第14話 土下座されても無理なもんは無理

 魅美はひたすら困惑した。


 目の前には必死の形相で、全身全霊の土下座をする竜人。


 すぐ隣ではブチ切れて今にもその頭を踏み潰すのではないかという爆発寸前のところで踏み止まっているヴァンパイア。


 怒りよりも呆れが勝ってしまい、ひどく残念なものを見るような冷たい目線を投げかける有翼人種。


 ぶはーっと吹き出し、抱腹絶倒するフェアリー。


 そして、顔を真っ赤にしてあわあわと心配そうにこれらの光景を見、ことの進展を見守る有角人種。


「頼む! 本当に全身全霊を込めてのお願いだ! サキュバスのおめぇにしか頼めねえんだ!」


 そう言ったかと思うと、馬鹿竜人が額を床に勢いよくガッツリベッタリくっつけて叫ぶ。


「ヌードモデルやってくれ!」


 何が、一体全体、どうしてこうなった――。




 少し時を遡る。


 寧音の調査したダボダボパイセン伝説について魅美たちが好き勝手言い合っていると、不意に一年二組の教室のドアがガララッと開いた。


「よおぉーう、一年生どもー! 俺たちと一緒にガチ美術やらねぇかぁー!?」


 美術部例のあいつらだった。


 しかも襲撃しに来たメンツが、今朝校門でペットボトルミサイル乱射事件を起こした別目・羽津・白須賀馬鹿三匹であった。


「えー、我々美術部はぁー、ガチで美術をやってまーす! 一緒に芸術という名目で好き放題やろうぜ!」


 と、別目が言うが早いか、ワーウルフの羽津が勧誘のチラシを配り始め、バフォメットの白須賀が黒板にチョークで「美術部員募集中!」とポップな印象のタイポグラフィを描いて見せた。


「過去の実績としてはァ! 現代の芸術作品という名目で、校舎の側面を使ったプロジェクションマッピングでスマ○ラをやったことがありまーす! お前ら堂々とゲームやれる口実できるぞ! しかも大画面! 入ろう美術部! な!」


 などと高らかに宣言し、別目が教室内をぐるりと見渡し……ある一点を視線が通過したかと思えば、その場所を二度見する。


「マジか……マジか……!」


 呆けたように固まった別目がようやくその言葉を絞り出すや否や、教室後方にて固まる五人組のテーブルまで突き進み、飛び上がる!


「AVじゃねえ、本物のサキュバスだああああ!!!!」


 と、そのままの勢いで土下座する。


 そして。




「いきなりですまねぇ! ヌードモデルやってくれねぇか!?」




 ……ということがあり、冒頭のやり取りに時間が戻るわけである。


「え、嫌ですけど……」


 何秒かの空白の後に、魅美から当然の答えが出る。


 勿論、魅美が即座にOKするとは思っていなかったのであろう、即座に別目が再度頭を床にガシガシぶつける。


「そこを何とか! このとーり! 芸術のために一肌脱いでくれねぇか! 俺だけなんだよ、美術部の童貞!」


「どっ……!?」


 と、魅美がド直球の下ネタワードに怯むが早いか、


「この変態!」


 莉々嬢怒りのトゥキックが別目のおでこに直撃する。


「のあぁーっ!」


 2mを超える竜人の巨体が見事にひっくり返る。


「「ぶ、部長ーっ!」」


「莉々、落ち着け! いくら何でも暴力はまずいって!」


「く、黒……! べりーせくすぃー……」


「駆、放してくださいまし! 今度は脳天を踏み抜いて差し上げますわ!」


「童貞wwwwwwww 何それ、どういう意味?wwwwwwwwww」


「はわ、はわわ……魅美ちゃんどうしよう……」


 一瞬にしてその場がカオスになり、元々ポンコツな魅美の残念な脳みそでは処理がしきれず、ぷしゅうと湯気を立ててオーバーヒートし始める。


「アタシに聞かれてももうワケ分かんないよぉ! ええと、ともかく! ヌードモデルとか嫌なんで、先輩方は帰ってください! あと莉々もアタシのために怒ってくれるのは嬉しいけど、殴ったり蹴ったりはやめてよ! それから寧音もゲラゲラ笑うのやめてよ、駆がかわいそうでしょ!?」


 最後のは完全に余計なやつである。


「おい待て馬鹿、どさくさに紛れて何言ってんだ!」


「……お前も苦労してんだなぁ」


 別目が駆に同族意識を持った同情的な目線を送る。


 心なしか、クラスの他の男子からの目線にも変化が生まれているような気がする。


「大丈夫だぞ少年! 本当の意味で言ったら、俺たちもみんな童貞だからな!」


「そうそう、部長が童貞って呼ばれてるのは、前に美術部でサキュバスのモデルさん雇ってヌードデッサンした時、部長だけ風邪ひいて欠席しちゃったからだし!」


 羽津と白須賀があっさり種明かしをするが、正直なところどれほどのフォローになっているのかは微妙なところだ。


「そういうわけでよぉ……憧れのサキュバスのヌードデッサンやり損ねちまったんだよぉ……助けると思ってヌードモデルやっちゃくれねぇか……?」


 復活した別目が再度ゲザり、頭を下げる、下げる、下げる。


 しかし、何度頭を下げられたところで魅美の心は変わらなかったし、むしろ理由を聞いてその下らなさに余計に応じる気をなくした。


 何より、別目の言動がいちいちふざけているようにしか見えず、関わり合いになりたくない感情が強くなっていったのである。


「絶っっっっ対やらないので、お引き取り下さい!」


「そんなー……」


 しょぼくれた顔をする別目だったが、すぐにそんな彼の背中を羽津と白須賀がバシバシと叩く。


「大丈夫だって、気にするなよ童貞! 俺でよければヌードモデルやってやるからさ!」


「そうだよ童貞部長、どうせ中折れなんだし生涯童貞の方がむしろ伝説になるよ!」


「うぅっ、お前ら優しいなぁ……」


(((((いや、それ慰めてないでしょ)だろ)ですわ)ってのw)のでは……?)


 誰もが同じことを脳内に思い浮かべつつも、何だかいい雰囲気で片付きそうなのでこの場は沈黙に徹した。


「よしお前らーっ! 今日の美術部の活動はサキュバスのAV女優作品の鑑賞会だァ! やっぱり持つべきは童貞の絆だな!」


 美術部馬鹿どもはようやく仲良く肩を組んで、一年二組の教室を去っていった。



 誰もが、「疲れた」という感想を抱いた。




 なお、のちに行われた本日の美術部体験入部には、決して少なくない人数の男子生徒が参加したという。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る