第8話 二人の帰路……二人だっつってんだろ
「面白かったな、あの部長さん」
昇降口で靴を履き替えながら、駆が端的な感想を述べた。
「そうだね。てか生徒会長さんだったのめっちゃびっくりしたし、一人しかいないっていうのにも驚いちゃった」
そう答えた魅美は、ようやく駆と二人きりに慣れて少し上機嫌である。
そう、二人きり……そのまま五人揃って昇降口に向かわなかったのである。
桃が持ち帰る会報の選定に時間を掛けたかったのか駆たちに先に帰るよう促したため、莉々嬢がとっさに気を利かせて「ちょっと手伝ってほしいことがある」と寧音を足止めしたのである。
(ナイスアシスト、莉々! やっぱり持つべきものは付き合いの長い親友よね!)
「今朝はごめんね、駆。朝は一緒に登校できなかったから、帰りは一緒に……」
「あっ、よかったー追いついたー! 魅美ち、駆君、あーしらも帰るの一緒していーい?」
(!?)
魅美の脳みそが一瞬でフリーズし、半ば反射的に声のした方に顔を向けると、そこには満面の笑みで手を振りながらこちらにやってくるギャルフェアリー寧音と、その後ろで魅美に全身全霊で「ゴメン!」のポーズをしている莉々嬢の姿があった。
「ああ、いいぞ。そういえば、莉々に頼まれていた用事はもうよかったのか?」
そしてそれにノータイムで快諾する無神経有翼人の駆……その隣でフリーズした時の表情のままで呆然と駆の方にギギギ……と油を差してないジョイント部分の様にぎこちない動作で首を向けるサキュバス。
魅美、お前は今泣いていい。
「まーね? あーしともあろうものならかるーい雑用なんて秒で終わらせられっし? 何よりせっかく仲良くなったんだから、みんなで一緒に帰りたくね?」
純粋すぎる圧倒的陽キャオーラのセリフである。
眩しい、眩しすぎる。
不純な理由で姑息な手段をもって二人きりになろうとしたサキュバスとヴァンパイアには、その陽光はあまりにも致死性の高い毒であった。
そして更に。
「あれっ、駆君たち、まだ帰ってなかったんだ」
TRPG部で会報を選別していた桃までもがここに合流した。
「おー桃ちじゃーん! あーしらも今魅美ちと駆君に追いついたところ! よく追いついたねー!」
「う、うん。私、体が大きいからみんなより歩幅が大きくて……それで、誰かと一緒の時は意識的にゆっくり歩いてるんだけど、普段通りのペースだとみんなには速く動いてるみたいで……」
「そいじゃーせっかくだし桃ちも一緒にあーしらと帰ろー!」
「おう」
(おう、じゃねえんですのよこのお馬鹿有翼人!!!!)
これは全くの計算外だったらしく、莉々嬢も頭を抱えている。
莉々嬢ですらこんな状態なので、魅美の方はというともはや口から魂が飛び出している有様であった。
「諦めなさい、魅美……今日は運が悪かったと思いなさい……明日以降もきっとチャンスがありましてよ……」
放心する魅美を揺さぶり正気を取り戻させながら、莉々嬢はそっと小声で慰めた。
「へーっ、んじゃ桃ちって今まで運動部入ったことないんだぁ。体おっきいからバスケやバレーとかで超活躍しそうなんだけどねー」
「うん、確かに体は大きいけど、あんまり激しい動きは得意じゃなくて……体が大きい分、すぐ疲れちゃって……昔から運動は苦手、かな……」
「そっかー、あーしはバリバリ運動得意でさー。中学ん時はテニスやってたんよ。そこそこ強かったんだけど、あーし以上に強い子がいてさー、その子がキャプテンやってたわ。今その子、
楽しそうに中学時代の部活談議に花を咲かせている寧音と桃とは対照的に、魅美は未だに燻って恨めしそうな目線を寧音たちに注いでいる。
「魅美ちは?」
そんな魅美の気持ちを知ってか知らずか、陽キャ特有のノリで寧音が話を振る。
完全にキラーパスだったため、「へっ?」と間抜けな声を出してしまった魅美だったが、そんなことも気にした様子もなく寧音は「中学ン時の部活。魅美ち何してたの?」と屈託なく尋ねる。
「部活ね……アタシ、一応バスケ部にいたの。でも選手じゃなくてマネージャー」
「え、マジ、マネ!? 意外ーっ! 魅美ちスタイルいいから絶対何かスポーツやってるって思ってたー! やっぱアレ? サキュバスだからあんま意識しなくてもプロポーション保てるとか?」
いいえ、こいつは最近油断してだらけた結果、見事デブりました。
そんな事実があるため、寧音の「スタイルがいい」という評価を素直に受け止めきれず、魅美はいたたまれない気持ちになる。
「い、いやー、種族的なものは特に関係ないかなぁ……アタシも苦労してるし……(割と今まさに……)」
「えー、うっそだぁー。魅美ち背ぇ高めだからマネより選手に向いてると思うんだけどなー。センターとかパワーフォワードとか絶対向いてるって」
「まぁ、魅美がバスケ部のマネージャーになったのは、駆の傍にいたかったからでしてよ。選手になったら男子と女子は別練習ですから」
なんと、ここで親友莉々が寧音の話に乗っかる。
もはや会話の主導権を魅美が取り戻すのは不可能だと判断したのだろう、それならばいっそ寧音をダシにして魅美をいじって楽しもうという魂胆である。
(ちょっ、莉々ぃ! 余計なことを……! うっ、裏切り者ぉーっ!)
「えっ、マジ!? そーいうアレ!? てかマジべったりなんですけど、ウケる!」
「だっ、だって! アタシ、駆の役に立ちたかったんだもん! それの何が悪いのよ!」
「いやいや、別に悪かぁないと思うよ? あーしも駆君本気で狙うのならマネになるのは割とアリ寄りのアリだと思うし? 桃ちもそう思うっしょ?」
急に同意を求められた桃は……「ぇ、あ、ぅ」と、声にならない声を出して呻いた後、顔を赤くして小さく頷いた。
魅美の中で、完全に桃が駆争奪レースの対抗馬として成立した瞬間であった。
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