後の自分が想像出来なかった。

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