003

「恒例の儀式だバカ。この学校にゃエクソシストはいてもネクロマンサーはいねえよ」

「クソシスターならいますねいだっ」

 上履きをぶつけられた。

 奇異人倶楽部の部室には椅子が二つ、床に直置きの座布団が一つ備え付けてある。これは奇異人倶楽部の部員全員の分、という訳ではない。そもそも部員は四人いる。僕と卯遠坂先輩、鮫部長、それからもう一人、今日はまだ来ていない三年の蛇野先輩。つまりどうしても席が足りなくなるわけだが、それを我らが部長は画期的な方法で解決している。

 その方法とは椅子に卯遠坂先輩が座り、その膝を部長席にするというもの。

 身長140センチ前半の小柄な部長だからこそできる荒業である。

 ……そんなんだから小学生と間違えられるんだよ、とは思っていても言わないのがマナーである。先輩も部長の肩に顎を乗せて舟をこぐんじゃない。ああ羨ましい。僕なんて床に敷いた薄っぺらい座布団だぞ。

「恒例の儀式ってのはそれだ」

 部長は得意げに指さしたそれは、やたら派手でカラフルなくす玉だった。

「ピニャータだよ」

「ゆるキャラの真似ですか?」

「ゆるキャラの自己紹介ちゃうわ。語尾にニャとかつけるんかピニャータ君」

「部長の語尾ニャは狙いすぎててあぶっ」

 二発目の上履きが飛んできた。

「スカートなんですからそんな上履き蹴り飛ばさないでくださいよ。くまさん見えますよ」

「誰のパンツがくまさんじゃ、張っ倒すぞ」

「そうですよ、ちゃんと膝掛けしないとぽんぽん冷えますよ」

「お前も子ども扱いするんじゃない」

 部長は卯遠坂先輩の顎を肩で持ち上げ立ち上がり、飛ばした上履きを自ら拾って履き直した。もう二発飛ばそうという魂胆かと身構えたが、部長はそのまま僕の脇を横切り、くす玉の隣に置いてあった木刀とプラバットを拾い上げる。やんちゃな子どもって棒とか好きだよなぁ。

 なんて温かい目で見守っていたらプラバットで叩かれた。

「思ってること駄々洩れじゃアホ」

「いや、みんなそう思いますって」

「そこは思ってないって否定しろ」

「それじゃ叩かれ損じゃないですか!」

「最低限の誠意ってものがあるだろ!」

「喧嘩しーなーいーのー!」

「……ごめんなさいママ」

「もう喧嘩しないよママ」

「だー! あーもぉーっ!」

 仲裁に入って落ち込まされる卯遠坂先輩だった。

 卯遠坂先輩をいじる時だけ、波長が完璧に合う部長と僕である。二人とも先輩が好きなのだ。

「いやー笑った笑った」

 涙を流して一通り笑った後、部長は満足したように言った。

「これでま、心残りは一つ消えたな」

「なんですか急に真面目な顔して、部長らしくもない。余命宣告でも受けたんですか」

「不吉なこと言いなや。部長は今日で引退、卒業するんだよ」

「ただ放課後集まって遊んでるだけだったのに引退とか卒業とか、そんな大げさな」

 テスト期間が終わったら普通に招集かけそうなんだが。

 高等部に進んでも何食わぬ顔でやってきそうなんだが。

 しかし、どういう訳か部長はクククと笑いをかみ殺す。

「そんな大げさに聞こえるならこの部の活動は大成功なんだよ。ボードゲーム部だってあるんだ、うちみたいな部があってもいいだろ?」

「いや、意味が分かりませんよ」

「意味は後で教えてやるよ。それも全部含めての儀式、引退式なんだから」

 部長はずっと下ろしていた木刀を片手で格好よく高く掲げようとした。が、どうやら重かったようでプラバットを捨てて両手で掲げた。木刀の先に吊るされているくす玉が重さの原因のようだ。

 引退式だって自分で言ったのにその本人が締まらないところがらしいと言えばらしい。

「これ作るのに時間かかったんだぞ」

 ぷるぷると腕を振るわせてないで一旦置けばいいのに、自慢したいのか自慢したいのかそれとも自慢したいのか、いじらしく部長は説明を続ける。そのいじらしさも卯遠坂先輩が肩書と共に引き継ぐのだろうか。

「ピニャータってのは早い話が吊るしたスイカ割りだな。中身はあたしが買ってきたお菓子の詰め合わせだ」

 つまりあたしからの一日早いバレンタインチョコだ、と部長。

「ただし、あたしがかち割られそうだから目隠しは無しな。そこ、私関係ありませんよみたいな顔しない」

「あ、あの時は事故だったんですよ! 蛇野先輩が手を鳴らすから!」

 どうやら既にやらかしてるらしい。卯遠坂先輩ならプラバットも凶器だ。

「と、ところで! その蛇野先輩はどうしたんですか!?」

 そういえばそうだ。

 普段からあの人空気に徹し過ぎてるからすっかり忘れてたけど、今日だけは主役の座に着くんじゃないのか。

 果たして、部長は掲げていた木刀をゆっくり下した。

「……あの野郎は、デートだとよ」

「……はぁ?」

 僕は思わず声が出た。

「あたしが可愛い後輩のためにイベントの準備をしてるってのに、あの澄まし野郎はデートだ」

「あのサムライメガネ、彼女がいたんですか? 美人局とかじゃなくて?」

「いるんだよ。こんな可愛い幼馴染よりも後輩よりも大切な彼女が……。おかげで全部あたしが用意する羽目になったわ!」

 笑ったり切なくなったり怒ったり、今日は何かと忙しいお人だ。

 しかしまあ、そういう事情なら今日ばかりは僕も部長の味方だ。

 彼女持ちの青春謳歌野郎の肩を持つなんて僕にできるだろうか。否、できない。

「それ、僕が持ちますよ」

「あ?」

「せっかくここまで御膳立てしてもらったんですから。その持ち上げ役僕が代りますよ」

「烏羽……」

「それに卯遠坂先輩が叩いたら吹っ飛んじゃうと思いますよ。部長じゃ背も力も足りな――いっ!」

 思い切り足を踏まれた。

「えい」

 さらに追い打ちとばかりに卯遠坂先輩からもデコピンを受けた。

「今のはさすがにぱずるちゃんが悪いかな」

「一言も二事も多いんじゃ阿呆」

 締まらない空気は僕が引き継いでしまうらしい。

「――けどま、ありがとな」

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