第9話 あんぽんたんとポンコツ

 結局、その後も終始会話の中心地は寧音であり続け、トーク番組の司会者さながらの話題の展開能力を遺憾なく発揮した。


 駆もその会話に楽しそうに加わっていたのが何よりの証拠だろう。


 そして魅美の中に燃え上がる嫉妬という醜くしょーもない感情が膨れ上がり、顔にも出る。


 そりゃあもうぷっくりと。




 そんな誰も褒めないやきもちを膨らませていた魅美であったが、駅に着いたことで状況が一変する。


「えっ、マジ!? あーしだけみんなと逆方向じゃん!」


「私も……駆君たちと方向は一緒だけど、みんなより手前の駅で降りる、ね……」


 各々が降りる駅を伝え合った際、幼馴染組の3人はターミナル駅である一月市駅を経由して中津原駅で降りるのに対し、桃は一月市駅の手前である川辺町駅、寧音は逆方向のターミナル駅である浜名駅で降りる、という配分であったのだ。


「しゃーねー、みんなとはここでお別れかー。また明日よろー!」


 快活に明るいが、嵐のような勢いを持つ寧音が、ここでフェードアウトしていった。




 こんなことを新しくできたばかりの友人に対して抱くのは失礼だと思いながらも、魅美は安堵の気持ちを抱かずにはいられなかった。


 そう、魅美は明らかに疲弊していた。


 受験勉強やマラソン大会と比べれば幾分かマシな方ではあるかもしれないが、それでも心的負担が減ったことによる解放感を感じずにはいられなかった。


 それだけに寧音と別れて早々に駆が放った言葉には、思わず無神経すぎると思わずにはいられなかった。


「話してて面白いやつだったな。寧音とはいい友達になれそうだ」


 一瞬にして魅美はむすーっと膨れっ面になり、抗議の目で駆を睨みつける……が、当の駆本人は我関せずといった様子である。


 こーのあんぽんたんが!


 なおこの様子は他の二人にはばっちり見られているので、莉々嬢はやれやれ、桃はびっくりあわあわ、といった様子である。


「……そうですわね。良いになれそうですわね。……あぁ勿論、桃もお友達でしてよ? これからもよろしくなさって!」


「そ、そうだね。藤木さん、木崎さん、青原君、これからもよろしくね」


「駆でいいよ、青原なんてよそよそしいし」


 そういうとこだぞ駆。


 莉々嬢が表情を変えないでいるものの、明らかに駆に対しての怒りで周囲の温度を陽炎が起こる程度に高めさせるのには十分だった。


「ええそうね、わたくしたちもう友人ですもの。わたくしのことも莉々でよろしくってよ」


「う、うん。駆君、莉々ちゃんだね。……あの、木崎さんも『魅美ちゃん』って呼んでいいかな?」


 桃の幾分かピュアな物言いで毒気を抜かれた魅美は、桃のことを冷静でフラットな目で見ることができる程度には平常心を取り戻した。


「いいわよ。私も桃ちゃんって呼ぶから。……よろしく」


「こちらこそ。よろしくね魅美ちゃん」




 やがて桃も下車し、車両内には同じ駅で降りる幼馴染三人組が残った。


 桃の前でも大概頬を膨らませまくってご立腹だった魅美であったが、遂に人目も憚らず駆の胸にもたれかかり、そのままその胸をぽかぽかと両手で連打する。


「むぅ~~~~~~!!!!!」


「いや、何だよ。ちゃんと言語化しろ、わからん」


「これは駆が悪いですわ」


「莉々までか!?」


 常識人である莉々にまで否定されてしまっては、流石の駆も自らの言動を顧みざるを得ない。


「そりゃそうですわ。いくら長い付き合いの気心知れた仲とはいえ、少しは魅美をおもんぱかりなさい。見なさいこの……魅美の河豚みたいな面白い顔を」


「ひどい!」


 しかしその魅美の膨れっ面は、まさに膨らんだ河豚のごとくであった。


「まぁ……なんだ、気付かないうちに不快な思いをさせちまってたのは謝るよ。でも、魅美ばっかりにずっとかまってられるわけじゃないだろ? 中学と違って、高校は新しい付き合いが増えるわけなんだし……」


「だからってぇ! 駆は軽すぎんのよぉ! 軽くていいのは体重だけよぉ! 他の女の子との距離感がバグりすぎなのよぉ!」


 びええ、である。


「俺との距離がバグり散らかしてるお前が言っても説得力がないだろ……」


 それはそうである。


「とりあえず、俺自身は何もやましい気持ちは持ってない。寧音も桃も、単なる新しくできた友達ってだけだ。そもそも、たった一日で変に勘繰るような深い仲になるわけでもないだろ? それくらいはわかってくれよな」


 相変わらず魅美はむすっとしているが、一定の理解は示したようである。


「わかった。……まぁそうよね、二人とも今日会ったばかりだもんね。でもそれは別として、朝のホームルーム始まる前に女子たちに囲まれてデレデレしてたのは許さない」


「デレデレなんかしてない!」


「あら、割り込んでくる魅美がいないせいか、割とまんざらでもなさそうな顔してたようではありませんこと?」


「駆! アンタやっぱり!」


「してねぇって!」




 年相応のバカ騒ぎをしている間に、電車は中津原に停車した。


 ここで莉々嬢は別方向になるためお別れとなり、ようやく持って魅美は駆と二人きりとなる。


「それじゃ魅美、駆、また明日。特に駆、くれぐれも野生の現地妻をひっかけて魅美を悲しませるんじゃありません事よ!」


「なんだよ野生の現地妻って」


「じゃあねー、莉々ぃー! また明日ー!」


 帰路に就く莉々の後姿を見送った後、魅美が駆に向き直る。


「やーっと二人っきりね。これから先、登下校で二人きりになれるのは家から中津原駅までの短い間だけかと思うと、何だか歯痒いわね」


「何言ってんだ、言っておきながらお前も満更じゃねーんじゃねえの? 新しい学校で新しい友達ができたわけだし。俺結構心配してたんだぞ? お前、俺や莉々にべったりだし、新しい環境に馴染めず友達を作れないんじゃねえかって」


「それは……割と図星かも」


 魅美は正論を言われぐぬぬとうつむく。


「……お前が俺のこと好きなのはわかってるからさ。もう少し俺の事信用して、俺以外のものにも視野広げてみちゃくれないか? せっかく高校っていう新しい環境に身を置くわけだからさ。俺以外の事も楽しまなきゃ損だろ」


 ぴくん、と魅美の耳が動き、表情が真顔になる。


「……好きって言った」


「うん」


 徐々に蒸気を吹き出し赤くなる魅美とは対照的に、特段変わったことを言ったつもりもなく冷静な駆。


「……好きって言った!?」


「うん」


 魅美は真っ赤になり、過呼吸になる。


「しゅ、しゅき……あ、アタシも駆、しゅき……」


 と、息も絶え絶えに言ったかと思うと、次の瞬間魅美は恥ずかしさのあまりその場から脱兎のごとく逃げてしまった。




 お忘れかもしれないが……通常、サキュバスは恋愛においての絶対強者……の、はずである……。

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