009
「絶対犯人見つけてね」
そう言い残して、先輩は一足先に帰っていった。そう言われなくても僕は僕の名誉にかけて見つけ出すつもりだ。
だけれど段々自信が無くなってくる。
何か見落としがあるんじゃないかと部室を見回してみても何一つ新しいものが見つからない。警察が持って行っただろう凶器こそ無いけれど、それ以外はあの日のまま残っている。
裏を返せばここに残ってるものにヒントは無い。
プロが見落とすような物を僕が見つけられるはずがない。
「……持っていけないものにヒントがあるとかは……ないか」
ヒントも何も、事件で使われたのがドアノブだ。
犯人がどうしてこのドアノブを使って首を吊るなんて考えたのかは知らないけど、吊る以外の殺害方法は思いつかなかったのか。僕はそもそもそんな吊り方さえも思い付かないぞ。何の自慢にもならないけど。
それから十分ほど、ドアを開けたり閉めたりしてみたけど何も思い浮かばず、諦めて帰宅することにした。ひょっとしたらあのおばさんがなにか答えを出しているかもしれない。
「あれ、猪子さん」
教室に荷物を取りに戻ると珍しく猪子さんが一人で勉強をしていた。てっきり誰かとやってるもんだと思ったのに一人でいるとは珍しい。
「なに、帰ってなかったの?」
「ええ、ちょっと色々ありまして」
「体調悪いのによくやるね」
呆れてるんだか心配してるんだか分からない言い方をしてくれる。きっと彼女なりの心配の仕方なんだろう。
「猪子さんは今日もテスト勉強ですか」
「そうよ、息抜きで数学解いてる」
「息抜きで数学解くってすごい言葉ですね」
「同じ勉強でも得意な事やってれば自信が戻ってくるのよ」
「猪子さんって本当に努力家ですよね」
「褒めても何も……あ、そうだ」
そう言って鞄から小さなお菓子の包みを取り出した。
「はい、友チョコ」
「いいんですか? バレンタインとっくに過ぎてますよ?」
「本当は昨日ばっちにも渡すつもりだったのよ。なのに休むから」
「昨日? バレンタインって一昨日ですよね?」
はぁ、と溜息を吐いて
「彼氏持ちが一日ずらしてあげてるんだからありがたく思いなさい」
と、猪子さんは言った。
「彼氏いたんですか!?」
「驚くポイントそこ!?」
僕よりも目を丸くする猪子さん。
「え……、だって彼氏がいるなんて一言も聞いてませんよ」
「別に言う事でもないし、知ってたんじゃないの?」
「微塵も知りませんでしたけど」
「なに、ひょっとして狙ってた?」
「いえ、全然全くこれっぽっちも」
「死になさい」
「…………」
実際に人が死んでる状況でも、その事実を知らないだけで気楽に死刑宣告が出来るのは、ある意味平和の証なんだろうか。
「というわけでホワイトデーは三乗返しでよろしく」
「暴君ですか」
「それなら二条城にするわよ」
「暴君だ……」
「二条城の味と思って心に刻んで味わいなさい」
僕はその場で市販のお菓子を食べた。小腹が空いていたのでタイミング的には丁度いい。
そういえば、猪子さんが犯人だったとしたらどうなるだろう。気軽に死刑宣告する人だからってわけじゃないけど、目線を変えるならこういうのもありじゃないか。
「…………」
だめだ、動機とアリバイを無視したって成立しそうもない。大前提の現場が部室っていう状況を崩せる人が限られてくる。
「なに、あたしのチョイスが気に食わない?」
「いえ、大変美味しゅうございました」
「その言い方よ。三日とろろじゃないんだから」
「三日とろろって何ですか?」
有名な配信者か何かだろうか。
あるいはお笑い芸人。
「……ばっちって福島から来たんでしょ?」
とんでもないものを見つけたような目で見てくれるな。
「福島からこっちに来てますけど、両親は別に福島出身じゃなかったはずです」
「正月にとろろって食べない?」
「ああ、あれってそういう名前なんですか」
「むしろ気付かずに食べてたんだ」
「おせちだとばかり」
「……おせちを何だと思ってるの」
「正月料理をそう呼んでるんでは? おもちとかもおせちなんじゃ?」
「……なんであたし、こいつに勉強負けてるんだろ」
割とガチの溜息を吐かれた。
そんなにへこむ要素があっただろうか。
「そんなにへこまないで下さいよ」
「割と本当にへこむって。ばっちにそんな常識が無いと思ってなかったし」
「すごい言われようですけど」
「なんかむしろありがとう。勉強が出来ても非常識な奴がいるってわかったら気持ちが楽になったよ」
「そんな感謝のされかた初めてですよ。僕がへこみますよ?」
「少しは成績をへこませて私を喜ばせなさい」
「それでも総合点数で僕が上回りますよ」
「生意気だ」
「大人は黙ってペペロンチーノ」
「大人要素どこよ」
「ごめんなさいカプチーノで」
「カプチーノに大人っぽさを見いだせないわ。不合格」
言って両手で大きなバツを作った。
「なんでチーノだけで間違えるのよ」
「ペとプも似てるじゃないですか」
「そこだけで似てるって判断できる方がすごいわ。やっぱり常識が違うんだわ」
「まるで人を異世界人みたいに」
「異世界人でも間違えないと思う」
どうやら僕の評価は僕の想像以上に低いようだ。
おかしいな。もう少し僕の評価は高いと自己評価していたのに、それが過大評価だなんて。
ああ、評価か。
「そうだ猪子さん。猪子さんはミステリとかそういう系の本って読みます?」
「あのホームズとか探偵が出るような?」
「そうです。別に本じゃなくてもアニメでも何でもいいんですけど」
「アニメなら見てるけど、それが何?」
「あーっと……、最近読んだ本なんですけど、謎が解けなくてですね」
「あたしの灰色の脳細胞を頼ろうと?」
「そんなに卑下しないでください。十分すごいんですから」
「……それで、どんな話?」
何故か睨まれてしまったが、僕は続ける。
「事件現場は密室で、被害者は部屋の真ん中で顔を潰された状態で発見されました。けど死因がおかしくて、警察は部屋のドアノブで首を吊って死んだんだって言うんですよ」
「それなら顔認証されるのを恐れたんじゃない?」
あっさりと猪子さんは答えた。やっぱり脳細胞は灰色でも何でもないじゃないか。
「スマホのですか」
「スマホじゃなくてもいいけど、あるいは虹彩認証をさせないため。ひっそり指紋も潰されてると予想するわ」
「なるほど……。でも密室の理由は」
「そんなの被害者が見つかるまでの時間稼ぎでしょ。その間に犯人は遠くへ逃げる」
そう得意げに語る。
が、それには落ち度があった。この場合落ち度があったのは僕だけど。
「……駄目ですね」
「何が駄目なのよ」
「言い忘れてたんですけど、その舞台が学校で、被害者が生徒なんですよ」
「それを先に言いなさい」
「ごめんなさい」
「けど答えはあんまり変わらないわ。顔認証をさせないため、そうでなければ死体に注目させるためでしょ」
「注目させるため」
「犯人は部屋の中に潜んでいて、発見された瞬間に逃げ出した。顔の潰れた死体に目が行ってれば逃げられる」
「学校のドアってそんなに広くないじゃないですか」
「広い学校もあるでしょ」
「それだとドアノブで首を吊った理由が無くないですか?」
「……それもそうね」
あたしも死体に目が行ってたわ。なんて言う。
「どうして密室で首吊りで終わらせられなかったのか、ってところにトリックがあるのね」
とうとう猪子さんは拳を口元に当て真剣に考えだしてしまった。
どうしよう、テスト勉強の邪魔をしてるどころじゃなくなってきた。納得できる答えを出さなきゃ大変な事になる。
「他に言ってない事は?」
「被害者が最後に目撃されたのはお昼で、遺体で発見されたのは午後五時です」
「合鍵は?」
「無いです。部屋の鍵は被害者が最後に事務室返してからずっと預けられてます。それがお昼頃で、被害者が部屋を使ったのもその時刻だと思われます」
「学校で、お昼頃に被害者がその部屋を使ったってことは平日?」
「そうですね。お昼以降彼女の姿を誰も見てません」
「なら殺害されたのはそのお昼ね。それ以降に誰も見てないっていうのは犯人のアリバイになる」
「その殺害方法は?」
「トリックの事? 例えば『この紐を首にかけろ』みたいなお題のゲームとか、そんな被害者が自ら首に紐を通す様な仕掛けがあったんでしょ。で、それを首に掛けた瞬間ドアが閉まる。ドアが閉まる力を利用して紐が閉まって、被害者が首吊りの状況が出来上がった」
「密室だったんじゃ」
「密室なんて嘘よ。第一発見者が『鍵が掛かっていた』って証言するだけで密室になるじゃない。つまり、第一発見者が犯人」
「それってものすごい仕掛けですよね」
そんなトリックが仕掛けてあったとしたら流石に警察だって気付くだろう。
しかし、
「だって、ばっちが読む様な本でしょ?」
と言われてしまった。
僕が読む様な本って一体……。
「だから犯人はトリックを使って昼休みに殺害。その後、放課後に顔を潰して、あたかも昼休みにそんな事件がありました、私はその時間にアリバイがあり無実です。ってやろうとした第一発見者。動機は顔を潰して顔認証をさせないため」
「そんな動機で読者は納得しますかね」
「異世界人なら納得するわ。あたしは納得しないけど」
「……じゃあ、猪子さんが納得するとしたらどんなですか」
「顔を潰したのが有り得ないわね。トリックで首を吊っただけなら自殺に見せかけられたんだから。そうすれば動機だって後からいくらでも付けられる」
「……ああ」
そうか。そっちか。
――ちぐはぐにも程がある。非合理が極まりすぎて理屈が並ばない。
おばさんはそう言っていたけれど、それは多分僕らがそういう事に疎いからだ。
「猪子さん、ありがとうございます! この埋め合わせは絶対させてください!」
「ばっちのくせにいい心がけだわ。特別にホワイトデーは三乗返しで許してあげる」
「一箱を三乗しても一箱ですけどね」
「値段を三乗なさい」
「値段は三倍でお願いします」
■□■□■□■□■□■
その夜、帰ってきたおばさんに僕は自分の推理を披露した。
おばさんはそれ自体には既に気付いていたみたいで、特に否定も肯定もしなかった。だから、僕がそこに気付いたのは単純に経験の差で、それを説明した時初めておばさんは、
「それならきっと犯人にも通じるだろうね」
と褒めてくれた。
きっと通じるだって?
そんなことはない。僕は絶対に通じると信じてる。
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