第24話 その日の木崎家の食卓
「姉ちゃん顔がキモい」
その日の夜、家族そろっての夕食の際に、魅美の弟
ちなみにメニューはお好み焼きで、当然のようにご飯もついてくる。
木崎家では炭水化物だろうが調味料だろうが、米が出てきた時点で「おかず」扱いである。
さて、先のド直球な暴言であるが、普段の魅美なら即座に食って掛かり、「何よいきなり! アンタこそキモいわよ!」とでも言い返しそうなものなのであるが。
「ぬふぇー? ぬふふふふ……」
返答になってないようなアホな音を返しながら、だらしなく蕩けたアホ面を臆面もなく晒しているのである。
母特製のお好み焼きが美味しいのは事実ではあるが、決してその味がこの表情の原因ではないことは、この場にいる家族全員が察せられた。
「あっ、駄目だこれ。姉ちゃん壊れたわ。粗大ごみか生ごみの日に出さなきゃ。それとも馬鹿ごみの日?」
「ぬふふっふ、ぬふふぬふぬふ……」
相変わらず不気味な音を漏らしアホ面をする魅美であったが、その顔のまま右腕を振りかぶって誘馬の後頭部を狙いどつく。
一方の誘馬は今までこの手のやり取りを何万回もやってきたものであるから、慣れた様子でひょいとかがんで姉の腕を回避する。
「二人ともやめなさい、食事中に。お行儀悪いのはどっちも馬鹿よ」
強い、やはり母は最強である。
どちらも等しく馬鹿認定されたところでようやく父が「魅美、何かいい事でもあったのか?」とアホ面直らぬ魅美にその顔の原因を訪ねる。
「ぬふふふ……それ聞いちゃう? ねえ聞いちゃう? 聞きたい? 知りたい? 教えてほしい?」
「いや全然。黙って食えよ」
この弟である。
「そっかー、なら特別に教えてあげなきゃねぇ……」
この姉である。
「いやねー、アタシ高校で駆と同じ部活に入れたのよぉ。ぬふふふふ」
「……それだけ? あほくさ」
「まあまあ誘馬。魅美は本当に駆君一筋だな。それで、何部に入ったんだ?」
「えっとね、TRPG部っていうんだけど、お父さん知ってる?」
「なんだ魅美、随分マニアックな趣味の部活に入ったんだな。あれだろ、サイコロ転がしながらやるごっこ遊びみたいなやつ」
「サイコロ……? 何姉ちゃん、すごろくでもやるの?」
誘馬は姉がなんか変なこと言いだしたな、と思い少し興味を示す。
もっとも、姉の魅美が変な事を言うのは割といつもの事である。
「はっはっはっ。まあサイコロを使うといったら真っ先に思い浮かぶのはすごろくだよな」
と父が言う隣で、母の方はジャパニーズ賭場の丁半やチンチロリンをイメージしていたが、口には出さなかった。
「まぁ口で説明するよりは調べた方が早いだろう。夕食の後にでもググってみなさい。何にせよ、新しい事にチャレンジしてみるというのはいい事だ。ちなみに魅美、部活には駆君以外にも入った子はいるのかい?」
父が豆腐とわかめの味噌汁を飲みながら尋ねる。
木崎家の味噌汁は、近隣地域の文化に強く影響を受けたためか、基本的に赤みその味噌汁である。
なお、「それは赤だしというのでは?」というツッコミは受け付けていない。
「いるよー。莉々とあと二人。両方女子」
「えっ、何だよそれ……駆さんの同期男子不在? 駆さん大変そうだな……」
「それどころか上級生は部長さんだけでその人も女子だから、男子は駆一人よ」
「うわっ、孤立……! しかもこんな救いようのないお馬鹿も一緒とか、駆さんホントにつらそう……」
魅美が誘馬の脇腹を狙って肘を突き出すが、これもまた慣れた様子で体をくねらせ回避した。
「まぁ、駆君は相手が男子か女子かなんてあんまり気にしない子みたいだから、大丈夫じゃないか。しかし、そうか……駆君や莉々ちゃん以外に二人もか。その部活の子たちとは仲良くやっていけそうかい?」
父にそう言われ、魅美は脳内に寧音と桃の姿を思い浮かべた。
バリバリ陽キャで快活な寧音と、大人しい文学少女だがTRPGへの熱がすごい桃。
いずれも友人・部員としてという意味でなら仲良くやっていけそうではあるが、この二人は同時に駆争奪戦に名を連ねる恋のライバルでもある。
今でこそ適度に仲良しといった距離感を保てていると思うが、いずれバチバチに苛烈な奪い合いに発展するかもしれない。
(まあ、問題ないでしょ? アタシ、ずっと駆と一緒だった幼馴染だし? 寧音は互いの距離感を気にせず一気にぐいぐい来て仲良くなってくるけど、あんなギャルギャルしいのは駆の好みなタイプじゃないはずだし。桃は駆と一緒の図書委員でTRPGも色々知ってる大先輩だけど、他の事にはあんまり積極性がない感じだったし)
そこまで考えて。
「ん、まぁ……そうね、今のところ問題なさそう。余裕余裕」
微妙にすれ違いを起こした回答だったが、父がこの馬鹿娘の脳内のやり取りを読めるはずもなく、「そうか、なら安心だ」と返した。
「いやな、魅美は昔から『駆君、駆君』だっただろ? そのせいで他の友達ができ辛かった部分があるからな。やっと駆君・莉々ちゃん以外の友達ができるのかと思うと、なかなか感慨深いものがあってな。友達は数が多ければいいというわけでもないけれど、高校の頃の友達というのは一生ものの友人になったりするからな。大事に付き合うんだぞ」
「『付き合う』!? ……うん、わかった」
その後にごにょごにょと小声で妙な言葉を口走ったが、隣にいる誘馬でも聴き取れはしなかった……が、彼には意味は大体分かった。
(この馬鹿……そういう意味じゃないぞ)
誘馬は冷めた目で姉を見た。
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