第26話 タップタップ、ギブアップ

 何ともなしに拾い上げられたる駆の右手にある封筒は、その場のシチュエーション的にほぼ間違いなく……。


「そっ、それってっ、ららら、ラブレター!?」


 魅美が半狂乱になって駆に食いつく。


 それを駆はいつもの事とでもいう風にノールックでがっしり頭部を鷲掴みにして抑え込み、ギリギリと握力をかけてベアクローの体勢に入る。


「があああ!!!」


「莉々、あと頼む」


「任されましてよ」


 言葉少なくとも意思疎通できるあたり、流石幼馴染とでもいうべきか。


 瞬く間に魅美は莉々嬢に寄って駆から引きはがされ、そのままヘッドロックを決められる。


「ぶももも……ぎ、ギブギブ、莉々さんタップタップ!」


 ギブアップ宣言を受けてようやく莉々嬢が魅美を開放する中、寧音はゲラゲラ笑い、桃はアワアワと腰を抜かしていた。


「やー、マジ面白ぉ。二人とも魅美ちの扱い慣れすぎてね? ま、それよかー、今気になるのはそっちの方じゃね?」


 寧音が再度駆宛の手紙に注意を促す。


「そうだな……今まであのアホ魅美からもらったことは多々あったが、他の誰かからというのはもらったことがなかったからな……」


 そう、魅美のアプローチが強烈過ぎて、誰も駆に手を出そうと思わなかったのである。


「とりあえず中身を確認してみないことには何ともしようがないな」


 そう言いながら満を持して駆が封筒を開封する。




 青原 駆 君


 突然のお手紙申し訳ありません。


 私は同じクラスの服部 嬉々ききと言います。


 同じクラスになったその日から、青原君の事が好きになってしまいました。


 もしよろしければ、青原君とお付き合いして、もっと青原君についていろんなことを知っていきたいと思っています。


 今日の放課後、体育館の裏まで来てください。


 青原君のお返事をお待ちしております。




「おぉ……ガチだ」


 初めての魅美以外からのラブレターに、駆は若干心拍数を早める。


 ごくりと生唾を飲み、緊張気味の精神を落ち着かせようとするが、あまりうまくいかない。


「てぇーか、この子同じクラスの子じゃん! 服部、服部ぃ……あぁー、確かラミアの子だったかな?」


 寧音の頭の中では、既にクラス内の人物の名前と顔が一致する状態になっている。


 やはりこの陽キャ、スーパーコミュ力お化けである。


「ほ、本物、なんですね、そのお手紙……! そ、それで、どうされるんですか? 服部さんへのお返事……!」


 興奮気味に尋ねる桃に、駆は「うぅーん」と締まらない返事を返す。


「莉々と違って、俺は別に大企業の跡継ぎを背負ってるわけでもないからそこの部分は気にしなくてもいいんだけど……やっぱりこういうのって、相手の気持ちをある程度尊重してあげるべきだよな……。かといって俺の気持ちも曲げちゃいけないわけだし……」


 煮え切らない唸り声を上げ続けていると、不意にガシッと駆の足に衝撃が走り、思わず転倒しそうになる。




「か゛け゛る゛ぅ゛~゛~゛~゛! アタシを捨てないでぇー、置いていかないでぇー……!」




 魅美が噴水のような涙を流しながら駆の足に組み付いたのだ。


 あっという間に駆の制服のズボンは、魅美のばっちい鼻水でべちょべちょにマーキングされる。


「うぇっ、きたねぇ! 離れろ! うぉっ!? いつもより強い!?」


 組み付かれた足から魅美を引きはがそうと翼をバサバサさせながらもがくも、またも体重増加した魅美のずっしりボディはそれを簡単には許してくれない。


「くそっ、バイオのゾンビかよ! 離れろって! うぉあーっ! 莉々ぃー! 寧音ぇー! 桃ぉー! 見てないで助けてくれぇーっ!」


 遂に押し倒された駆は、バサバサと羽根を撒き散らしながらギャーギャー暴れながら三人に助けを求める。


 慌てて助けようと桃が駆け寄ろうとするが、すっと莉々嬢が手でそれを制する。


「優柔不断なのは罪、しかもそれが女性の恋心が絡むとなれば重罪でしてよ。自分ですっぱり答えを出すまで魅美の相手でもして反省なさい」


 もっともらしい事を言っているが、その実、この光景が面白いからもうしばらく見ていたいだけである。


「わ、わかったわかった! 会う! 会ってきちんと話をする! 答えも決まった! だからこいつを何とかしてくれ……! 重い……食われる……」


 既に腰のあたりまで鼻水でズビズビにされてしまい、駆も力尽きそうな様子だ。


 この段階でようやく莉々嬢もやれやれと言いながら魅美を駆から引きはがし、そのままエビぞり固めを決める。


「びゃあああああ!!!!」


 確認するようだが、これが当作品のメインヒロイン、主役の上げる声である。


 数秒もしないうちに魅美はタップし、莉々嬢に解き放たれて力なくだらりと這いつくばる。


「カンカンカンカーン、決まりましたー! うぇーい、ウィナー莉々ち!」


 寧音が莉々嬢の右手を大きく掲げる。


 その傍ら、魅美から解放された駆がようやく起き上がり、体をひねったり背中をバサバサさせながら異常個所がないかを確認し、鼻水でズビズビにされた個所をティッシュで丁寧にふき取る。


「うえぇ、シミとかにならなきゃいいんだが……まぁいい、なんにせよ助かったぜ、莉々」


「お気になさらず。とりあえず、放課後の件が片付くまでは、服部さんに下手に接触して散策するのはやめにしておきましょう。余計な事をして服部さんにご迷惑をおかけするわけにもいきませんし。駆、あなたも放課後まで極力服部さんとの接触は最小限になさい。早まって妙な行動をするのはご法度でしてよ」


「わかってる……というより、一番の問題はこれだろ」


 これとは魅美これである。


「そうですわねぇ……ほっとけばトンチキ行動をしでかすのは必至、厳重に見張っておきますわ。寧音、桃、あなたたちもご協力お願いできるかしら?」


「おけまるー! あーし魅美ちとは席隣だし、なんかあったらすぐ動くかんね! 安心してくれていーよ!」


「わ、私も!? ええぇーっと、とりあえず魅美ちゃんが暴走したら抑え込めばいい、のかな……?」


「概ねそれでよろしくてよ。さてと、魅美? わかってると思いますけれども、放課後までに妙な行動は厳に慎んでくださいましよ。服部さんを手にかけようというのは言語道断! あなたの恋路にライバルが一人増える事になろうとも、あなたはあなたなりに正々堂々と立ち向かいなさい。いいですわね!」


「むぎゅぎゅ……」


「返事!」


 容赦のないデコピンが魅美の額を襲う。


「っだぁーい! わかった、わかったからもうやめて……!」




 服部さんもラブレター一通でここまでの騒動になっているとは思ってもいないだろう。


 本人の意思はどうあれ、このラブレター騒動の賽は投げられたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る