第20話 遠ざかっていくヒロインキャラ

「それでは、まず導入のシーンです。皆さんは同じ冒険者ギルドに所属する冒険者で、既にパーティを組んで数回依頼をこなした仲間、という設定でお願いします。その方が導入の進め方が楽になるので」


「わかった。じゃあカケルスはギルド併設の食堂で朝食でも取ってるかな」


「だったらあーしも飯食ってるー、てかみんなで食おうぜー!」


 瞬く間に雰囲気を掴む駆と寧音の二人の前には、きっとバターをひとかけら乗せたパンとベーコンエッグの乗ったお皿が浮かんでいることだろう。


「あっ、じゃ、じゃあアタシも食べてるわ! 『すみませーん、おかわりお願いしまーす!』」


「いや早速おかわりかよ、ペースが早ぇ」


「流石食いしん坊キャラですわ」


「うっ……そんなつもりじゃなかったのに……」


 図らずも設定を拾ったRPロールプレイになってしまったことに、早々に魅美が撃沈する。


 しかしそんな魅美をよそに、GMの桃は慣れた様子でそのパスを拾う。


「いいですね。ではおかわりを持って来た給仕さんが、ミミさんに声を掛けます」


「あら、何かしら」


 そのまま、桃は実に自然な流れで冒険者一向に依頼を提示した。





「『実は、この街の近くにある村で魔物の被害が発生するようになってしまいまして。生憎他の冒険者の皆さんは別の依頼で出払っているので、依頼を頼めるのがミミさんたちのパーティだけなんですよ。この依頼、受けてはいただけませんか?』」


 桃がスムーズに給仕の台詞を読み上げる。


 やはり経験者だけあって、給仕役のRPにも淀みがなく、安心感がある。


「おーいいじゃん、早速受けr」


「ちょっとお待ちになって、寧音。こういうのはきちんと依頼の達成条件と報酬を確認してから受諾するかどうかを考えるべきでしてよ。ろくに内容を精査せずに割に合わない仕事を受けでもしたら、とんだ骨折り損になるばかりか、自分たちの価値を低めてしまいますわ」


 実家が資産家なのでこの手の依頼や交渉はリアルでも経験があるのだろう、莉々嬢が最もな意見で寧音を制する。


「それもそうね。よく『人助けだから』と安請け合いするお人好しなキャラっているけど、ああいうのってその人の善意を搾取されて使い潰されるのがオチよね。じゃあ、依頼がちゃんと適正なものかどうか、詳しい話を聞いてみましょ」


「わかりました。では給仕さんは依頼書をテーブルに広げ、その詳細について説明を始めます。内容を箇条書きしたメモをお渡ししますので、詳しくはそちらをご参照ください。勿論、質問があれば受け付けますよ」




 桃が手渡したメモの内容は以下の通りだ。


・村が魔物の被害にあい、畑の野菜や家畜が奪われている

・村の場所はこの街から歩いて半日ほどの位置

・村を襲った魔物を討伐できれば1000Gグラン支払う

・もし自分たちでは手に負えないほどの強力な魔物だった場合、その情報を報告すれば700G支払う

・魔物の脅威度によっては追加報酬も出す

・依頼の期日は三日とする



「依頼の達成が困難なケースの対処も書かれてるあたり、結構しっかりしてんだな。俺はこの内容で問題ないように思うんだが、莉々はどう思う?」


 パーティのブレインと認識したのだろう、駆が莉々嬢に意見を仰ぐ。


「そうですわね……GM、この報酬1000Gというのは、私たちの力量からして適正な価格なんですの?」


「そうですね、一般的に魔物の討伐依頼というのは、命の危険性が低い他の依頼よりも報酬が高めに設定されることが多いです。その点を考慮したとしても、皆さんのレベルならこのくらいの報酬は適正だと思っていただいてよろしいかと思います」


 桃の丁寧な受け答えに、莉々嬢も納得の様子だ。


「問題なさそ? なら早速依頼受けてちゃちゃっと悪モン退治しちゃおうぜー!」


 おー、と依頼を受諾することに合意するPLたち……の、一方で、魅美はまたもやくすぶる。


(アタシ……おかわりしただけで終わった……! 慈悲深きヒロインキャラのはずが……!)




 大して役立つ言動を起こせない状況に魅美が悶々としながらも、GM桃によるマスタリングはテキパキとつつがなく進む。


「では、皆さんが村を目指し歩を進め、お昼過ぎぐらいになったころに目的の村まで到着しました。村人に依頼の件を尋ねようとしますが、何やら騒がしくそれどころじゃないようです」


「おっ、もしかして魔物の襲撃を受けてる真っ最中か。急いで騒ぎの中心地へと向かうぞ」


「うぇーい、カチコミじゃーい!」


「いいですね。では、物陰に隠れて遠巻きに様子を窺う村人たちの視線の先に、畑を荒らす人型の生き物を見つけました」


 そう言いながら桃は、ホワイトボードの中心部に赤いマグネットを三つ配置し、そこから少し離れた位置に青いマグネットを四つ配置した。


 どうやらこれが彼我の位置関係を表す簡易的なマップらしい。


「っしゃー、そいつらが敵っしょ? 早いとこやっつけちまおー!」


 右手を力強く掲げる寧音であったが、再び莉々嬢によって「ステイステイ」と諫められる。


「少しは落ち着きなさって? 折角相手はこちらに気付いてないみたいですし、状況整理してもいいと思いますわ。GM、村人に話を聞いてもよろしくて?」


「大丈夫ですよ。ただし、魔物に襲われているという状況が状況なので、質問できる内容は二つまでとします。何について尋ねますか?」


「ふむ、そうだな……あの魔物が依頼で言っていた、討伐してほしい魔物で間違いないのかを聞いてみたいな」


 駆の問いに対し、GM桃は村人のRPを行いながら答える。


「『おお、あなた方が依頼を受けてやってきた冒険者の方々ですか。いかにもそうです、あの魔物たちが最近村を荒らして回る魔物です』、とのことですね」


「なるほど、なら今度は敵の総数を聞いてみましょう。ここにいる魔物で全部ですの?」


「それでしたら……『あいつらと同じやつかはわからないが、少なくとも三匹以上で出てきたことはない』と答えます」


 同じく村人のRPをしながら、桃が莉々嬢の質問に答えた。




「それでは……質問を二つし終えたので、今度は村人が皆さんに話しかけてきます。『冒険者の皆さん、申し訳ありませんが我々には魔物と戦う力がありません。冒険者の皆さんの力であの魔物たちを退治してくださいませんか』」


「そうだな、依頼だし断るなんて選択肢はないだろう。村人には『任せておけ』と言ってから、人型の魔物の前に躍り出るぞ」


「うぇーい、ようやく戦闘だー! いいとこ見せちゃうかんねー!」


「二人に遅れつつも、つかつかと敵の前に出ますわね」


「ちょ、待ってよ! あっ、アタシももちろん戦うわよ! かかってらっしゃい!」


 四者四葉の反応に「いいですね!」と笑顔を返した桃は、改めてPLたちを見回す。


 緊張気味の魅美に、普段通り冷静な駆、早く戦いたくてたまらないという寧音、魅美の反応を面白がるように笑みを浮かべる莉々嬢。


(みんないい表情……私も初めてのセッションの時は、こんな感じの顔してたんだろうな……)


 かつての自分を思い浮かべて笑顔を浮かべる桃、だったが。


「うっ、GMが何か悪い笑顔を浮かべてますわ!」


「おー桃ちやる気だなぁ? かかってきなー、やり返してやるし!」


 意図しない方向に捕らえられてしまったようだ。


 桃は苦笑しつつも、「そんな変なことはしないから!」と予防線を張ってから。




「それではこれより、戦闘を開始します!」

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