第29話 マクロナルドにて
「つまり、駆はホモ。はっきりわかりましてよ」
「何もわかっちゃいない!」
体育館裏のラブレター騒動を莉々嬢が総括した言葉が上記の通りである。
あの後はなかなか
気を失い倒れる駆に、それを再び鼻水ズビズビでマーキングしながら組み付く魅美、早々に恋人? をサキュバスにかっさらわれて激怒し引きはがそうとする高角君、そんな高角君と駆のくんずほぐれつを描くことに夢中になり始める服部さん、事態の収拾が困難だと判断した寧音が莉々嬢に連絡を入れ、桃を伴い無理矢理その場の仲裁を行い何とか解散するまでかかったお時間、約一時間。
その際に高角君が本来手紙で呼び出そうとした相手が莉々嬢であるという事が判明したものの早々に振られ、その揺り戻しでまたも駆におホモだちから始めようとするも当然のごとく拒絶され、結局高角君は誰にも愛されない悲しきホモになるだけという救われない結末だけが残った。
ついでに言えば、一月市高校にて莉々嬢に突撃して玉砕した屍第一号という不名誉極まりない称号まで獲得してしまったが、どうせこの後も屍の山は数多く築き上げられると思われるため、即霞むものと思われる。
一方で大収穫だったのは、めでたく腐女子バレした服部嬉々さんである。
嬉々さんは駆に抱いていた恋心はどこへやら、完全に吹っ切れて無敵の人と化してしまい、早くもナマモノ作品を一冊書き上げそうな調子である。
「というより、わかってしまったんですよ。私が青原君に対して思い浮かべ、感じていた感情の正体が恋心ではなく、『推し』に対する憧れや畏敬の念だったんだって。そもそも土台同じ土俵に立つことがおこがましいってことだったんですよ、ええ。だからですね。青原君をですね。私で補完して新たな解釈を生み出すのもありなんじゃないかなと思うわけでしてね」
そう言いながらも淡々とスケッチブックに線を走らせる嬉々先生の目には、一種の狂気じみたものが浮かんでいた。
莉々嬢は早々に関わるのをやめた。
とても賢明な判断だと思う。
そして、妖怪鼻水マーキングと化したアホサキュバス、魅美はというと。
「駆ぅー、ホモにならないでぇー! 女子に奪われるよりも余計に悲しいぃーっ! No more ホモ! ノンホモ牛乳!」
「誓って言う、俺はホモじゃねえ! あとなんだノンホモ牛乳って」
例の面子揃ってターミナル駅である一月市駅で途中下車し、ハンバーガーチェーン店のマクロナルドにて急遽「魅美を正常化させる会」が催された。
ちなみに、寧音は帰宅方向が反対にもかかわらず二つ返事で参加した。
なお、駆はほっといてもすぐに立ち直ると思われているあたり、ちょっと扱いが雑である。
……駆も被害者なのだからケアがあってもいいと思うのだが、魅美の方が重症だから仕方がない、のだろうか?
「でもあの時服部さんが言ってたもん……『ホモは嘘つき』って……」
あっ、と桃が何かを察したような表情をするが、指摘する事によって深まる疑惑を避けるために沈黙する。
「待て、だとしたらどうして俺がホモになるんだ」
「……駆はホモ?」
「違う」
「『ホモは嘘つき』だからホモ! やっぱりホモじゃんかーヤダー!」
「待て、こんな理不尽があってたまるか! どう答えてもホモじゃねえか!」
「これは……地獄じみた呪いを残していきましたね、服部さん……」
半ばあきらめたような表情でポテトをひとつまみ食べ、桃は小さくため息をつく。
揚げたてでカリッとした芋の食感と程よい塩分が口の中に広がるが、残念ながら桃の脳内にはあまり響かず、状況打開のための妙案は浮かばない。
「てかこれ言ったもん勝ちじゃん、答えが一択になる無茶苦茶理不尽な暴論だし」
流石の寧音もこれには笑えず、どうしたものかと思案しながらチーズバーガーを一口頬張る。
小さな口では上手に食べきれず、中のソースや具材がむにっと少し飛び出る。
寧音は少しムッとしながら飛び出た具材を包み紙越しに押し込み、手をナプキンシートで軽くふき取りこのしょうもないホ問題解決の糸口を探る。
その間も眼前の青いお馬鹿と羽根の付いた野郎はホモだそうじゃないと言いながら、ビッグマクロバーガーを胃袋に消し、Lで注文していたポテトの山も残りわずか、ついでに頼んでいた15ピースあったはずのチキンナゲットも2~3ピースを残すところとなっていた。
確認するが、この二人は昼食ドカベン組である。
勿論だが、このご帰宅すれば夕食が待っている。
成長期の男子である駆はいいとして、問題は魅美である。
そんなに食べたらまたウエストサイズが爆上がりしそうなものなのだが。
光明を投げかけたのは、アイスコーヒーを飲み終えた莉々嬢であった。
「じゃ、魅美。あなたはレズよ。そしてレズは嘘つき。異論は認めませんことよ」
空になって氷だけになったコップをことっと置き、中の氷をストローでガシャガシャ言わせながら魅美に言い放つ。
どことなく莉々嬢に本気のオーラが漂う。
「はぁっ!? 何よそれぇ! アタシレズじゃないもん! 意味わかんない!」
「レズは嘘つき、だからレズですわ」
「うぇっ、じゃあレズ!」
「認めましたわね」
「ぬがーっ!? 違う、違うくて……」
「レズは嘘つき。ほら、やっぱりレズですわ」
魅美がこねていたクソ論法をそっくりそのままやり返して、見事(?)魅美を封殺した。
「びえぇーっ、駆ぅーっ! 莉々がヒドイのぉ!」
涙ながらに魅美が駆にすり寄るが、駆は完全に怒髪天で、冠毛が完璧に逆立っている。
莉々嬢は内心これはやばいやつ、と察したが、どう考えても魅美の自業自得であり、何より面白いので静観に回ることにした。
「いや、それお前が言うか!? まさにさっきまでお前がやってたことだぞ!?」
「……あっ」
魅美、ここにきてようやく霧が晴れたような表情になる。
「『あっ』じゃねえよ! もうホモだレズだとかいう話は終わりだ! NOホモ・NOレズ! それで終わり! 本件は以上! いいな!」
「……ほんとに駆、ホモじゃない?」
「くどい! ホモじゃない!」
「びゃあああ、よかったああああ! 駆、ちゃんとホモじゃなかったああああ!」
ポテトとナゲットで油まみれの手のまま駆に抱き着こうとする魅美であったが、毎度のパターンを読み切った駆が先んじて右手で頭を掴んで突進を止め、そのまま左手で時間が経って少し萎びたポテトを数本魅美の鼻の穴に突っ込んだ。
「ふばっふん!!!!」
おおよそラブコメヒロインがあげるとは思えない品のなさしかない叫び声をあげた魅美は、盛大に鼻の中のポテトを鼻水付きで噴出した。
そして塩分マシマシになったポテトは、あろうことか駆にそのまま飛んで行き、防ぐ間もなくその口に突っ込まれた。
「ぬぎゃああああああ!!!!」
盛大な自爆劇を見せつけられ、莉々嬢は無関係を装うために注文トレイを片付けに席を立ち、寧音は腹をよじりながらも果敢に写真を撮影、桃は脳の処理が追い付かず思考放棄しオーバーヒートした。
マクロナルド一月市駅店の従業員の皆さんと、同タイミングでお食事を楽しまれていた他のお客様方からしたら、本当にいい迷惑であったことだろう。
なおその日の夜、魅美は夕飯として出された麻婆豆腐をおかずにご飯を三杯お替りした。
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