第36話 鬼ごっこ?

「宗一郎さん、腰の具合はどうですか?」

「かなり良くなりました」


よろけながら立ち上がる。

それを見て大丈夫ではなさそうだなと察した俺と啓太さんは、宗一郎さんを支えながら起こす。


「はぁ、歳をとるとこうも不自由になるとは」

「今に始まったことじゃないでしょ。ほら父さん、早く歩いて」


「もう少し父親に対して尊敬の心を……」

「はいはい、いいから早く入ろう」


玄関までたどり着き、中へ入ろうとした時だった。


カァ! カァ! カァ!


「……ん?」


カラスガ飛び上がった。

いや、まぁそれは普通なんだけど……数が尋常じゃない。

なんか、街のカラスがいろいろな場所から一気に飛び立っているのだ。


「……カラスも門限があるのかな?」

「いや、ないでしょう。輝さんも冗談を言うんですね」


そりゃ言いますとも。

面白いかは別の話として。


「ちょっと見てきます。なんか嫌な予感がする」


まずカラスが飛び上がった時点で、かなり嫌な感じだ。

アニメとかだと、こういう場合は基本何かが来る。


両手に旋弾銃を構え、ゆっくりと歩みだす。

庭の木にとまっていた鳥も消えている。

本当にこのあたり一帯から、生き物の気配が消えた。


「輝さん横!!!!」

「はっ!」


横という単語で、とっさに前へと飛び込む。

その瞬間、顔を何かがかすめる。


「大丈夫ですか!?」


助けてくれたのは、すぐそこに本部がある、新世界安定組織設立者、河野さんだった。

何でここに? という疑問よりも先に、俺の体は戦闘モードへ入っていた。

河野さんの表情から、ヤバい何かが起きたことを感じ取ったからだ。


「なんだ、あいつ……?」


横に視線をやると、一人の少女がいた。

ぱっとみは普通の小さな女の子……だが何か普通じゃない。


「食べ損ねちゃった」


こっちを見た少女の目は笑っていた。

その目は幸せの笑顔ではなく、狂気じみたものだ。

直感的に、あぁこいつヤバいわ……と感じる。

口を見ると、白い歯に赤い血がついている。

それを少女は舌でペロリとなめる。


「おいおい、それ俺の血だろ……俺は献血と輸血以外では人に血をあげないって決めてんだよ!」

「いや輝さん、普通に暮らしてたらその二つ以外で他人に血を分けることありませんから!!」


河野さんのつっこみがはいる。


「それにしても、かすっただけだと思ったのによ……」


頬に触れると、手のひらが真っ赤に染まるほどの血が流れていた。

後になって痛みが襲ってくるが、まぁ虫歯だと考えよう。

痛くない、痛くない……無理だ、痛い!


「健康な人の血だ! 肉だ! 新鮮だ!」


明らかに俺を食べ物と認識している口調で、少女が目を見開く。

すると、彼女の歯が鋭い牙へと変わる。


「いや、食べるなら女性のほうがいいよ! ほら……男は筋肉で硬いからさ!」

「助けてあげたのに私を売るんですか!? っていうか、あなたいうほど筋肉ないでしょう!? 引きこもりなんですから!」


グサッ

ふふふ、河野さんよ。

今のはかなり深く刺さったぜ……心に。


「自分が食べるものなんだから、どっちを食べるかは私の自由だよ!」


そういいつつ、明らかに彼女の視線は俺に向いている。

う~ん、仲間グルメ大作戦は失敗……ならここは!


「おに――」

「ばぁぁぁぁ!!!」


俺が叫び終わる前に、少女が攻撃してきた!

口を大きく開け、ものすごいスピードでこちらへ突撃してくる!


「技も打たせてもらえねーのかよ!?」

「あなた今おにぎりって叫ぼうとしてましたよね!? 技じゃなかったですよね!?」


むぅ……なぜばれた?

二人そろって全力で逃げる。

俺はさっきの技で出そうと片手に握りしめたおにぎりの袋を開き、一口かじる。


「今食べてる場合じゃないですって!」

「むぐっ!? のどに詰まった……ケホケホ!」


「ほら! そうなる!」


まぁ、これも作戦のうちですって。

俺は一口かじった残りのおにぎりを、後ろの少女に向かって投げる。

ほら、俺の数百倍おいしそうなおにぎりだぞ! 食いつけ!


「いらな~い」


スッという効果音が聞こえてきそうなくらい、あっさりとおにぎりを無視してこちらを追いかけてきた!


「おいなんだよ、いらないって!? 欲張り言うなよ!」


おにぎりがいらないなら、俺もいらないだろ!?

そんなこちらの反論も意味をなさず、永遠と少女は追いかけてくる。


八瀬家のほうに逃げたら、宗一郎さんや啓太さんが危険だし……かといって新世界安定組織本部に逃げるわけにもいかない。

あそこには多くの人が集まっている。


「河野さん、なんかおいしそうなもの持ってないんですか!? 俺よりおいしそうなやつ!」

「一応ありますよ……というか、あなたよりまずそうな物なんてこの世にないですよ!」


えぇ……そんな言います?

俺ってそんなに嫌われてる?


「何があるんですか!?」

「腐ったお弁当と、賞味期限が二年過ぎたチョコです!」


いや、俺そんなものよりもまずそうなの!?

明らかにまだ俺のほうがおいしそうじゃない!?

というか中身えぐいな!


「それ投げてみましょ! もしかしたら食べるかも!」

「えぇ……まあわかりましたよ!


河野さんが腐った弁当を少女へ投げる。

まさかのそれは彼女の顔面へクリティカルヒット!

ベチャっと音を立てて、激しいにおいを発する弁当(だったもの)が出てくる。


「お~ま~え~ら~!!!!」


逆効果だ! 

怒らせてしまった!!


流石にキレた彼女は、スピードを上げて追いかけてくる。

身体強化を使っても、逃げ切れなさそうなほどのスピードだ!


「私……追いつかれます」

「何言ってるんですか! 頑張って!」


おいおい、さすがにこの状況で河野さんを抱えて走るは無理だぞ!?

それじゃ追いつかれてしまう。


「後を……新世界安定組織を頼みます。私はここで少しでも彼女を足止めします!」


体の向きを百八十度回転させ、彼女は少女を迎え撃つ体勢になる。


「河野さん!」


叫びも虚しく、河野さんに少女が接近する。

殺されてしまう! そう思った時だった!


「君いらない」

「え?」

「いや……え?」


まさかの、河野さんをスルーして俺を追いかけてきやがった!

なんでだよ!? 弁当投げたの俺じゃねーぞ!


「お前絶対食べてやる~!」


ひどくお怒りの様子で、俺を追いかけてくる。

おい、これはどうすればいいんだよ!?



そうして突如現れた少女と俺の、激しい鬼ごっこが開始された。

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