第10話 素晴らしきかな朝の登校風景

 翌日、今度こそは寝坊しなかった魅美は、昨日のことなど何もなかったかのように、実にさわやかに駆を迎え入れて共に学校を目指した。


「そういえば駆、昨日TRPG部で借りた会報読んだ? アタシまだちょっとしか読めてなくて……」


「思ったよりもボリュームあったよな、あれ。俺もまだ3分の1くらいしか読めてないわ。けど結構面白い。部長さんが『読み物として面白い』と自負するだけはあるぜ」


 二人して会報の感想を話し合いながら駅のホームで列車を待っていると、莉々嬢がクソデカツインテをゆさゆささせながら合流する。


「ごきげんよう。今日は寝坊せずちゃんとエスコートしてもらえたんですのね」


「ひどっ! 私だって基本滅多に寝坊なんかしないわよ!」


「でも中学の時、割と危ないときが年に1回くらいなかったか?」


「ええ、それに小学生の時は結局ラジオ体操を完遂させた年はなかったと記憶しておりますわ」


 このサキュバス、駄目である。



 程なくして朝の通勤通学ラッシュの乗客を乗せた電車が到着し、楽しげな雰囲気のまま三人が乗り込む。


 なかなかに狭い方ではあるが、押し潰されそうというわけでもない。


 その後一駅分電車に揺られ、ターミナル駅となる一月市で乗り換えを行う。


 一月市から一駅揺られた川辺町に着くと、遠目から見てもなかなかに目立つ一本角の巨体が電車に乗り込む。


 都合の良い偶然もあるもので、その巨体の女子は魅美たちの座る座席の近くの扉から乗り込んだ。

 

「あ、桃ちゃんおはよう! 何か疲れてる?」


 確かに魅美が言うように、桃の目元にはうっすらとクマのような陰りが見え、電車の揺れにも少し大げさ気味に揺られている。


 なお、その度に魅美よりも大きくて立派なバストが、存在をなかなかに強く主張する。


 隠そうとしているが全く隠しきれていない、といった感じの揺れ方である。


「あっ、魅美ちゃん、駆君、莉々ちゃん、おはよう。この電車だったんだね……へへ。それがね、ちょっと夜更かししちゃって……ちょっと寝不足気味、かも?」


「あら、それは由々しきことですわね。いけませんわよ、きちんと睡眠をとらなければ。淑女たるもの、美容の敵となる不適切な健康習慣は避けるべきでしてよ。特に今の時期は成長期なんですから、体に与える影響は少なくなくってよ」


「へへ……おっしゃる通りです……」


 莉々嬢にお叱りのお言葉を頂くも、当人にはあまり深く響いていない様子である。


「そんなに寝不足になるほどいったい何やってたんだ?」


「そう、それなんだけど! あのね、昨日TRPG部で借りた会報がすごくおもしろかったの! 五部ほど借りたんだけど、三部まで一気読みしちゃった! リプレイが丁寧に編集されてるし、注釈もしっかりしてるから初心者にもわかりやすいなって思いながら読んでたの!」


 スイッチが入ったのか、桃がいきなりエンジンフルスロットルになり熱く語り始める。


「も、桃ちゃん読むの早いね!? アタシまだちょっとしか読めてないのに、もうそんなに読んだんだ」


「俺もまだ全部は読めてないんだ」


「えっ、あっ、そうなの!? もしかして莉々ちゃんも……?」


「わたくしは一応一通り全部読みましてよ。ただ、ルールの詳細までは把握していませんから、理解不足があるのは否めませんわね」


「そ、そっか。……り、莉々ちゃん、もしルールがわかるようになったら、やってみたいとかって、思った?」


「そうですわね……魅美や駆と一緒なら遊んでみてもいいと思いましてよ。あの二人ならきっと面白い反応を見せてくれそうですし」


「ちょっと莉々、それどういう意味!?」


「待て、魅美はまだしも俺も同系列に扱われるのは納得がいかん」


「駆まで!?」


 このやり取りを見ただけでも、桃には莉々の言う「面白い反応」というものが容易に想像できるようだった。




 程なくして、電車は一月市高校の最寄り駅である富岡駅に到着した。


 平日のこの時間帯にこの駅を利用するのはほとんど一月市高校の生徒ばかりなため、あっという間にホーム内は制服姿の男女で埋め尽くされる。


 莉々たちはお互いが離れ離れにならないようにまとまりながら、人の流れに沿って改札をくぐる。


 と、改札を抜けた先で見かけた人物に、思わず魅美が「げっ」という声を出す。


「あっ、来た来たー! やっほー、駆君、魅美ち、莉々ち、桃ちー! 待ってたぜっ! 一緒に学校行こっ!」


「……何でアンタ別の電車なのにここにいるのよ」


「そりゃーあーしらもうマブダチだし? だったら一緒に登校するしかなくね?」


 あからさまに嫌なものを見る目で魅美が寧音を睨むが、根っからの陽キャである寧音には全く効果なしのようである。


「てかさー、昨日海山パイセンから借りた本マジムズぅー。2D6とか? よくわからん数式いっぱい出てくんの。あーし一人で読み解くの難そーだからまた休み時間とかに色々教えてくんない?」


「で、でしたら! 私が! 教えてあげます! せっかくだからみんなで!」


 またもやスイッチの入った桃が、オーガ特有の巨体で小柄なフェアリーの寧音にずずいと大接近する。


 もはや一種のテンプレのような構図である。


「わ、わーったわーった……桃ち、わかったからステイステイステイ……!」


「あっ、ご、ゴメンね、寧音ちゃん! でも、私、みんながTRPGに興味持ってくれるの、嬉しくて……」


「そっか、俺もそういうのわかるな。飯食いに行って美味いもん食ったら広めたくなるような感覚に似てるかも」


「例えですぐに食べ物の話が出てくるあたり、駆って食いしん坊よねぇ……」


 呆れながらツッコミを入れる魅美だったが、ふとこのやり取りに心地よさを感じていることに気付く。


 大好きな幼馴染の駆、気の置けない仲の親友である莉々嬢、少し気に入らないがそれをはねのけるほど底抜けに明るく話が楽しい寧音、内気だがのめりこむ趣味があり純粋な気持ちを感じる桃……。


 確かに初日、駆の周りに隙を晒すというアクシデントこそあったものの、この楽しげな雰囲気がこの先約三年間続くというのは、割とまんざらでもないという気がする。


 勿論、ライバル宣言をして虎視眈々と彼女の座を奪おうとしている寧音や、無意識に恋愛ルートに入り込んだラブコメの波動使いの桃の二人に、油断をするわけにはいかないのは事実ではあるが。


 何だ、悪くない……どころか、これは輝かしい青春の幕開けと言っても差支えがないのでは?




 そう思っていた時期が魅美にもありました。


 しかし、現実はそれを許してくれず……。


「なん……何だあれ……?」


 駆の言わんとしているものの先には、校門前で何やら騒がしくしている男子生徒の集団だった。

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