004
予想通りというべきか、卯遠坂先輩の初撃によりくす玉が割れ(木刀から紐がすっぽ抜けてくす玉が壁に直撃したせいだ。張り切って用意しただろう部長の心は一発で撃沈した)ピニャータは終了した。蛇野先輩がお金だけ置いていったと言ってただけあり、中身は割と高めなチョコレートやクッキーが大量に入っていて、僕らはそれを仲良く分け合うことで失敗とかそういう空気を濁すことにした。
終わり良ければ総て良し。
「少し禅問答ってのをしようか」
卯遠坂先輩の膝に座り、部長は神妙な面持ちで口を開いた。
最後までそこに居座る気かあなたは。
「嫌です。って言いたいですけど今日ばかりは部長に華を持たせますよ」
「本当に嫌な後輩だよ」
この人でなしが、と笑う。
「さっきの話だけどさ、『放課後集まって遊んでるだけ』の部なんてどの部に対しても言えると思わないか? 野球部だって野球ってゲームのために校庭占有して遊んでるだけだろ」
「それはさすがに無茶でしょう」
聞く人が聞けば怒る理屈だ。
「大会だってあるし、高等部で甲子園に参加するために今から鍛えてるって人もいるわけですし」
「大会に出られない補欠未満の奴は。誰が見ても補欠入りも叶わない様な奴もその大会のためってお題目があれば『遊んでるだけ』じゃないと言えるか? あるいは部員が足りなくて大会に参加できない部でもそう言えるか?」
「そりゃ言えるでしょう。高校生になって活躍する可能性だってあるんですから」
「なるほどなるほど」
部長は小さく笑い声を上げる。
こういう笑いをするときは何かを企んでいる時だ。
「実をいうとな、さっきのピニャータは素振りの練習だったんだよ。あたしらはあたしらで野球大会に出るつもりだ。でも運悪く部員が足りなくてな。
つまり、あたしらは野球部と同じ尊い志を持つ同志ってわけだが」
「それこそ無茶苦茶だ」
「衣織はどう思う?」
「あ、私ですか?」
「おいおい気ぃ抜くなよ次期部長。来年はこの役を務めるのお前しかいねえんだから」
「そんな嫌な役なんてムリですよ」
「大事なところは去年も聞いてるから大丈夫だろ、きっと」
「えー……」
「泣き言言うな、話が進まなくなる」
「……私も難癖だと思います」
それはどっちに対する難癖だろうか。
「ま、そうだな。あたしもそう思う」
自分から吹っ掛けておきながら、部長は自分で手のひらを返した。
「なんだよ。あたしだってこんな理屈が通るなんて思っちゃいねえよ。これでも国語の成績も良いんだぜ」
「まるで他もいいみたいなこと言いますね」
「テストは毎回学年一位だからな」
聞いてもいない事を誇らしげに言う。他に誇るところは無いのかうちの部長は。
「けど野球部じゃなくても『放課後集まって遊んでるだけ』の部なんて他にもあるだろ実際。さっきの条件に当てはまらない部なんて片手じゃ収まらないぜ? 違いがあるとすれば奇異人倶楽部なんて呼ばれる程度には忌み嫌われてることくらいで」
「忌み嫌われてるって自覚はあるんですね」
「そういうやつらのための部だからな」
「なるほど」
……いやいや、納得してる場合じゃない。
「なんですか。それじゃまるで僕が転入した時から忌み嫌われてたみたいじゃないですか」
「言い方が悪かった、訂正しよう」
「僕らのために訂正してください」
部長は言葉をじっくり選んで、たっぷりと間を開けてから答えた。
「学校で浮きそうな人のための部だ」
何一つ訂正できてねえじゃねえか。
「実際その通りなんだからほかに言いようがねえだろ。なあ衣織?」
「……私、それを聞いて泣いたの思い出しました」
そりゃ社会不適合者の烙印なんて押されてたと知ったら泣きたくもなる。
事実がどうであれ。
「いや誤解するなよ。社会不適合者じゃないからな」
しかし部長はそれを否定する。
「なにが違うんですか」
「入部きっかけになったアンケート、何書いたか覚えてるか?」
「……さすがに覚えてないですね」
「アンケートの質問は『信じる神様は?』だ。それに対しての答えは『とくになし』だった」
「よく覚えてますね」
「大事な話だからな」
部長は真面目な口調で続ける。
「毎週神様に祈りを捧げる『祈りの時間』ってのを設けてる学校に転校してきて、信じる神様がいないなんて答えるやつが、周囲と折合付けて上手くやれるなんてあたしは思わない。仮にうまくやれるとしたら、そいつはこの部に外せない存在だ。そうあたしは結論付けた」
「…………」
幸い特に入りたい部も無かったみたいだしな、と付け加えた。
「正式名称は奉仕活動部って言うんだよ、この部」
「そんな堅苦しい名前なんですか」
堅苦しいを超えて最早冗談みたいな名前だ。
奇異人倶楽部とどっちがリアリティがあるか。
「奉仕ってのは宗教的な意味合いが強いんだよ。言い換えれば助け合いだな。日常的に助け合うことで神様の教えを忠実に守っています、って言い訳が立つ。だから今日まで立派に活動してきた、って胸が張れるんだよ」
「その理屈も大概無茶苦茶じゃないですか?」
「いいんだよ。学校側も不登校をなるべく出したくないって思惑もあるだろうし、お前らは学年が違っても一緒に遊べる相手が出来た、一緒に遊べる場所がある、弁当を囲む相手がいる。それでいいんだよ」
「無理矢理良い風にまとめやがった」
「去年聞いたときはもっと格好良かった気がするんですよね」
「後輩に頭撫でられながら喋ってるのに格好着くか」
「なら降りろよ。僕だって座りたいんだぞそこ」
「断る。ここはあたしだけの特等席だ」
「アリちゃん先輩の席でもないんですけど」
と言いながら強く抱きしめる卯遠坂先輩。
羨ましい、けどさすがに苦しそうだから離してあげて。それ以上抱きしめたらお菓子が出てきちゃうから。立つ鳥が跡を汚しちゃうから。
「一応これで、あたしがやらなきゃいけないことは全部やりきったわけだけど、何か聞きたいことはあるか?」
「じゃああの空気読めないサムライクソメガネの彼女って誰ですか?」
「後輩ってこと以外知らん。あとあいつは別な学校に進学が決まってるからな、近いうち別れるんじゃないか」
「よっしゃあ!」
「……そういうところだよ、人でなしってのは」
「いやいや、僕は別れることを喜んでるんじゃないんです。その彼女さんの節穴の様な目が目覚めるということに喜びをですね――」
と、そこで思い出したことを先輩に振ってみることにした。
なんとも曖昧なまま猪子さんとの話が切れてしまっていたからな。明日も一緒に勉強するわけだし、少し情報収集をしておいても罰は当たらないだろう。
「そうだ、エンゼル様って知ってます? 節穴で思い出したんですけど」
「どんな思い出し方だよお前……、そのエンゼル様ってのはあの段ボール頭の方の?」
「そうです。こっくりさんじゃない方」
「こっくりさんって?」
首を傾げたのは卯遠坂先輩だった。
「先輩は知りませんか? こっくりさん」
「こっくりさんってのはあたしも知らねえぞ」
「でもさっき段ボール頭の方のって」
「あたしが知ってるのは段ボール頭と元ネタの方だよ」
元ネタも大して知らねえけど、とチョコレートを口に放り込んだ。
「――にがっ」
「苦手なのになんでビターチョコなんて食べるんですか」
「大人びたい年頃なんだよ」
「それで、元ネタって何ですか?」
「ツッコミ放棄するなよ、唯一の取柄だろ」
「僕の取柄それだけですか!?」
もっと他にあるだろ!
なんかしらがさあ!
「――いやそこはおいといて、その元ネタの方をですね」
「だから大しては知らねえよ、あたしも先輩から軽く聞いただけだしな。何より面白くもない」
「それでもいいですよ。どうせクラスで話の種にするだけですし」
「…………」
「なんですか、幽霊でも見たような顔して」
「お前……、クラスに話相手なんていたのか」
「今までなんだと思ってたんですかアンタは!」
「……いや、その冗談だからな? うん。冗談だ冗談」
リアクションが冗談に見えねえ。
いつもみたいに馬鹿笑いしてくれた方がまだ救いがある。
「元ネタってのは昔この街であった事件だよ。二十世紀の終わりだからあたしらが生まれるよりずっと昔だな。だから詳しいことは知らん」
「モヒカンが跋扈してヒャッハーしてた時代ですか」
「してたらエンゼル様って名前もまた違っただろうな」
「ひゃっはー」
「いくら頑張ってもあたしの髪はモヒカンにならんぞ」
「それで、どんな事件が?」
「わからん」
「……はい?」
「人が消えたとか人が助けられたとか曖昧なんだよ。そもそも又聞きの又聞きの時点でそれくらい分かれ」
そこまでは言ってなかっただろ。
「ただまあ、その頃からエンゼル様の噂があったのは確からしいんだ。エンゼルドーナツを持ってたら助けられたとか、エンゼル様のおかげで嫌いな人間がいなくなった、とか」
「…………」
「その噂話がどうして今の段ボールになったかはあたしも知らん。けど、ま、つまらん噂話だわな」
部長はお返しとばかりに後ろ手で先輩の長い髪をくしゃくしゃにする。
嫉妬で蹴飛ばしそうだ。
「なんにしたって噂に振り回されるなんてダセェ真似はしてくれるなよ。この部ってのはそういうのの中心に立つ側なんだから」
「無理矢理良い風にまとめやがった」
「部長のあたしがまとめるのは当然だろ」
部長はゆっくりと立ち上がった。
「さて、雪がひどくなる前にお開きにするか」
雪が降り止むのは当面先のようだ。
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