第15話 羨望と偏見のサキュバス事情

「そうか……それはその……災難だったな……」


 場面は変わって放課後、魅美たち五人組はTRPG部の部室に来ていた。


 昼休みに起こったことのあらまし、特に魅美がサキュバスであるがゆえに面倒な騒ぎになった旨を海山先輩に語ったのである。


「童貞をこじらせるのも、せめて他人に迷惑をかけない範囲でやってほしいものだな……いや、誠に申し訳ない。TRPG部として、そして生徒会としても、少し苦言を入れておこう」


「聞く耳持ちますかねぇ……」


 魅美の脳裏には、あのフリーダムすぎる別目の馬鹿丸出しの顔が浮かんでいた。


 その馬鹿面別目が絵筆とパレットを片手に、「AV! AV!」と囃し立てているところまでがセットだ。


「なに、こういうのは本人に言って効果がある・ないではないよ。大事なのは『指導が入った』という実績作りさ。そういった事実の積み重ねで周囲からの信用を得て、ことを進めやすくするというわけさ。……即効性がないというのは否定はしないがね」


 流石生徒会のトップともある人物となると、なかなかに政治的なムーヴをするものである。


「まぁ……今回はそのくらいでいいんじゃねえか? 確かにあからさまなセクハラだったけど、だからってこれ以上は何かできそうもない。一旦はこれで様子見ってことにしとこうぜ」


「……まぁ、それはそうなのですけれども……なんとも歯痒いですわぁーっ! もうちょっと強めに蹴っ飛ばしてやったほうがよろしかったかしら……!」


「り、莉々ちゃん、抑えて抑えて……! 女の子がしちゃいけないような怖い顔になってるから……!」


「あははっ、莉々ちって意外と武闘派? でもあーしもダボダボパイセンひっぱたきたくなってたから似たようなもんか!」




 はぁ、とひとつ溜息が出る。


 魅美の頭の中の別目が鬱陶うっとうしく居座り続けているのは、何も公衆の面前でヌードモデルになってほしいなどというド直球なセクハラをされたからという理由だけではない。


 頭の中に響くのは、「サキュバスのAV女優」という別目の言葉だった。




 生物学的なことを言うのであれば、サキュバスとは人類種の中でも女性しか存在しない、「女性種」である。


 女性種とはその名の通り「女性しか存在しない種族」の総称で、基本的に他種族との交配によって子を成す。


 その子供は男子であれば父親の種族、女子であれば母親の種族と父親の種族がおおよそ3:1の割合で生まれる。


 特徴的な青系統の肌、側頭部から生える角、黒白目、背中に飛行に適さない小さめの皮翼、先端部がハート型に膨らんだ尻尾など、その見た目も中々に個性的だ。




 サキュバスという種族は基本的に「刺さるほどに魅力的な」容姿をしている。


 それは、大人っぽかったり、セクシーだったり、愛くるしかったり、美しかったり、愛嬌があったり、艶めかしかったり……とかく、様々な美醜のカテゴリで何かしら、「美」とされるポイントが容姿の主軸として備わっており、そしてそれは大きく損なわれることが少ない。


 他の種族であれば、ともすれば「ブサイク」などと称されそうな特徴であっても、サキュバスであれば他のパーツで補うことによって、総合的に「美」寄りになるのである。


 例えば、魅美は最近油断してデブり、下っ腹にぽっこりと肉が乗るようになった。


 本人の思い描く理想形かはさておき、その状態であっても、顔や髪、胸や尻、角や翼といった他の体のパーツの美しさによって、その飛び出た腹ですら「魅力的な身体的特徴」へと転じさせる。


 それがもし仮に、まわしと四股名が必要なほどの太鼓腹へと膨れ上がったとしても、なんだかんだで「それすらも魅力」と認識される。


 古今東西、容姿が美しいとされる種族は数多なれど、サキュバスほどその種族的平均点が高い種族はいないことだろう。


 「美」という評価基準において、常に羨望の眼差しを受ける……それが「サキュバス」という種族なのである。




 ……故に有史以来、大小様々なトラブルの種になった例は枚挙に暇がない。


 クラスのアイドルになり男子から告白されまくる、といったかわいらしいレベルのお悩みから、一人のサキュバスが国家を牛耳り戦争を引き起こした歴史的事件まで存在する。


 あまりにそういったトラブルが絶えないことから、ヨーロッパを中心とした西洋文化圏では中世から近代に至るまで、サキュバスという種族を「堕落の象徴」として弾圧していた。


 弾圧時代のサキュバスの扱いは家畜に準じた扱いのようなものであり、当然のようにその命の価値は軽かった。


 性の捌け口に使われるのであればまだ良い方で、実験動物のように扱われたり、狩猟の対象として扱われることすらあった。


 実際、近代医学の発展にはサキュバスたちの犠牲なしには語ることができず、暗く陰惨なヨーロッパの闇を垣間見る機会が、日本人であれば少なくとも学生時代に必ず一度か二度は訪れる。


 なお、日本史においてはサキュバスの社会的な位置づけは比較的恵まれており、とりわけ宗教的に重要な地位についていたという例が散見される。


 邪馬台国を治めたとされる巫女の女王「卑弥呼」は、「青肌」「黒に金の瞳」という記載が魏志倭人伝内に記されていることから、サキュバスであったと推測されている。


 他にも平安時代の絵巻物にはサキュバスと思われる貴族が陰陽師として召し抱えられている様子が描かれていたり、恐山のイタコには伝統的にサキュバスのものがなることが多かったとされるなど、西洋のような弾圧風潮がないことが伺える。


 また、江戸時代の町人文化が花開いた時代においては、サキュバスの容姿に纏わる作品が多く残されている。


 浮世絵の美人画であったり、歌舞伎や人形浄瑠璃の演目であったり、落語のネタであったりと、様々な文化にその存在を垣間見ることができる。




 では、現代ではどうだろうか。


 西洋文化圏を中心として巻き起こった「種族解放運動」により、現代では地上に存在するあらゆる人類種は「平等な人権を持つ」と定義され、少なくとも表立って弾圧することは「悪」とされるようになった。


 ……皮肉なことに、このような運動があってもなお、主に西洋文化圏では各種族に対して差別的な思想がまだ根強く残っている。


 この運動以降、グローバル社会におけるサキュバスたちは、概ね「美しさを象徴する種族」として認識されている。


 それ故に女優業やファッションモデルなど、美しさが求められる業種で華々しく存在感を示す種族として躍り出た。


 ……もちろん、性的な方面での需要も少なくなかった。


 アダルトな分野においての人気種族はぶっちぎり上位でサキュバスであり、時代の流行り廃りで多少上下することはあっても、人気種族三位以内を外すことはまずない。




 ……色々取り繕ってきたが、端的に言おう。


 サキュバスはエッチな目で見られる種族である。


 思春期真っただ中の魅美において、その現実は目を背けられない事実であった。

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