第33話 勧誘

『まずこの組織の目的、そして設立理由から。我々”新世界安定組織”は、名前の通り神によって書き換えられたこの世界……新世界の安定化を目指しています。あの日の出来事によって命を落としたものは数知れず。少なくとも、この世界の十分の一の人々が命を落としていると予想されています。 』


『おい、ちょっと待て。十分の一!?』


てことは、あの出来事が理由で今まで、約八億人の人たちが死んでるのかよ!?


『まず公共の施設で暮らしていた人たちや病院に通っていた人たちなど。今まで機能していた機関に頼っていた人たちは皆命を落としているでしょう。特に医療機関関係では、かなりの人が命を落としています』


そうか、機関が機能しなくなれば、そこを頼っていた人たちは何もできなくなる。

当然、間接的に多くの死者を出すだろう。


『あとはダンジョン。普段何気なく暮らしていた人たちは、いくら能力スキルがあるとはいえ、モンスター相手に歯が立たないのは当然。でも行かなければ死ぬ。一か八かで挑み、命を落とす人も多くいます』

『そこに、追い詰められた人たちの最終手段。強奪ロブが重なる……というわけですか』


『流石ですね、ロバートさん。そうです、まさに今問題となっているものの一つが強奪ロブです』


現在の人口は推定七十二億人。

そのうち自身で必要な生活費を稼げる人なんて一パーセントにも満たない。

しかしダンジョンにいっても 死ぬのが目に見えている。

なら、まだ少しでも勝てる可能性のある相手……人を殺して奪うんです。


人の生存本能というものは恐ろしい。

理性すらも消し去り、自身の生きる道のみに忠実に従ってしまう。

どれだけ優しい人でも、そんな中で理性を保てる人なんてほとんどいない。

自信を投げ出して人を救える人は、それだけで希少な存在だ。


『例えば今あなたにお出している飲み物……』

『これですか?』


ごく普通のお茶だったぞ?

まさか、毒でも入ってたか!?


『それは昨日、老人から強奪ロブで奪ったものです』


その瞬間、気づけば俺とロバートさんは武器を抜き、立ち上がっていた。

二人とも河野美優こうのみゆへ武器を向けている。


『そう、それを知ったあなたたちは、怒りで私に武器を向ける』


河野さんは落ち着いた様子で両手を上げる。


『先ほどのは冗談です。いつも、ここへ初めてくる方たちにはさせてもらっているんです。不躾な真似をお許しください』


急に笑顔を浮かべ、そういってきた。

なんだ、冗談か……

びっくりした。


『そうやって反射的に私を敵と認識できるのは、あなたたちが心の底から優しいからでしょう』


はぁ……?

どういう意味か分からなかったが、とりあえず相槌を打って席に座りなおした。

それにしてもロバートさんもすごい形相だったな。

まぁ、過去にあんなことがあったら、当然か……


『今みたいに怒ることができないほど、世界の人たちは飢えています。生きる光があれば飛び込む。それが自身の心に反する行動だったとしても』


まぁ、一理あるか。

俺たちが今こうやって冷静な判断ができているのも、生活に余裕があるからだし。


『そんな世界を変えるため、私が立ち上げたのがこの世界です。少しでも多くの方たちに物資を分け与え、みんなで元の世界に戻す』


戻す……

果たしてあの神がそんなことをするかねぇ?

少なくとも、素直に応じるとは思えないな。

あいつからすれば、人が何人死のうが、遊びの段階に過ぎないのだから。


『一つ聞いておきますが、”新世界平和組織”。あそことの明確な違いは何ですか? 世界の平和を願うなら、あちらと協力してみては?』

『それは……できないんです。私たちの”正義の形”に反してしまう』


前にロバートさんに聞いた通り、方法の違いに不安があるようだ。


『お伝えしたいことは終わりです。あなた達から質問はありますか?』

『一つ、質問ではありませんが情報を』


『何でしょうか』


河野さんはポケットからメモ帳を用意する。

少ししか見えなかったが、びっしりと文字が書いてあった。

ひぇ~、国語の文章題も顔負けの量だ。


『優の率いる新世界平和組織、表向きにも動き出しましたよ。もう衝突は避けられません。少なくとも、あちらはその気です』


その言葉を発するロバートさんの表情は真剣。

河野さんも、それをしっかりとメモにまとめていた。

ちなみに俺は、彼が何を言っているのかわからない。

表向きに衝突? なんだそれ


『わかりました。それを聞いて、少し予定が増えました。お二人ともにお聞きしたいです』

『はい』

『?』


『新世界安定組織に、加入してはいただけませんか?』


急に勧誘された。

確かに説明は終えたけど、目的を聞いただけで加入は……う~ん。


『早かれ遅かれ、私は優……彼を止めなければならない。喜んでお手伝いさせていただきましょう』


ロバートさんはあっさりと受け入れた。

ちょっと!? なに、この俺だけ置いて行かれてる感……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る