007-2
気づくと目の前にココアが用意されていた。いつから用意されていたのかだいぶ冷めている。
「やあ、おはよう」
「……おはよう、ございます?」
「と言ってもまだ夜だけどね。なに、一時間ほど眠っていただけだよ」
「……そうでしたか」
背もたれに身体を預け、軽く体を伸ばす。
なんだか妙に疲れた気分だ。眠っていただけなのに。
「こんなところで眠っていれば悪夢だって見るだろう」
「そうですよね、まだ今日はバレンタインイブですもんね」
「残念ながら二月十五日、ついでに
どうやら夢オチではないようだ。
ついでに先勝の読み方も知ってしまった。
「残り三日、それがタイムリミット」
おばさんは三本指を立てた。
カレンダーに目をやる。三日後は土曜日、ついでに仏滅だけど。それが何の日なのか。
「今回の事件が表沙汰になるまでの猶予だよ。言い換えればきみが女生徒の顔面を殴り潰した凶悪犯の仲間入りするまでのカウントダウンだ」
「……まずいじゃないですか」
冷めた上にダマの残ってるココアなんかよりもずっと。
「まずいんだよ。きみが真犯人でない場合に限ってはね」
「僕じゃありませんよ」
「それを証明する方法は?」
「それはないかもですけど――」
「おいおい、ぱずるくん。証明する方法がないなんてまだ寝ぼけてるのかい」
大仰しく声を張り上げた。
「それとも眠って忘れてしまったのかな。それなら仕方ないもう一度言おうじゃないか。三日以内――犯人の出頭を考えれば一日の猶予は無いから二日、それまでに犯人を見つけ出せばいい!」
「……そんな簡単に言ってくれますけど、そういうのは警察の仕事――」
「その警察と私的に協力関係を結んでいる人間がここにいるんだ。それを使わない手は無いだろう」
国家権力を一介の中学生が私的流用だなんてそれこそ前代未聞の事件じゃないか。
僕にそんなものを振り回す度胸なんてない。警察官と服装の似てる警備員を見るだけでもこっちはビビるんだぞ。
「さて、こちらのカードを見せたところできみにいくつか質問をしよう」
何がカードだ。警察の影をちらつかせた脅しじゃないか。
なんて言える僕ではなく、ただ素直に頷いた。ああ、ソファに座ってれば――ずっと眠ってればよかった。
「ずばり犯人は誰だと思う?」
ド直球の質問だった。
容疑者だと思ってる相手にする質問じゃない。
「……分かってたらこんなに悩みませんよ」
「分かってるから悩んでる可能性もあるけどね。真犯人をかばうためとか」
「かばうならもう少し方法考えますよ。中一の浅知恵が通じるかどうか知りませんけど」
「だろうね。私の知るきみならそうする。じゃあ質問を変えよう。どんな条件が揃えば犯人は実行できると思う?」
「それは……どういう意味ですか?」
「犯行の方法だよ。ミステリ用語でいうならハウダニット。英語で習ったハウアーユーのハウ」
「軍事用語ですか?」
「それはミリタリーだよ。最近の子は推理小説を読まないのかな。まあ、私が子供の頃からずっと斜陽ジャンルだったから仕方ないのかな。今は異世界ファンタジーがブームだと聞くがファンタジーなんてそもそも古今東西人気ジャンルじゃないか。むしろ活字に親しみを与えてくれる素晴らしいジャンルだと言うのに全くどうして……」
埋もれていた地雷を踏んでしまった。
おばさんが我に返ってくるまでの間、僕はトイレを済ませ今度こそダマのないホットココアをおばさんの分も併せて注いだ。
「すまないねぱずるくん。一瞬ばかり我を失っていたようだ」
「そうですね。一瞬ですね」
これ以上余計なことは言わないよう慎重に言葉を選ぶ。
「それで犯行の方法だけど、きみはどう考える?」
「どうって……そんな思いつきませんよ普通」
「それもそうだ。じゃあたとえばだ、部屋に杵と臼があって、臼の中に蒸したもち米が用意してあったとしよう。部屋には力自慢が一人。杵で餅を
「そりゃ搗けるでしょう」
「これに少しずつ条件を足していこう。その部屋は学校の三階にある。学校というのは関係者以外の出入りには厳しいね。しかもその学校は高い塀に囲まれ校門と裏門には二十四時間稼働している監視カメラがある。力自慢は部外者だ。果たして力自慢は学校三階にある餅を搗けるか否か」
「無理ですね」
「では部外者の力自慢が魔法や軍事技術、あるいは流行りのチートスキルを使って監視カメラも人の目もすり抜けられるとしたら」
「そこまで何でもありなら何でもできるじゃないですか。それこそチートスキルで部屋の外からでも餅を搗けますよ」
タイトルは「餅搗きスキルで戦国最強~天下餅は俺が喰らう~」だろうか。
「それもそうだ。では力自慢がただの力自慢で、学校内部の人間だったら?」
「それなら何の問題も無いじゃないですか」
「ではそのもち米が三階の教室にはなく、調理室に置いてあったとしよう。調理室の鍵は開いている。力自慢はどうやって餅を搗く?」
「調理室からもち米を持ってくるでしょう」
「それは調理実習で使う予定で、調理室には既に生徒と教師が揃っていたら」
「無理ですね」
「力自慢には友人がいた。友人は丁度調理実習中だ」
「こっそり分けてもらいますか」
「では杵と臼の用意された部屋に鍵が掛かっていたらどうだろう。もち米の用意は出来たのに杵と臼は部屋の中だ」
「鍵を開けたらいいじゃないですか」
「鍵を持っておらず尚且つ一切の解錠スキルを持っていなかったら」
「無理ですね」
「力自慢が餅を搗ける条件は揃ったね。何か特殊なスキルを持っているか、そうでなければ部屋の鍵が開いていて、もち米を分けてくれる友人がいる学校の関係者だ」
「何一つ絞れてませんけどね」
世界八十億人の誰かか約二千人の誰かだと言われても。
「そりゃたとえ話だからね。この流れでもち米を被害者に置き換えた場合を想定してみようか」
今更だけどこの人、顔を潰された人間をもち米に例えてたのか……。
人でなしなんて散々言われてきたけど、本物の人でなしってこういうことなんだろうなぁ。
「まず被害者を部室に用意する方法は何か」
「用意って、人はもち米じゃないんですよ」
「今のは失言だったね。被害者を部室に呼び出す、あるいは連れてくる方法だ。被害者はスマホを持っていたけれど、部室に呼ばれる連絡は無かった。誰かを呼び出す連絡も同様に」
「スマホ以外の方法で呼び出したってことですか」
「その可能性はあるしそれ以外の可能性もある。何せ学校だから直接呼びに行くこともあるだろう」
「……自発的に行った可能性ですか」
「正解。被害者は毎日お昼休みにどこかへ行っていたようだ。この事は被害者のクラスメイトから証言が取れている。そこで事務室の鍵の書き出し記録と照らし合わせると部室に行っていた事の裏が取れた」
「そこまでやってきたんですか」
「その程度の事はやるよ」
弁当を囲む相手ってのはそういう意味だったのか。
「ただし事件当日は違ったみたいだけれどね。その話は後にしよう」
ココアで喉を潤して続ける。
「舞台は整った。部室には凶器が揃っている。さて誰に犯行が可能か」
「チートスキル持ちなら部外者でも可能ですね」
「その通り。ただし、優れた能力を持つ部外者がそんなことをする動機は不明になるね」
「あの人ならそれこそ誰からでもどこからでも恨みを買えると思いますよ」
「きみ達が学校中から不評を買っていた事を考えればその言葉も否定できないな」
そんなことも調べていたのか。
ただし、と続ける。
「チートスキルは今回は無しでいこう。仮に本当に特殊能力者が犯人だったとしてもその可能性は最後に取っておくべきだ」
「なら犯人は学校関係者ですか」
「うん。これで八十億人から一旦は二千人に絞り込めた。被害者は午後一時二十分に鍵を返却している。この時間まで生きていることは確定だ。では誰に犯行が可能か」
「午後五時までの間でアリバイの無い人間ですか」
「さすがにアリバイは知ってたか」
「そりゃ知ってますけど。そうなると相当絞られますよね」
「というと?」
「午後の授業って一時半からですからね。事務室から部室までは十分くらいかかります。走ればもっと早いかもですけど、でもどうしたって午後の授業に間に合わなくなる。それに鍵を返しに行ってる時点で中に入れない――あれ?」
その直後に鍵を借りたのは僕らだ。
それも五時頃。
じゃあどういうことになるんだ?
「被害者は放課後にわざわざ鍵の掛かった部室に侵入し、一時間程度の間で惨劇が起きた事になるね。が、この案は却下だ。道理が通らない」
それはそう。
「ここでさっき後回しにした情報を条件として追加だ。被害者は体調不良を理由に午後の授業から出ていないんだ。しかも本人の申し出で」
「どういうことですか?」
「さぁ。ただ、きみから見た鮫アリアという人物は大変なサプライズ好きと聞いているからね。例えば午後の授業を欠席してまで部室で何かサプライズを用意していたのかもしれない。用意をしている最中に惨劇は起きた」
「僕が知ってる先輩は授業をサボってまでそんなことをやるような人ではないですね」
後輩に成績を自慢するような人間だし。
「あくまで例えだよ。午後の授業から欠席したにもかかわらず学校の外へ出ていない。これだけは確かだ」
「それで部室で殺された。そういうことですか?」
「という可能性だ。その場合、残る謎が密室にした理由だ」
「密室だと何が謎なんですか」
「密室にする理由が無いんだよ。ドアを開けたら顔を潰された死体が一つありました。部屋には鍵が掛かってました。で終わり。鍵を開けられる人間が犯人だ! なんて主張が通るのは雪山のクローズドサークルくらいなものだ」
クローズドサークルが何を意味するのかは分からないけれどそこには触れないでおく。
「鍵を閉めて出て行った、じゃ駄目なんですか?」
「駄目じゃないよ。その場合、じゃあその鍵はどこで用意したんだって話になるだけで」
「あ、そっか……」
「だからそこでお手上げになってしまった、というわけだ」
「何も解決できてないじゃないですか」
それまでに犯人を見つけ出せばいい! なんて大見得を切った挙句がそれか。
「まあまあそう言ってくれるな。『被害者は午後から部室に籠っていた。犯人はその事を知っていて、放課後に部室に行き凶行に及んだ。動機は怨恨』という仮説は一応立ってるんだから。密室は密室にしてみたいから密室にした、あるいは偶然だろう」
「だとしても、肝心の犯人が不明じゃないですか」
「大丈夫。まだ時間はある。残り二日で犯人を見つければいいんだから。心配はない、死ぬときは一緒だよ」
おばさんと心中なんて、死んでも御免だ。
つみきとパズルと奇異人倶楽部 ナインバード亜郎 @9bird
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