第3話 処女だもん

 休み時間が到来してすぐ、魅美は早々に陽キャ女子集団のバリケードが作られようとしている駆目掛けて、半ばダイブするかのような勢いで駆け寄った。


 というより、実際飛びついて抱きしめた。


 とっさの出来事に、陽キャ女子たちも何が起こったのかとポカーンとしている。


 一方当の駆はというと、「おぶぅっ!」と叫び声を上げはしたものの、吹っ飛ばされることもなく魅美のことを受け止める。


「うわぁーん駆ぅー! ひどいよぉー、一緒に登校しようって言ったじゃぁーん! 置いてかないでよぉー!」


「魅美か……いや、俺は結構待ってたんだぞ? 魅美のお母さんが本当に申し訳なさそうに何度も頭下げて、逆にこっちが申し訳なかったくらいだわ」


「それは……後でお母さんに謝っておきます……でもでも! それなら起こしてくれるとかあってもいいと思うんだけど!?」


「アホか。年頃の女子の眠る部屋にずけずけと男子が入っていいとでも思うなよ」


「いいじゃない、アタシと駆の仲だし今更でしょ?」


 見せつけるようにして一気に畳みかける魅美。


 周囲の陽キャグループもこれには引き気味である。


「あー、えーっと、駆君? この子だぁれ?」


 それでも我に返ったのか、グループのうちの一人、フェアリーとして見ても小柄な姿のギャルっぽい女子生徒が声をかける。


「うんまぁ、なんというか……おs」

、木崎魅美でーす」


 駆が紹介しようとするのを遮り、ことさら強調するように、そして威嚇するようにして魅美が自己紹介をする。


 しかし、逆にフェアリーギャルはカチンときたようだ。


「はぁ? あーしアンタに聞いたんじゃないんですけど? つーか幼馴染なだけで付き合ってないっぽいじゃん。いきなし出てきて恋人面すんなし!」


「そっ、そんなことないもん! アタシと駆は付き合ってるもん! 幼稚園のころから一緒なんだもん!」


 いかんせん子供っぽい反論を聞いて、フェアリーたちの陽キャグループが爆笑する。


「幼稚園の頃とかwwwwwww んなもんガキのおままごとじゃんwwwwww」


「てかビッチのサキュバスの癖に清純ぶってんのマジ受けるwwwwww」


「なっ!? ビッチ!? 偏見よ偏見!」


「サキュバスなのにそりゃないっしょ。あーしのオナ中のやつにサキュバスいるけど、クラスの男子やおぢ相手に食いまくってたし。あんたもどーせヤリまくりハメまくりの淫乱ビッチにちげぇねぇし! てかもう見た目からしてドスケベで男食ってるーって感じだし! ビッチ確定じゃん!」


 あけすけに笑うフェアリーたちから、自然と「ビッチ! ビッチ!」とコールが起こる。



 ショックだった。


 今まで魅美は、こんな辱めを受けたことがない。


 サキュバスはエッチな目で見られやすい、というのは知識として知っていたが、今までに至るまで、周囲からそんな扱いを受けたことは一度もなかった。


 それはつまり、魅美と駆のカップリングが周囲に強く認知されていたこともさることながら、彼女のいた環境がそれだけ理解があり、恵まれていたということでもあった。


 初めて保護フィルターなしでダイレクトに受ける、偏見ドストレートの悪意という洗礼を受けた魅美は……。




「……違うもん」


「は?」


「違うもん! アタシビッチじゃないもん! 処女だもん! 駆のお嫁さんになるために、大切にとってあるんだもん! うわあああああああ!!!!!」


 限界を迎えてしまった。


 そしてそのまま流れるような動作で駆の胸に収まるあたり、無意識だとしても強かである。


「あー、うん、よしよし……。君らもその辺にしとけよ。女子一人に対し寄ってたかってビッチ扱いは流石に言いすぎ。ちゃんと謝れよ」


 駆に言われてしまっては立つ瀬がなくなったのか、フェアリーのギャルは渋々といった体で頭を下げる。


「……悪かったわよ。言い過ぎた、ゴメンし」


 一人が謝ったのに続く形で、グループのほかの面々も口々に謝罪の言葉を述べる。


「ほら、言い方はあれだけどちゃんと謝ったんだから、お前もいい加減沈まれ」


 駆がぐずる魅美を胸から引きはがすと……そこには、鼻水ズビズビでお世辞にも美少女とは呼べないひどい顔があった。


「うっわブサイク」


「駆ひどいー!」


 そんなやり取りをしていると、不意に莉々嬢が書類の束を抱えて教室に入り……状況を見て一言。


「何ですのこれ」





「いやマジ、さっきはスマンかったって。機嫌直せよー、あーしのペロキャン一個やるからさぁー」


 いまだに鼻水をズビズビさせる魅美に、ギャルのフェアリーが棒付きのキャンディーを差し出す。


 魅美は図々しくもそれを無言で受け取り、すぐさま包装を解いて口に突っ込み……ぷいっと顔を背けた。


「ひどくね!?」


 ギャルフェアリーが呆気にとられる。


「魅美ぃー? そーいうへそ曲がりな態度はおよしになられた方がよろしいかと思われましてよー?」


 背けた魅美の顔を両手で挟み、ぐきっと言いそうな勢いでギャルの方へ向けたのは……書類の山を配り終えたヴァンパイアお嬢様、藤木莉々嬢である。


「ぐぎっ!?」


「ほーら、賄賂を受け取ったのならもう不問に問わない義務がありましてよー? ちゃーんと謝罪を受け入れなさい?」


「え、ちょ、なんか聞こえちゃマズい音聞こえたんだけど、そいつ大丈夫なの……?」


 突如現れた莉々嬢と、不意打ち気味なバイオレンス展開のノリがわからないギャルはぞっとしている。


「おほほ、まぁわたくしは魅美のことなら大体知り尽くしておりますから、加減というものを心得ておりましてよ!」


「そういう問題じゃないでしょー莉々ぃ!」


たまらずといった具合で腕をじたばたさせる魅美であったが、どう見ても駄々っ子がこねくり回しているようにしか見えない。


「ぷっふふ……」


 思わず笑ってしまった、という体のギャルに、魅美がすかさず抗議の目線を送る。


「いや、ゴメンて。悪いってわかってても、なんかいろいろ笑えてきちゃって。魅美ちと莉々ちね? あーし須藤 寧音ねね。寧音ちって呼んでもいーよ」


 そう言ってすぐさま切り替え自己紹介するギャルこと寧音、この辺りは流石陽キャのコミュ力強者である。




「あ、でもあーしまだ駆君の事諦めたわけじゃないかんね。ガンガンアプローチかけてくから、これからダチ兼ライバルってことでよろー」


 ……爆弾の不意打ちっぷりも強者であった。

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