第31話 我が家は再び騒がしく
「いたたたた……戦いに集中してたせいか、腕のけがのこと忘れてた……」
「病院がないですからね、私の知識じゃこれくらいの手当しかできません。ごめんなさい」
「梅田さんが謝ることじゃないよ。実際、腕をやられたのは俺が油断したからだし」
「いえ、あなたがあの時彼を止めてなかったら、きっと私がやれてました。私のせいです」
こういう、自分のせいだ! っていって聞かない人にはどうやって対応するのが正解なんだ……
俺はちっとも彼女のせいだなんて思ってないのに。
「あぁ……娘のためにそこまで! 本当にすみません!」
ほら~ こうなるから。
お互い、不要な心配は避けたかったんだよ……
「こうなったんだから、お前が責任をもって彼をお世話するんだぞ、由井!」
「分かってるよお父さん。輝さん、何かあれば私に言ってくださいね! 腕が治るまで、私が責任をもって面倒を見ます!」
「い、いや大丈夫ですよ。
「ただいま……って、うわぁ!?」
「無事だったの! よかった……お帰り。梅田さん! 娘さん帰ってきましたよ!」
まさか今までずっと待っていたのだろうか。
玄関を開けると、母さんが扉の前に立っていた。
「由井! よかった……無事で。高橋さん、ありがとうございます!」
「いえ、お礼を言われるほどのことじゃないですよ」
「腕にけがをされたんですか!? 大丈夫ですか?」
「大丈夫です、少し切れた程度――」
「私を守るために、相手の攻撃が腕を貫通しちゃって……」
おい、梅田さんよ。
こういう時は、別に正直に言わなくていいんだ。
心配をかけまい、と嘘をつく、俺の優しさに気づいてくれ。
「こうなってしまった以上、お前が責任をもって彼をお世話するんだぞ、由井!」
「分かってるよお父さん。私にできることがあれば何でも言ってくださいね! 輝さんの腕が治るまで、私が責任をもってお世話します!」
「い、いや大丈夫ですよ……ほら、利き手じゃないですし、あまり生活に支障はありません」
「いいえ! ”あまり”でも支障があったらだめです! その分を私がカバーしますので!」
あぁ、助けてくれ神よ。
いらない時には
………
カー、カー……
聞こえたのは、颯爽と現れた神の声ではなく、夕暮れの空に響くカラスの鳴き声だけ。
神の奴、いらないときに、現れる。
あぁ、この詩を
そういうことで、俺の必死の抵抗も
実際の所、腕はほとんど動かないが、生活できないわけではない。
本も読めるし、ご飯も食べられる。
だから大丈夫だと思ったのだが……
「はい、口を開けてください。あ~ん」
「いや、右手が使えるので大丈夫ですって!」
「輝、お皿はちゃんと持って食べなさい? できないなら、由井さんに食べさせてもらいなさい」
こ、この野郎! 母さん、なぜ今それを言う?
明らかに俺が嫌がってるの分かって言ってるだろ!
なんだよその顔! ニヤニヤしやがって!
父さんと一緒にニヤニヤする母さんを恨みながらも、俺は必死に抵抗する。
「本当に大丈夫です! 大丈夫ですから!」
「あなたのお母さんも言ってるでしょ? はい、口を開けて!」
いや、二人きりならまだいいよ?
正直、恋愛経験皆無の俺からすれば、嬉しくもある。
こんな可愛いこに、あ~んしてもらえるなんて、夢じゃないか。
きっと友達全員うらやましがるぞ。
でもな……違うんだ……
「……なんで全員ニヤニヤしながらこっち見てるんだよ!?」
そう、俺の両親、そして梅田さんの両親全員が、こちらを凝視しながらニヤニヤしているのだ!
こんなことされたら、仮に自分で食べるとしても飯が食えないわ!
なぜこっちを見る? お前たちの今食べるべきものは、己の手の中にあるだろ!
前……俺の顔を見るな! 手に持った食べ物を見ろよ!
「輝、おまえ仮にお米とかは食べれても、箸でスープは食べにくいだろ? 梅田さんに頼りなさい」
「ふっ、安心したまえよ父さん。確かに俺は普段、スープを箸で食べている……確かに、お椀を持たずに右手だけでスープはきついだろう……だがあるんだよ」
そう、長き歴史の中で人類が発明した偉大な道具。
今だから分かる、これを発明した人は天才だ。
そう、その道具とは!
「母さん、スプーン取ってくれ」
そう、スプーンだ!
これならば具だけでなく、スープも飲むことができる!
あぁ、なんと素晴らしい道具だろうか。
さぁ、俺の手にくるがいい!
「あら、大変よ輝。スプーン無いわ」
「ん? 何言ってるんだよ。七つあっただろ?」
高橋家で三つ、梅田家で三つ、そしてロバートの分で、必要なスプーンの数は七つ。
俺以外は全員持っているから、あと一つあるはずだ。
「あ、母さん。そこだよ、そのに落ちてるじゃん!」
「あら、見えなかったわ。じゃあ、はいどうぞ」
すこし残念そうな顔をしながら、母はスプーンを手に取る。
母の手から、スプーンを受け取ろうとした瞬間だった!
カラーン……
全員の目が、その音の発生源に釘付けになった。
そう、その音の正体とは
「母さん……すまねぇ、スプーンを落としちまった。それ、くれないか?」
父さんが落としたスプーンだった!
「あら、それはしょうがないわね。ごめんね、輝。スプーン無くなっちゃった」
この両親! やりやがった!
父さんのニヤついた表情から、わざと落としたのは確実だ!
そして母さんも母さんだ。
先に俺がお願いしたのにも関わらず、父さんに渡した!
このふたりぃぃぃ!!!
「洗えばいいだろ!」
「いいか、輝よ。洗うのにだって水がいる。少しは節約しようとは思わないのか?」
「どんだけ使っても値段は一緒だよ!」
「はぁ、分かってないな。そういう甘えた心が、世の中を堕落させてきたんだぞ?」
なんで急にそんな話になった?
しかも全く筋が通ってないし!
「もういい、俺が洗う!」
落とされたスプーンを拾い上げ、洗いに向かった時だった。
バキン!!!!
「きゃぁ! あ! やっちゃった……」
”何もない場所”で急に転んだ母が、肘で蛇口をへし折りやがった!!!!!
どういう強度の肘を持ってたら、蛇口を転んだだけでへし折れるんだよ!
ていうか、これもわざとだろ!
家を破壊してまで妨害してくんなよ!
ガシッ!
後ろから誰かに、力強く肩を掴まれる。
まるで、もう逃がさないぞ! と言わんばかりの力だ。
ゆっくりと、恐る恐る振り返ると、笑顔でスープを片手に持った梅田さんが立っていた。
「スプーンが洗えないなら、もう使えませんね? さぁ、口を開けてください?」
さっきまで語尾がビックリマークだったのに、今はハテナになっている!
怒ってるのか? それとも怒っている風で俺を追い詰めようとしてきているのか?
ろ、ロバートさん! 今頼れるのはあなただけだ!
この場で一番長老のあなたから、何か一言救済の言葉を!
目線を送ると、ロバートさんは察したかのようにこちらに視線を返す。
助けてくれるのか! と思ったのもつかの間。
「ロバートさん、お茶を淹れましょうか?」
「あぁ、すみません。おねがいします」
母さんがお茶と共に彼の横へと座り、お茶を注ぐ。
注がれたお茶を、ロバートさんはズズズと飲む。
もう、俺のことは見えていない。
「そ、そんな……」
「さぁ、食べましょう?」
「……はい……」
完全敗北した俺は、言われるがままに梅田さんのあ~ん、を受け入れ、その日の晩飯を終えた。
ちなみにロバートさんを除いた四人……俺と梅田さんの両親は満足そうに、ニコニコしながらその様子を見ていた。
「何か……何か違うぞ?」
メンタルが破壊されながらも、部屋に戻った俺はつぶやいていた。
「あ~んってさ、もっといいものじゃなかったっけ? ニヤニヤした大人に眺められながらするものじゃないよね? もっとこう……公園とかでお弁当を一緒に食べてさ、笑顔であ~んってしてもらうものだよね?」
そう、あ~んへの理想像と現実を比べ、
明日もこんな感じなのだろうか。
あの一瞬のためだけに、水道を破壊したりする親だ。
きっと明日もなにか仕掛けてくるに違いない。
例えば、右手だけじゃ食べられない料理とか!
猶予は無い!
明日の朝ごはんまでに、この腕を治さなければ!
だがどうすれば……
となれば残るのは……
「自己再生強化……か」
父さんがもつ
切断された手足すらも修復可能とのことだ。
あれをゲットできれば……でもどうやってゲットする?
父さんから
残るはダンジョン……か。
だが現在時刻は二十時。
俺は二十一時には眠くなってしまうので、ダンジョンに行けば寝落ちしてしまうかもしれない。
そうなればもちろんモンスターによって永眠へと落ちてしまうだろう。
つまりダンジョンは少しリスクが大きい……
ここから導き出される答えは!
「諦めよう」
だ。
そうだ、あきらめよう。
考えるだけ無駄だ。
明日のことは、明日の俺が何とかするだろう。
今の俺には関係ない。
今日は北見との戦いを頑張ったんだし、ゆっくりと体を休めよう。
そうして俺はベッドへと潜り、夢の中へと入っていった。
「はい、あ~ん」
「……」
そうして迎えた次の日の朝食。
昨夜、考えるのを放棄し、明日の俺に任せると言っていた俺は、盛大に追い詰められている。
理由は分かるだろう。結局どうすることもできなかったからだ。
そうして、朝から再びメンタルを壊されながらも今日という日がスタートした。
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