第45話 正義の形

『全員揃いましたね?』

『大丈夫です』


早朝、まだ太陽さんも顔を出していないくらいの時間に、俺はロバートさんに起こされて目を覚ました。

まさかこんなに早く出発するとは思っておらず、昨日七時に設定した目覚まし時計はもう意味がなくなってしまった。


『皆さん、よくこんな早くに起きられますね。僕はまだ眠い……ふあぁー』

『今のうちにしゃきっとしてください。あと少ししたら、まばたきもできなくなりますよ』


『まぁ、寝ちゃったら起こしてください』

『無理ですね。これからの戦いで寝るということは、永眠するってことなので』


永眠かぁ。

ずっと幸せな夢を見ていられるなら、まだマシに感じるな。

どんな感覚なんだろうか。

経験するのは御免こうむりたいが。


『最終確認です。もう、準備はできましたね?』


親にはもうルディを送金しておいたし、戦う準備も万端だ。

特別弾は、それぞれをありったけ買った。

オーバーキルしちゃうかもしれないくらいだ。


『相手を殺すのをためらえば、確実にこちらが死にます。相手はもちろん私たちを殺すつもりだし、それが可能なほどの実力を持っている。生殺与奪の権は常に相手が持っていると思ってください。一瞬でも油断すれば、それが天国への”片道”切符になりますよ』

『了解!』


『あ、やっぱり輝さんの切符だけ地獄で』

『なんで!?』


『昨日、からかってきたので』

『重くない!?』


重い空気を少しでも軽くしようという、彼女なりの考えだったのかもしれない。

実際、少し空気は軽くなった。

笑うってだけで、こんなにも心が軽くなるものなんだな。


『じゃあ行きましょうか』


悠さんが目的地を示す。

自分の地図マップでもしっかりと場所を確認し、地図マップを起動する。




『ここか……』


ついたのは険しい山岳部。

悠さんからの話で聞いてはいたが、本当に何もない。

ごつごつした岩肌の山があるだけで、俺の知っている緑の山なんてものは全くと言っていいほど無い。

というか、植物すら大して見えないな。


『拠点があるって言ってましたけど、それらしいものはないですね』

『いえ、ありますよ。あそこ』


ロバートさんが指さしたほうを見ても、建物らしきものはない。


『……なくないですか?』

『ありますよ、ほら。あそこ』


注意深く彼の指先を辿ると、確かに”拠点”が見えた。


『もしかして……あれですか?』


そう、そこにあったのはキャンプ用のテントや焚火、鍋などのキャンプ用品で構成された”拠点”だった!

拠点というより、もはやキャンプだ。

うん、あれは拠点じゃない。

キャンプだ。


『来たのか、待ちくたびれたぜ』

『食べ物だ~』

『楽しみだねぇ。豪華なゲストたちだ』


拠点……もといテントから出てきたのは、いつも通り元気そうな筋肉男、優。

そしてよだれを垂らしながら俺を見つめる心優。

最後に明らかに薬をやってそうな狂人、ウィリアムだ。

優は……まだ傷は治っていないな。

まぁ、戦いからまだあまり日も経っていないんだ、当然か。


『悲しいもんだよなぁ。お前らとは仲良くやっていきたかったのに。特に輝、お前は本当に残念で仕方ない』

『お前がいくら仲良くしたいと願っても、お前のやろうとしてることはただ人を苦しませるだけだ。そんな奴と仲良くなんかできるか』


『何が間違っているのか全く分からないなぁ? 前の世界は、いくら強い権力を持っている奴がいても必ず犯罪者は出てきた。そいつが人を殺したとき、そいつも死ぬのか? いいや違うね。やり直すチャンスだとか、一生反省しろとか甘いことを言って、牢屋に入って終わりだ。なんでだよ? そいつは人を殺したんだぞ? これから訪れるはずだった幸せ、悲しみ……そのすべてを奪ったやつは、牢屋で生きてるだけで許されるのか?』

『誰も許さないさ。そいつは一生その罪を背負って生きていかないといけない。法が許そうとも、社会がそいつを許さない』


『だよなぁ。それで? 社会が許さないから何なんだ? 嫌な目で見られるから何なんだ? それは、殺された被害者、遺族の悲しみと釣り合うほど立派な苦痛なのか?』

『それはない。少なくとも、奪われた人たちの苦しみに見合う罰なんてこの世に存在しない。たとえ犯人がどれだけ苦しんで死のうとも、罪を償うことはできない』


『だよなぁ? 償えないよな? じゃあ、やっぱり釣り合ってねぇんだよ! どれだけ罰を受けても、被害者が奪われたものは返ってこない。だから、確実な平和を築かなきゃいけぇね。それがこの世界ならできる! 強者は自由に罪人を殺せる。邪魔者を消せる! 力の支配で、完璧な平和が築けるんだよ!』


あぁ、本当にお前とは考え方が合わないよ、優。

同じ平和のため、正義のために戦ってるのになんでこんなに違うんだろうな?

お前の信じてやまないその正義が、俺には正義に感じないんだ。


『お前の正義がなんだろうと、俺のすることは変わらない。この世界をぶち壊して、みんながまた安心して暮らせる世界に戻す!』


ダンジョン? 強奪ロブ? もうそんなもので人が命を落とすのはまっぴらごめんだ。

生きるために働いて、幸せを築いて……そんな世界に戻す。


確かに、優の言う通り元の世界にも問題は山ほどあったさ。

認めらない努力、理不尽な殺人。

実力さえあれば生活が保障されるなら、今の世界は”ある意味”正解だ。

でも、実力だけがすべてじゃないって知ってる。

この世界にきて、痛いほどわかった。


『互いの正義のぶつかり合いだ、本気で来いよ!』

『いわれるまでもねぇよ!』


今この瞬間、互いの正義を懸けた戦いが始まった。

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