第18話 遊ぶ前の準備

「ではまず、ざっくりとした遊び方の解説だ」


 そう言いながら海山先輩は、ガラガラとホワイトボードを運んで板書書きをし始めた。


「TRPGというのは、基本的にゲームの進行役を務めるGMゲームマスターと、ゲームのキャラクターとなって動かすPLプレイヤーとに分かれて遊ぶ。ここで注意してほしいのは、役割が別になっているからと言って、決して両者は対立関係にあるわけではない、ということだ。むしろ、お互いが楽しむことを目標とし、互いに協力し合う関係が理想と言えるだろう。PLが困っていたらGMが少し助け舟を出してみたり、PL側が面白い提案をしてきた場合にGMはルールの許す範囲で積極採用してみたり、といった感じだな」


「へぇ、結構アドリブが大事そうなんですね」


 魅美の意見を、海山先輩は「その通り!」と肯定する。


「とはいえ、何でもかんでもできるってわけでもない。あまりに無茶な提案はGMは拒否できるし、GM側も進行役という権限を振りかざして好き放題やっていいわけではない。そういった遊ぶ際の基準となるルールがまとめられているのがこの『ルールブック』、通称『ルルブ』だ」


「旅行雑誌?」


 寧音のボケに、海山先輩は苦笑するだけだった。


「このルールブックには、そのシステムを遊ぶ際の根幹となるあらゆる情報が記載されている。キャラクターの作り方や運用方法、判定の方法や評価基準、アイテムや魔法などのデータベース、世界観設定の詳細などだな」


「となると、ルールブックの内容はよく読んで理解しておく必要がありますわね」


 莉々嬢の言葉に、海山先輩は満足げに頷く。


「そうだな、円滑な進行のためにもGM・PLの双方で、ルルブを熟読してある程度の理解を深めておくとよいだろう。とはいえ、困った際はいつでもルルブを開いて内容を確認してもいい。ざっくり概要を把握するならまだしも、ルルブの内容を一言一句全て覚えるというのも酷な話だからな」


 ははは、と海山先輩が笑う一方で、桃は少し気まずそうにしている。


 ……どうやら、割とガチでルルブの内容を覚えるタイプのようだ。


「そして、GM・PLが一緒に一つのシナリオで遊ぶことを、『セッション』と呼ぶ。テーブルを囲んで遊ぶ様子から、『卓を囲む』とも言ったりするな。というわけで、早速セッションを行おうと思うわけだが……誰かGMをやってみたいというものはいるかな?」


「はい!」


 元気よく手を挙げたのは、スイッチON状態の桃だった。


「うむ、渡辺君か。君は経験者だったな。『ソードラ』は結構長くやってたりするのかい?」


「はい、『2.0』の頃からプレイしているのでばっちりです!」


「そうか、それならば安心してGMを任せられそうだ。ではGMは渡辺君、他の四人はPLとしてセッションに臨んでもらう。私は今回、みんなの補助に回るとしよう」


(むぅ……当然だけど、桃ちゃんは張り切ってて頼もしいわね……それに寧音も積極的だし……)


 と、ここで魅美はあることに気付き、焦る。




(あれっ、アタシ、なんか影薄くなってない……?)




 GMとPLが決まったところで、海山先輩はテーブルの上にA4サイズの用紙を四枚並べ始めた。


「この用紙は『キャラクターシート』、通称『キャラシ』と言って、PLのゲーム内のキャラクター、つまりPCプレイヤーキャラクターの名前やステータスなどの情報をまとめておくものだ。本来はフルスクラッチと言ってこのキャラシを一から作っていくのだが、今回は皆初めてということで、あらかじめデータが組みあがっているものを用意した。名前とキャラ設定は空欄になっているから、ここさえ埋めればお手軽にセッションを行えるというわけだ。というわけで、みんなで相談してキャラシを決めてみてくれ」


 四人はそれぞれテーブルに並べられたキャラシを確認した。


 キャラシにはそれぞれ、『オーガの戦士』、『フェアリーの斥候』、『サキュバスの神官』、『エルフの魔法使い』というキャラクターのデータが書かれていた。


「おー、あーしにぴったりのキャラいんじゃーん。もち『フェアリーの斥候』で決定っしょ! 魅美ちも『サキュバスの神官』でいいんじゃね?」


「そうねぇ、自分と同じ種族だと親近感がわくし、遊びやすそうね。それに、神官っていうのもいいわね。アタシの溢れんばかりの慈愛の心にぴったりだわ!」


(それに、なんだかパーティの中心的なポジションに収まりそうだし! ここでアタシの存在感を出して、駆の目を釘付けにしてやるわ!)


 むふふ、と何やら企み顔の魅美であったが、当の駆はというと。


「慈愛って……お前から最も縁遠い言葉が出てきたな?」


「むきーっ! 駆は黙ってなさいよ!」


 ……というわけで、早々に寧音と魅美の二人はキャラシが決まる。


「さて、優しくない神官殿はほっといて……俺は『オーガの戦士』にしようかな。前衛でガンガン戦うキャラをやってみたいし。莉々、いいか?」


「問題ありません事よ。ではわたくしはこの『エルフの魔法使い』で行きますわ。それにしてもエルフ……日本にいるとあまり見ませんわよねぇ」


 エルフは、一般的にはヨーロッパや北アメリカに広く分布している種族だ。


 日本在来の種族ではないため、日本人にとって『エルフ=外国人』という感覚である。


「まあファンタジーだしな。こういうのって、中世のヨーロッパっぽい雰囲気あるし」


「そうですわねぇ。ふふっ、自分とは違う種族を演じてみるというのも、結構面白そうですわね」


 というわけで、種族違いの二人も割とすんなり決まった。




「では名前は最後に決めてもらうとして、みんなのキャラの設定を決めてもらおう。これらの設定は、特にゲーム上ではデータの有利・不利といった要素は生み出さない、いわゆる雰囲気作りフレーバー要素だな。性格や来歴など、皆がPCを演じる際の行動指針にしてみるといいだろう」


 海山先輩がキャラシの空欄になっている枠の部分を指さした。


「へぇー。ちなみに、それはどうやって決めるんですか? いきなり『設定を決めて』って言われても、どういうキャラにしようとかのとっかかりがなくて……」


「大丈夫だ、木崎君。勿論ある程度自由に考えてもいいが、『ソードラ』にはキャラクターの設定を無作為に決めるための『ランダム設定表』というものがある。ダイスを振って、出た目に対応する設定を採用するというものだな。……まぁ、中にはなかなかにひどい設定が決まったりするので、『大惨事表』などと呼ばれることもあるようだが」


 海山先輩の隣で桃がむせた。


 どうやら心当たりがあるらしい。


「ともかく、ランダム表から設定を三つ選び出し、それをもとに詳細設定を組み上げていき、最後に名前を決めれば、君たちのキャラシの完成というわけだ」


「なるほど。なら折角ですし、ダイスで無作為に決まった設定から考えてみましょうかしら」


「あーしもそうするー」

「じゃあアタシも」

「まあその方がTRPGっぽいもんな」


 というわけで、暫し四人はサイコロを振り、ぎゃああと叫んだり、何これと頭を抱えたりして呻くこと数分、各々のキャラシが完成した。


 なお、この時点で既に魅美は口から魂を吐いて真っ白になっていることを描写しておく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る