第13話 ダボダボパイセン伝説
話によると、ダボダボパイセンこと別目が美術部に入部したのは、一年の夏休み明けの出来事だったという。
当時の美術部は、基本的な他の学校のイメージと全く違わぬ、至って普通で真面目な……もっと言えば、地味でパッとしない感じの美術部だったという。
だが、そんな美術部をいきなり別目が変えた。
入部して最初にやったのは、石膏を使って自分の股間を象ることだった。
当然顧問の糸井先生は仰天するわけだが、心の広い糸井先生はすぐには否定せず、ひとまずその真意を問うことにした。
曰く、「ダビデ像が許されて俺が許されない道理がない。それにアートは自由でなければならない」だとか。
なお同時に「俺はダビデよりも立派」と言ったとかなんとか。
これには糸井先生も唸り声をあげて許可せざるを得なかった。
決して「ダビデより立派」かどうかを確かめるためではない。
なお、股間の石膏像は型から外す際に途中でブツが折れてしまったため、記念すべき一作目には「中折れの別目」というタイトルがつけられた。
また、現在美術部では作業着としてツナギを着ることを許可されているが、これも別目が働きかけた結果だという。
それまでの美術部は、一般的な美術部らしくエプロンの着用までは認められていたものの、基本的には制服か、もしくは学校指定のジャージを用いての活動に限られていた。
普通の美術部であればそれでも十分なのだが、破天荒現代アートを目指す別目にとっては不十分だった。
そこで早速糸井先生と交渉(情報元曰く、「なかなかにひどい内容」「あれを交渉というのは『交渉』という言葉に失礼」「自分の要求を通す気あるのか」とのこと)を行うのだが、校則なのでとその場は退けられる。
それで火が付いたのか、翌日早速別目が行動を起こす。
なんと、派手な蛍光色のペンキを頭からかぶった状態で登校したのである。
当然、紺のブレザーはどぎつくカラフルな蛍光色に塗れ、もともと派手だった頭髪もあり得ないほどケバケバになり、角は飛行機の誘導灯かと言わんばかりに光っていた。
そしてそのままの勢いで制止する先生方を振り切り、校長室まで行って直談判を行った。
当然、別目の奇抜極まりない井出達に校長は困惑して目を白黒させていたものの、ひとまず別目に対し奇行に走った経緯を尋ねた。
曰く、「美術部の活動をしていたら制服が汚れた。野球部やサッカー部は部活動をして汚れてもいいユニフォームがあるのに、美術部にはないのは不公平だ。なので部のユニフォームとしてツナギを許可してほしい」とのこと。
誰がどう見ても作業が原因で制服がペンキ塗れになったのではないのは明らかだったが、説得力と行動力に思わず校長も心動かされ、急遽美術部の予算にユニフォームとしてのツナギ代が組まれたという。
そこから業者の選定やデザインの選定など紆余曲折あり、一ヶ月というスピード決定で美術部でのツナギの使用が許可された。
なお、ペンキ塗れの制服は美術部内にて「革命の証」というタイトルで展示されている。
別目があんな感じなので、触発を受けた部員が同じ方向性にハジケたり、新たにハジケた生徒が入部したりして、美術部はどんどん変化していった。
当然元々の雰囲気を尊重したいという部員からの反発もあったが、別目はそれも受容し、その都度上手い折半案を出すことで、今日の美術部を成立させていったのだという。
それ故、美術部内だけでなく他の部の部長、学校行事の運営や校則の改革に積極的な生徒会などからの人望は厚いものの、規律を取り締まる風紀委員とは致命的に相性が悪いとのこと。
他にも文化祭や体育祭などの学校行事では度々やらかしては生徒たちを笑わせ、教師たちの手を焼いているという。
そんな美術部の起こした快挙が、昨年の高校生国際美術展への入賞、しかもいきなりの秀作賞である。
何でも、土下座をした別目自身がモデルとなり、その土下座別目を敷き詰め模様のように無数に描いた絵画だったという。
タイトルもズバリ「うちの馬鹿がすみません」である。
それまで美術部が大きな賞を取ったという成績はなく、学内は大いに沸いた。
校舎の壁には急遽「祝 高校生国際美術展秀作賞受賞 美術部 別目彼方」の垂れ幕が掲げられ、地元の新聞に取り上げられるなど、一躍時の人となった。
その後、別目の土下座芸が校内で流行ったり、別目の土下座ステッカーが校内のあらゆる場所(特に女子トイレ周辺が多かった)に貼られまくったり、別件で別目がガチの土下座をする事件が発生したりした。
「……てぇーいうのがあのダボダボパイセンらしいよ」
ゲラゲラ笑いながら話す寧音とは対照的に、聞き手に回っていた他の四人は、打ちのめされたかのようにぐったりしていた。
いかんせん刺激が強すぎて、ドン引きと爆笑の間で感情が反復横跳びしまくり、とにかく疲弊した。
何より、どうやっても一年の間だけはそんな危険人物と同じ学校に通う必要があるのだ。
「か、カオスな人ね……まるで嵐みたい……」
と思考を途中で放棄する魅美に、
「笑っていいのやら、悩んでいいのやら……とにかく俺としては、積極的には関わり合いになりたくないな」
と拒絶の意を示す駆、
「あの人も大概ですけれども、先生方のお心も広い……まったく、色々な意味で人に恵まれておりますわね……」
と教員たちに同情する莉々嬢、そして
「ともかく、すごい人なのは、わかりました……!」
意外なことに桃だけは唯一、げっそりしつつも敬意を示した。
「いやー、桃ちゃん……ないよ……」
「あの話を聞いてそんな純粋に尊敬できるの、もはや才能ですわよ……?」
「まー色々トラブルメーカーなのはちょっと聞いただけでもわかるところなんだけどぉ、決してそれだけじゃないエンターテイナーっていう感じぃ? とりまあーしが調べたのはこんなとこ!」
そう言ってたまごサンドの最後の一切れを口の中へと放り込み、ぱっぱっと手でパンくずを払った。
と、そこへ話をすればで。
「よおぉーう、一年生どもー! 俺たちと一緒にガチ美術やらねぇかぁー!?」
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