第4話 図書委員、という開戦の合図

 女子サイドがなんやかんやでうまく丸まりつつある一方で、駆は他の男子たちに囲まれていた。


「おいお前……なんだあの可愛すぎる生き物……! 許さんぞ……!」


「キスはしたのか!? したんだな!? 舌まで入れたのか!? クソがァッ!」


「くそっ、あんなドスケベな彼女がいながらまだ手を出してないだと!? 真面目か!」


「お前が女だったらなぁ」


「やめろ! 俺と魅美はお前たちが思ってるようなやましい関係じゃない! 幼馴染! 小さい頃からの友達! 変なこと一切ないから落ち着けって! あと誰だか知らんけどどさくさに紛れてケツを揉むな!」


 文字通りもみくちゃになっている駆だったが、その光景すら多くの女子の視線の的だ。


 ……なお、一部腐臭を醸し出していることは否定しない。




 そうこうしている内にチャイムが鳴り響き、担任教師であるミノタウロス、吉野先生が入ってくる。


「おう諸君ら、初日だというのに早速仲がよろしいな。だがそろそろ着席してもらわないと困るな。今から委員会の選出という大事なイベントがあるからな」


 スーツの上からでもわかるムキムキの筋肉が言葉に圧を加え、駆に群がっていた男子たちはそそくさと蜘蛛の子を散らすように各々の席へと戻っていく。


「うむ、聞き分けがよろしくて先生助かるぞ。ではまず初めに、クラスを取り仕切る学級委員長の選出から。誰かやりたい者はいるかー?」


 この手の代表の選出は、大きく分けて二つのパターンに分かれる。


 つまり、一人がすっと手を挙げてスムーズに決まる流れと、誰も手を上げず長い沈黙の気まずい時間を過ごす羽目になる流れだ。


 そして、このクラスにおいては前者だった。


 すっ、と美しい姿勢で掲げられてその右手は、他でもない莉々嬢のものであった。


「お、藤木がやってくれるか。感心なものだ。他に立候補者がいなければ藤木で決定にするがいいかー?」


 生徒たちの無言の肯定により、そのまま莉々嬢は学級委員長となった。


 ちなみに、莉々嬢は決まってこういう委員長や生徒会長といったリーダー的ポジションを率先してやりたがるタイプである。


 小中学校のころからの実績は折り紙付きだ。


「よし、じゃあ早速藤木は板書で他の決まった委員の名前を書いていってくれ。ではこの調子でどんどん決めていくぞー」




(はぁ、流石ねえ)


 真っ先に学級委員長という地位を獲得した莉々嬢を、魅美は片肘をつきながら見つめる。


(まぁ莉々に任せておけば何も問題ないでしょ。それよりも問題は……駆ね)


 委員会は男女一人ずつ選出される。


 おそらく他の女子……特に、魅美に堂々と宣戦布告をしてきた寧音は、嬉々として駆の立候補した委員会に便乗する形で名乗りを上げるだろう。


 ともあれば、数多の女子による駆の奪い合いが始まるのは必至……!


(駆が立候補する委員会の目途はついてる……十中八九……!)


 そして、その時は来た。




「では次、図書委員に立候補する者は挙手願おうか」


「はい」

「はいっ!」


 真っ先に挙手したのは駆、そして魅美の二人。


 ……だけではなかった。


「はい……」


 後ろの方でも控えめな声で女子の声と共に手が上がる。


「青原と木崎、それから渡辺か。他に立候補者は?」


(アタシ以外にも図書委員立候補者!? やばっ、これ純粋に図書委員やりたい人っぽいわね!?)


 思わずその控えめな声のした方に魅美が目をやると、そこには肘から上だけを小さく挙手させた……しかし、体のサイズは極めて大きな、眼鏡をかけた有角人種オーガの女子が顔を赤らめていた。



 渡辺 もも、高校一年生にして身長は既に210㎝、額に大きな黒い一本角を携え、ともすれば威圧的な雰囲気の彼女であるが、整った小さな顔と理知的な雰囲気の眼鏡、そして緑のゆるふわな長い髪を腰のあたりでまとめた、なかなか清楚な雰囲気の女子である。


 そして、体格が体格だからか、バストサイズは非常に立派だ。


 間違いなく、オーガという種族的特徴による体格を除けば、純粋なる文学少女という風貌……すなわち、純然たる気持ちで図書委員に立候補したのがまじまじと感じられる。



(渡辺さん、ごめーん! でもアタシも駆と一緒になりたいから譲る気はないの! せめて恨まないでね!)


 などと、魅美は心の中で平謝りする。


 一方、駆が手を挙げたことで女子たちの目の色が変わる。


「はい!」

「あぁい!」

「はいっ!」


「うおっ、どうした急に。やけに図書委員は女子に人気があるな。……男子は他に立候補者がいないようだから、青原で決定だな。女子は仕方がないからじゃんけんで決めるぞ」




 そういうわけで、教壇の上には図書委員の立候補者が八名も集まった。


 おそらくだが、この中で渡辺さん以外は全員不純な動機が理由での立候補である。


 馬鹿どもめ。


「ちょー、ライバル多過ぎじゃね? てかみんな駆君狙い? マジウケる」


 やはりというか、寧音もこの狭き座席の醜い奪い合いに参戦している。


「いや、アンタもわかってんのなら引きなさいよ! どうせ真面目に委員会する気もないくせに!」


 自分の事を棚に上げて寧音に反論する魅美。


 これには莉々嬢も苦笑いである。


「なんか変な方向に盛り上がってるなぁ。とりあえず早く決めてくれ」


 吉野先生がせかしたことで下らない舌戦は終了し、やけに気合のこもったじゃんけん大会が始まる。




「「最初はグー! じゃんけん、ぽん!」」




 魅美が出したのはパー、寧音もパー、他六名が全員チョキ……!


「「うぎゃああああああああ!?」」


 まったく同じタイミングで崩れ落ちる馬鹿二人、君たち仲がいいね。


「あ、あーしの駆君が……」


「駆……アタシを置いていかないでぇ……」


 泣き言を言いながらすごすごと席に戻る二匹の馬鹿を他所に、図書委員争奪戦のじゃんけんは淡々と進んでいき、最終的に……。




「では、女子の図書委員は渡辺に決定だ。よろしく頼むぞー」


 結果、一番純粋に図書委員を目指していたであろう、渡辺さんが無事にそのポジションを預かることになった。


「その……よ、よろしくね、青原君!」


「うん、よろしく渡辺さん」


 顔を赤らめて恥ずかしそうに駆に話しかける渡辺さんに、魅美はまた新たなラブコメの波動を感じずにはいられなかった。

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