002

 BAAAAAAAAANG!

 そんな効果音が似合う登場の仕方だった。

 一斉に(あるいは一声によって)教室は静寂に包まれる。

 と言ってもクラスに残ってるのは僕らと折悪く戻ってきてしまった委員長(金髪碧眼三つ編み眼鏡の文学少女。ただし電子書籍)の三人だけなので、元々賑やかではなかったけれど。

 それでも、心音まで静まりそうな程には心臓に悪い。

「やっほー、ぱずるちゃんにヨウちゃん! それから三里ちゃん! 元気してる?」

 中等部一の有名人――元気な卯遠坂うとうざか衣織先輩は、入口に立ったまま僕らに愛らしい笑顔を向ける。

 だが、その愛らしい笑顔が通じるのは僕だけであり、二人からすれば獅子か何かが歯をむき出しにしてる風にしか映らないようだ。その証拠に猪子さんは苦笑いの表情のまま固まっているし、委員長に至っては涙が零れないのが不思議なほどに目を潤ませて震えている。頼むから二人ともそんな顔で僕を見ないでほしい。僕だって先輩の来訪なんて予想してないんだから。

「あんまり後輩をいじめないでくださいよ先輩」

 僕は立ち上がり、開いていた勉強道具を鞄に仕舞いこむ。

「いじめ!?」

 僕の軽口に過剰に反応したのは他ならぬ卯遠坂先輩だった。

「そうですよ」と僕は続ける。

「先輩は人一倍声が大きいんですから、もう少しボリューム落とさないとご近所迷惑ですよ。テスト勉強してる人もいるんですから」

「でもっ、いや……そんなつもりはっ――」

 急に狼狽える卯遠坂先輩。

 威勢がいいのは最初だけ。というかこっちの方が地だ。

「加害者はよく言うらしいですよ。遊びのつもりだった、とか、そんなつもりはなかった、とか」

「え、あ……、う……」

 わたわたと慌てる卯遠坂先輩。非常に愛らしい。

 一通り慌てふためいた後、

「ごめんなさい」

 と頭を下げた。

 二年生、卯遠坂衣織先輩。

 後輩の面倒見も良くて冗談の通じるフレンドリー、なのに引っ込み思案で人見知りで勢いつけないと後輩の教室に顔も出せない、八重歯の光る笑顔の素敵な可愛い先輩。

 だけだったなら先輩が現れただけで誰もここまで畏怖したりはしない。

 フレンドリーさに無邪気さと勢いをつけないと人と話せないその性格に、男子よりも大きな身体に見合う力が組み合わさってしまったが故の結果だ。僕も転入してすぐに先輩の洗礼を受けているが、それ以上のことを経験したことを想像すると、これ程までに恐怖するのは納得がいく(そのことを誰も話したがらないのが何よりの証拠だ)。

 まあ、その欠点さえ無ければ付き合っていて楽しいので僕は好意的だったりする。

「……ばっち、早く」

 どうにかしろと言いたげな小声で猪子さん。

「わかりました。勉強会はまた明日にでも」

 僕は鞄を掴み上げ、早足で先輩の元へ向かった。早く教室を出なければ明日から針の筵になってしまう。

「さ、先輩行きましょう。バレンタイン前のデートです」

「で、デート!?」

 先輩の背中を押し、後ろ手で教室のドアを閉めた。ひとまずこれで一安心。委員長の涙が零れない事を心の中で祈る。女子を泣かせたとあっては僕のカーストは底無し沼だ。僕だって転入のために失った夏休みを無駄にしたくはない。

「デートはしないよぱずるちゃん!?」

 三歩程遅れて先輩は否定してきた。デートのお誘いだなんて微塵も思ってなかったけれど、否定されると少しだけ悲しくなる。

「そうなんですか? 期待してたんですけどね」

 僕はわざとらしく肩を落とした。

「それで、デートのお誘いじゃなかったらなんのご用向きで?」

「アリちゃん先輩が部室に来いって」

「今日から部活休止期間ってことわかってんですかねあの人……」

「部活をしなきゃ大丈夫だよ」

「まあ、そりゃそうなんでしょうけど……。先輩は大丈夫なんですか?」

「大丈夫って?」

「期末テスト」

「もちろん大丈夫」

 先輩は自信満々に続けた。

「0点だって特別なオンリーワン!」

「…………」

「もちろん冗談だよ!?」

「そ……そうですよね……」

「赤点取らなきゃ大丈夫!」

 来年同じ学年にならない事を祈るばかりだ。祈りが教師に届くかどうかは神のみぞ知るといったところか(あちらこちらに祈る節操無しの祈りがどこに届くかわかる人がいたら教えてほしい)。

 そんな会話をしてる内に部室前に到着した。

 全文化部が割り当てられた部室棟、その三階最奥部、校舎の僻地に僕らの部室が割り当てられている。

 学園の奇人変人が所属する通称、奇異人倶楽部キーマンクラブ

 正式名称は僕も知らない。

 いや、こればかりは僕が責められても困る。僕は純然たる詐欺の被害者だ。転校初日に学校生活アンケートと称した勧誘に遭い、そこでうっかり入部届に名前を書かされ、気が付いたら部活に入部させられてしまっていた。逃げようにもわざわざお迎えに来る諸先輩共のおかげもあり、名実ともに奇異人倶楽部の一員に仕立て上げられてしまった、という訳である。

 そんな奇異人倶楽部の活動内容だが、半年経った今もよくわからない。ただ部室に集まって駄弁ったり先輩にいじられたり先輩にいじめられたり先輩を可愛がったりしてるだけで、なんでこんなのが部室を割り当てられているのか謎が多い。学園七不思議のひとつに数えらえてもおかしくはない(この学園に七不思議なんてものがあるかどうかは別として)。

 ひょっとしたら、学園安寧のために厄介者を隔離しておくためだけの場所なのかもしれない。なんてね。

 ドアノブに手をかけようとして――すんでの所で手を引っ込めた。

「入らないの?」

 先輩が首をかしげる。

「……ドアノブに静電気を滅茶苦茶溜め込むと思うんですよね。僕があの人なら」

「そんなに性格悪かったっけ、ぱずるちゃん?」

「僕じゃないですあの人です」

 あの人とは他でもない。僕をこの部へ巻き込んだ張本人、詐欺師が天職と危ぶまれる鮫アリア部長だ。あの人の仕掛けた度を越したイタズラに何度僕が引っ掛かったことか。今日も今日とてこのドアの向こうでほくそ笑んでることだろう。

 しかし、毎回そんなものに引っかかる僕ではない。

 鞄から静電気除去アイテムを伸ばしてドアノブに近づけて反応を見る。

 しかし反応はなかった。どうやら静電気じゃないようだ。

「…………」

 ドアノブを回し、少しだけ引いて待つ。

 ――何も……、起こらない。

「おう何やってんだ、早く入れよ。寒いじゃねえか」

 ぶっきらぼうな声が中から聞こえてきた。どうやら今回は何もなさそうだ。

「はいはい、入りま――っ?」

 安心してドアを引いたところで、何かに引っかかったのか、ドアは途中で止まった。

 内側を覗くと反対側のドアノブに紐が括り付けられ、その紐が伸びた先にはダンベルやらペットボトルやら重りの大量に詰まったカゴが結ばれていた。そりゃ開かないわけだ。

 なるほど。

「よし、帰りましょうか先輩」

「え?」

「こうして締め出されてるわけですし、部活休止期間な訳ですから」

「え? え?」

「部長は身を挺して僕らに帰宅を促してくれてるんですよ。さすが三年生、最上級生の鑑です。僕は今まで陰謀詭計騙し討ち、貶め大好き腹黒狐だと思ってましたが、今日から少しだけ尊敬しようと思います。そうだ、途中エンゼルドーナツにでも寄っていきません? そこで軽く勉強していきましょう。勉強のお供には甘いもの必須ですからね。それに先輩の赤点なんて点数、冗談でも取らせるわけにはいきません――」

「ちょっと待てコラァアアアア!」

 卯遠坂先輩を階段までエスコートしたところで部長が走ってきた。ちっ、自力で紐を解いてきやがった。

「なに勝手に帰ってんだよオメーはよぉ!」

「面倒くさい教師みたいなこと言わないでください。放課後なんですから帰りますよ」

「こちとら今日のために色々準備してきたんだぞ」

「あの小学生が考えたみたいな嫌がらせなんて誰が引っ掛かるんですか。卯遠坂先輩だったら気にせず開けてなんなら後片付けまでしますよ」

「そっちじゃねえよ! っつうか片付けくらい自分でやるわ!」

「私そんな馬鹿力じゃないよ!?」

「それはないな」

「ないですね」

「なんで息ぴったりなの!?」

 残念ながら周知の事実なので。

「あーあーしょげるなしょげるな、よしよし。悪いのは全部この人でなしだからな。一緒に部室でお菓子食べような」

 ここぞとばかりに先輩を甘やかす鮫部長。僕を悪者に仕立て上げようという魂胆か。それならそれでこちらにも考えはあるぞ。

 「よし、それじゃあ僕は先輩を送り届けたのでこれで――」

「なに帰ろうとしてんだ、お前も来るんだよ人でなし。奇異人倶楽部恒例の儀式にお前もいねえでどうすんだ」

 ……降霊の儀式?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る