第35話 稽古の見学をさせてもらいます
「それにしても大変なんじゃないですか? 今こんなに多くの人の面倒を見るのは」
「はは、確かにしんどいですよ。でもまぁ、何とかやっていけてます。なにせ人数が多いうえに、全員九階層までならいけますからね。節約しながらなんとかって感じです」
そういって啓太さんがお茶を出してくれる。
今の話を聞くと、かなり申し訳ない気持ちになるが、せっかく出してくれた。
飲まないほうが失礼だしもったいない。
「さっき、宗一郎さんに向かって全員が木刀で斬りかかってたのはなんなんですか?」
「ただの稽古ですよ。剣の稽古。こう見えても父は剣の達人でして。ここにいる人たちも全員、私も含めて全員が父さんの弟子なんです」
となると、武器も剣を使うのか。
う……剣で戦うとなると、俺は負けるんだろうなぁ。
「ちなみに今まで、一度も父に剣を打ち込めた人はいません。恥ずかしながら私も……ははは」
ほぉ、かなり……いやとても凄腕なんだな。
一つのことを極められるのはすごいことだ。
素直に尊敬する。
「高橋さんもどうですか? 確か、剣を使うんですよね?」
「いやぁ、遠慮しときます。それに、メインで使うのは銃ですから」
こんなところで、恥をさらすわけにはいかない!
俺のイメージのためにも!
「そうですか。じゃあ、見るだけでもどうですか!? きっとびっくりしますよ!」
「ま、まぁ見るだけなら……」
危ない、何とか危機は逃れたぞ。
再び、先ほどの庭へと全員で出る。
宗一郎さんは木刀を持った瞬間、一気に気配が変わった。
一流の剣術家って感じだ。
「いつでもいいぞ」
「じゃあ、行くぜ!」
若い男が斬りかかるが、宗一郎さんは流れるように攻撃を受け流すと、そのまま相手の体勢を崩す。
「わぁぁ!?」
「まだまだじゃな」
体勢が崩れた相手のせなかへと 一撃を打ち込む。
おぉ、瞬殺だ。
今の戦い、宗一郎さんは全く体がブレなかった。
重心がしっかりとしていて、とてもきれいだ。
「さぁ、次はだれだ?」
「僕が行かせてもらいます!」
別の若い男性が彼の前へと立ち、木刀を構える。
そして相手へと接近する。
この動き……剣道みたいだな。
もともと剣道をしていたのか?
「ふん!」
「うわぁ!?」
だが、その攻撃もあっさりと受け流され、一撃を打ち込まれる。
あぁ、なんか……何をしても受け流されそうだ。
「うっ……」
誰も何もしていないのに、急に宗一郎さんが腰を抑えて倒れた。
まさか、狙撃されたのか!?
俺も宗一郎さんへとダッシュで駆け寄る。
よかった、血は出ていない。
ということは、撃たれたわけではないのか。
「父さん、どうしたんだよ!?」
「こ、腰……」
「腰がなんだ!?」
「腰を……やった。少し休ませてくれ……」
ズコッ!!!
ただ腰をやってしまっただけだった。
まぁ、歳を重ねれば体は弱くなるからな。
あれだけ動けているのがすごいくらいだ。
さて、ここは(何もしていない)俺が、宗一郎さんを休める場所へと運んで差し上げますか……
紳士的な行動をしようと、立ち上がった時だった。
「みんな! 今だ! 打ち込めえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?
父親が腰をやったと言っているのにも関わらず、啓太さんは周りの人たちに、そのまま打ち込め! と叫んだ。
みんなも一切の抵抗なく飛び掛かる。
いや、慈悲とかないの!?
人の心はどこに落とした!?
バチバチバチ!!!!
「うわぁぁぁぁ!!!」
全員が宗一郎さんへ斬りかかった瞬間、全員が吹っ飛ばされる。
見ると、彼の周りには
それが全員をはじき返したのだ。
「ふん! わしが腰をやったくらいでは、お前らじゃ指一本触れられんわ!」
おぉ、かっこいい!
男が言ってみたいセリフランキングに入ってそうな言葉だ。
宗一郎さんは木刀を拾い上げると、全員に鋭い視線を飛ばす。
その視線に、全員が弱々しく縮まる。
ふんっとキメ顔を残し、宗一郎さんは少し離れたところに生える木へと向かう。
木陰で休むつもりなのだろう。
「あの~、手伝いましょうか?」
「あ、すみません。手伝っていただいてもよろしいですかな?」
キメ顔でその場を去ったのはいいが、腰を抑えながらゆっくりと歩く姿は、もうただの腰を痛めたおじいちゃんだ。
流石に見るに堪えなかったので、お助けに入ることにした。
「はぁ、この歳では満足に稽古もつけてやれない。まったく、嫌なものです」
「今でもかなり十分な稽古になっていると思いますけどね……」
楽な姿勢で宗一郎さんを休ませ、俺はみんなのところへ戻る。
先ほど吹っ飛ばされたみんなは、まだわざとらしく地面と睨めっこしている。
「あの……起きないんですか?」
「……」
返事は……ない。
というか、動かない。
「あの?」
「ぶはぁ!!!」
「うわぁ!? 動いた!?」
「そりゃ生き物ですもん、動きますよ」
いや、さっき動いてなかったから言ったんですが?
「なんで固まってたんですか?」
「父さんの能力《スキル》です。剣豪というもので、自身の
あぁ、あれか。
ていうか、チートじゃん!?
攻撃も防げて相手を止められるなんて、そんなのありか!?
「父はあの
「それはすごい。僕なんて二十階層、蛇と鬼ごっこした記憶しかないですよ」
「あそこのボスは蛇なんですね~」
あれ、宗一郎さんから話は聞いてないのか。
てっきり、普通に会話するなかで話題になってると思ったんだが。
「まぁ、そろそろ父がダンジョンに潜らなくてもいいくらい、僕が強くなってないといけないんですけどね……」
「腰を痛めた父親へのあの容赦のなさは、なかなかに心が強い証拠だと思いますけどね」
「ははは! でも、心が強いだけじゃいけないんですよ……」
まぁそりゃそうだな。
結局現実じゃ、心が強くても何にもならないんだから。
まぁ、俺は頭の悪さを心の強さで補い、必死に勉強して高校に入ったんだが……
「ちょっと、宗一郎さんの様子でも見てくるか……」
「あ、なら僕も行きます!」
少し時間がたったし、ある程度回復してるだろ。
長時間外ってのもあれだろうし、行ってみますか。
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