第34話 新たな出会い

『輝さんはまだ悩んでいたんですか?』

『まぁ……組織に入るより、一人のほうが動きやすいかなって』


河野さんからの誘いを受けた俺は、結局まだ答えることはできなかった。

嫌です、とはっきり断ったわけではない。

まだ決められませんと、加入の可能性を残してから組織本部を後にした。


『さて、では帰りますか』

『そうですね……いや、ちょっと待ってください』


俺はメニュー画面を開き、時刻を確認する。

十一時十七分。


『ロバートさん、僕はまだ帰れません』

『? 何か用事でも』


『はい、僕の命に関わる重要な……用事です』


まだ昼を過ぎていない。

我が家では、十二時くらいに昼食をとる。

つまり、今ここで帰れば、またあの悪魔の時間……あーんタイムが来てしまう!

絶対に今戻るわけにはいかない!

それを回避するためにここに来たといっても過言ではないのだ。


『そこまで重要なことでしたら、私もご一緒しませんか?』

『いえ、ロバートさんは帰っていてください。大丈夫なので。心配、ありがとうごさいます』


『わかりました……じゃあ、お先に』


ロバートさんを見送り、俺は頭をフル回転させた。

さて、どうやって時間をつぶすか……


このあたりをうろうろするか?

いや、散歩なんてしていても、一瞬で飽きてしまう。


「もっとじゃ! それじゃ生き残れんぞ!」

「ん?」


どこからか人の声が聞こえてきた。

新世界安定組織の本部からではない。

となると……まだここに住んでいる人か。


「おりゃ! とりゃ!」

「まだまだ!」


よっこらせと……

勝手に敷地内へとお邪魔し、中をのぞく。

東京にも関わらず、莫大な敷地を誇る建物の中には、一人の老人と、それを木刀で襲うたくさんの人たちの姿があった。

大人や高校生、小さな子供など、いろいろな人がいるが、いずれも全員が木刀で老人に切りかかっている。

なにかの稽古か?


「あの~ すみません」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


「どわぁぁぁぁぁ!?」


声をかけた瞬間、老人がすさまじい叫びとともに木刀をぶん投げてきた。

それはかなり正確で、俺の顔面すれすれを通り過ぎる。

いや、まさか狙って外したのか?


「誰じゃ!? この子らには指一本も触れさせんぞ!?」


全員を守るように俺の前に立ちふさがり、一人の男から受け取った木刀を構える。


「え~と……敵じゃないんですが?」

「俺、敵だから……って言って立ちふさがる不審者なぞ見たことないわい!」


逆にいうと、不審者にはあったことあるんですね!? しかも何回も。

それはそれですごいな……


「父さん、何してるの?」


建物から、一人の男性が出てくる。

かなり若い。

いや、俺と同じくらいじゃね?


「むぅ、啓太けいたか。この不審者が、急に人の敷地に入ってきての。きっと油断させて物を奪う気じゃ!」



確かに勝手に入ったな。

まぁそれは全面的に俺が悪いが……せめて話だけでも聞いてほしい。


「あ~! 輝さんじゃない!?」

「本当だ! 輝さんだ!」

「ん?」


建物の中から、さらに三人の女の子が出てくる。

あれ? この子達……なんか見覚えがあるような?


「覚えてないですか?」

「記憶力が悪いんですか?」

「脳が小さいんですか?」


おぉ……めちゃくちゃ言ってくるじゃん。

そんなボロボロに言われます?


「思い出したよ、武闘大会でサインを上げた――」

「そーう!!!!!」


覚えてくれていたのがうれしかったのか、三人が目を輝かせて叫ぶ。

そうだ、この子達。

武闘大会で俺が試合前にサインを上げた小学生だ。


「お前たち、この人のことをしてるのか?」

「うん! 輝さんだよ! すっごく強い、闘技場でサインくれた人!」


「あ! あなたが高橋輝さんですか!? 大変失礼しました、ほら! 父さんも謝って!」

「お、おう……?」


老人は、啓太さんに頭をつかまれ、半ば強引に頭を下げさせられる。


「すみません、失礼なことをしてしまい。私は八瀬啓太やせけいた。こちらは父の|八瀬宗一郎。ここで身寄りのない人たちの世話をしています」


ほ~

だからこんなにたくさん人がいたのか。

それにしても、”この世界”で人のお世話か……

大変そうだな。


「立ち話もなんですから、中で話しませんか?」

「いいんですか?」


「はい、あなたのことは妹たちから聞いていて、一度見てみたいと思っていたんです」


そうして俺は、誘われるがままに建物の中へと入っていった。

時間をつぶしたいと考えていたし、ちょうどいい。

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