第16話 サキュバスに逃げるな
サキュバスである魅美のこれまでの人生の中でも、まったくそういった性的なトラブルがなかったわけではない。
むしろ、そういった体験を全くせずに育つ女性も少なくない中で、サキュバスである魅美はそういった被害にあうケースが多い方であった。
初めての遭遇は小学五年生のころ、莉々嬢含む数名の女子たちとの下校中に、通りすがりの露出魔に股間を見せつけられた。
魅美個人を狙ったものではないにしても、グループ内に魅美というサキュバスがいたために犯行に及んだ、という可能性は十分考えられる。
なお、この露出魔は後日無事逮捕されており、「子供たちの反応を見て楽しみたかった」などと供述していた。
中学に進学したての頃、今度はストーカー被害にあった。
犯人は同じ学校に通う上級生で、新入生として入学してきた魅美に一目惚れし、そしてすぐに彼女が駆に好意を寄せているのを知る(何せ毎日のように一緒に通学し、ときには手をつなごうとしていたためだ)。
既に駆という相手がいることに傷心したその上級生は、魅美への恋の形を歪ませてしまい、付きまといや盗撮行為に身を染めたのである。
事態が発覚したのは、魅美が落とした折り畳み傘を拾った莉々嬢が、それを魅美の自宅に届けようとした際に不審な挙動を見せる上級生を見かけたためだ。
莉々嬢がその場で問い詰めたところその上級生が自白、その場で警察に身柄を引き渡すことになった。
最終的にその上級生は転校することとなった。
これには魅美だけでなく、木崎家全体に衝撃が走った。
魅美の母は娘を守るために防犯グッズを買い漁ったし、魅美の父(ちなみに種族はユニコーンだ)は魅美のスマホに防犯アプリをインストールさせた。
一緒に登下校をしていた駆もショックを受け、しばらくの間は魅美がベッタリ抱き着いての通学を要求した際も素直に受け入れるようになった(なお周囲は「結婚秒読み」などと大いに揶揄った)。
なお、弟の
最大の事件は、中学三年時の修学旅行の盗撮事件だ。
宿泊先のホテルの従業員が宿泊客のリストを確認した際に魅美がサキュバスであることに気付き、その宿泊部屋と女性用大浴場に隠しカメラを設置したのである。
この事件は莉々嬢が部屋の違和感に気付いたために発覚し、全国レベルで報じられるほどの大問題になった。
事件によって魅美が受けたショックは大きかった。
過去のトラブルは、まだ無差別的だったり、魅美という個人を判断した上での犯行だったが、ここにきて明確に「サキュバスという種族だから」という理由でターゲットにされたのである。
それでなくても、楽しい思い出となるはずだった修学旅行をぶち壊されてしまい、その原因が自分の種族ともなれば、自己嫌悪にも陥る。
勿論、盗撮行為に及んだ犯人が全面的に悪いのだが、魅美はなかなかそう割り切ることができず、本調子に戻るにはスクールカウンセラーのカウンセリングを二カ月ほど受ける必要があった。
こういった事件化した案件以外にも、ガラの悪そうな異性からナンパされることは多々あり、その度に駆か莉々嬢が割って入って対処するというのがいつもの流れとなっていた。
もっとも、逆に莉々嬢が声をかけられ、魅美と駆が追い払うというケースもそれなりに多かったのだが。
とにかく、魅美には普通の女の子の日常生活と呼ぶにはいささかトラブルが多い人生を送ってきた。
慣れているつもりであっても、やはり煩わしいし……できるものなら、そういうものとは無縁で暮らしたい。
駆にべったりなのも、そういった煩わしさから離れられる一つの答えであるからだ。
駆と一緒にいれば、余計なことを起こそうという異性は近寄ってくることが減る。
万が一接触してきたとしても、駆が守ってくれる。
それでなくても、駆と一緒にいるということへの安心感で心が満たされる。
魅美にとって駆とは、一種の精神安定剤のようなものなのだ。
「……ありがとね、みんな。色々心配させちゃったわね。でも大丈夫、乙女としてどうかとは思うけど、まあまあ慣れてるから」
苦笑いでみんなの顔を見、気持ちを切り替える。
サキュバスだという事実は変えられないし、その種族が追う宿命じみたものからも逃れられない。
だからと言って自分の種族を理由に嘆く必要はないし、そこに逃げてもいられない。
サキュバスである自分を受け入れ、それを持ち味として生かさなければ損だ。
よし、そうと決まれば駆を篭絡できるようなメロメロサキュバススマイルを――。
「何が乙女だよ。お前みたいなのはお転婆って言うんだよ」
顔を作ると同時に駆の指が魅美の鼻の両穴に突っ込まれる。
そりゃあもう、ぶすりと見事に。
「ぶごおーーーーーーーー!!!!!」
メロメロサキュバススマイルどころか豚豚ブサイクスマイルとなった魅美の怒りの咆哮が轟く。
「だひゃひゃひゃひゃ、マジウケるー! 駆君、魅美ちに容赦なさすぎwwwww」
「えええ、ちょっと駆君、ひどいですよ! あんまりじゃないですか!?」
「いいんですのよ、桃。これがこの不器用な男なりの、精一杯の気遣いでしてよ」
「ははぁ、なるほど。クーデレというやつかな? だが照れ隠しのつもりで意地悪するのはいささか子供っぽい行為ではないかな?」
「そうよー! うら若き乙女に向かって何てことするのよー! もっとレディを丁重に扱いなさーい! 断固抗議するー!」
「よーしよしよし、どうどう」
「馬じゃない!」
「いやツッコミの早さマジやばーwwwww」
揶揄われ、笑われ、慰められ(?)、魅美はいつもの面白ポンコツサキュバスに戻った。
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