第30話 最終決戦

「俺は、どうすればいい?」

「あ?」


気を失った北見がそうつぶやいた。

目を覚ましたわけではない。

夢でも見ているのか? 平和な奴だ。


「こいつって、元々こんな奴だったんですか? 告白を断った瞬間襲ってくるって」

「いえ、こんな狂ったような人ではありませんでした。優しい人でしたよ。でも人と距離を置いてずっと勉強ばかりしてましたね。あと、努力に固執してました」


そういえば、戦った時も言ってたな。

努力せずに運だけで生きてきた奴らが気に入らないって。

別に俺も努力してないわけじゃないぞ?

少なくとも、高校受験は死ぬ気で勉強したからね?


梅田うめださんが見ていない半年間でそんなに変わるとは。一体こいつに何があったのか……ていうか、こいつをまずどうするか」


親がいるだろうし、勝手に殺したら親の悲しみは計り知れない。

こいつも元々はこんな狂った奴じゃなかったらしいし、元はいい奴だったなら今からでも変われるはずだ。


「というか、こいつは一人暮らしなんですか? 息子がこんなことしてるなら親が止めるはずですけど……」

「分かりません、高校の時は両親と暮らしてましたよ。先輩が卒業してからは関わっていないので分からないですね」


やっぱり、卒業してから今までの約半年の間に何かあったと思っていいな。

狂うってことは精神異常……何かが原因で精神が不安定になったのか?

だから好きだった梅田うめださんに異常とも言っていいほどの執着を示したのだろうか。

自分に優しくしてくれる人に依存していた可能性は十分にあるな。


「……う……」

「あ、起きるか?」


梅田さんと共に、北見へ歩み寄る。


「……ん? 母さん……? 父さん……?」

「おぉ、寝ぼけるなよ。梅田さんと高橋さんだ」


自分のことを高橋さんって呼ぶと、なんか違和感あるな。


「お前か……俺は負けたのか」

「あぁ、負けだ。俺の腕を貫いてくれた恨みは忘れねーぞ?」


まだ結構痛い。

一刻も早く病院に行かなければ失血死しそうだ。

まぁ、病院も機能していないのだが。


「お前は、両親を殺した犯人を殺そうとした時、そいつの親が泣いて許すように頼んできたらどうする?」

「急に変な質問をするんだな。まぁ、俺は殺せないかもな。俺は大切な人を殺されたことがないから、あくまで想像でしかないが」


でもまぁ、すぐると初めて会った時、強奪ロブの光景を見たときはこいつぶっ殺してやろうと思ったよ。

それでもあいつの親が泣いて出てきたら、俺は多分殺せない。

というか、普通に実力差で殺せません。


「そうか……お前は殺せないか」

「? まぁいい。まだお前が正気の内に言っておく。梅田うめださんから手を引け。一生彼女の目の前に現れるな」


「はは、それは無理だよ」

「なに?」


顔を上げ、こちらを見てきた北見の瞳を見てゾッとする。

その瞳は黒色ではなく、黒みを帯びた紫色をしていた。


憎食者ぞうしょくしゃはもう、発動すれば止まらない。負の感情がある限り、俺の心を蝕み続ける。もう俺は、彼女に対する歪んだ気持ちが止められない。憎食者ぞうしょくしゃを発動した”あの日”から、もう俺は狂ってたんだよ!」


なるほど、こいつが変わってしまった理由はそういうことか。

神も言ってたな、憎食者はそいつの負の感情を餌に発動者を強化し、侵食していくって。


「まぁいい。まだ俺が正気の内に言っておく。梅田うめださんを守りたいなら俺を殺せ。一生俺が動かないように!」


こいつ、さっき俺が言ったセリフをパクりやがった……

だがまぁ、本人がここまで言うってことは、本当に止める方法は殺す以外ないのだろう。

それに、こいつも梅田さんを傷つけるのは本望ではないようだ。

じゃなきゃ、殺せなんて言うはずがない。


「さ…あ……始めよ……う……僕を……殺せ!」


憎食者を抑えられなくなった北見が、再び暴走する。

しかし先ほどのように異形のバケモノになるのではなく、腕が左右三本に増えた人型をしていた。

体は紫の光に包まれ、体は筋肉の付きがいい。

合計六本の腕には、それぞれ剣が握られている。

もう正気の顔じゃない……


おいおい、急な最終決戦にしては結構強いタイプの敵じゃねーか?

腕が六本……それをすべて巧みに操れるなら、剣の斬り合いじゃ絶対勝てないぞ!?


「ガァァァァァァ!!!!」


もう人間とはかけ離れた叫び声をあげながら、北見バケモノは突撃してくる。

そして右側の三本の腕を振り、斬りかかってくる。


「う、うぉ! わぁぁぁぁ!?」


三連撃! しかも全部剣の軌道が違う!

どうやら、ちゃんとすべての腕を使いこなせるようだ。

まいったな。


「高橋さん! 大丈夫ですか?」

「離れててください! できれば隠れててください! こいつの負の感情の対象は多分あなた……いつそっちに行ってもおかしくないので!」


そう、だからこそなるべく早く決着をつけないといけない。

確か、アジトに侵入するときに爆発弾を十発買ったはず……まだ残ってる!

爆発とはいえ、やはり生物相手……強化された北見バケモノ相手ならやはり直撃が理想だ。

つまり、とりあえずこいつから距離を取らないといけない……のだが


「離れろよ! キープディスタンス守れよ!」


こいつ! さっきから俺が下がった分だけ近づきやがって!

お陰で攻撃をかわすのが精いっぱいで反撃できねーよ!

こりゃ、凍結弾も買っとけばよかったな。


「おい!? ここにきて両手使ってくんなよ!?」


さっきまで片方の手だけで攻撃してきていたのに、急に両腕……計六本の腕を使い始めてきた!

攻撃が当たらないことにしびれを切らしのか? どちらにせよまずい!


ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン!

顔面すれすれを、高速の六連撃がかすめる。

そのすべての剣が異なる軌道を描くため、本当にかわしずらい。


「仕方ねぇ、ここぞって時に使いたかったが、今がその時だと信じよう!」


(不可視!)


あいつも別に、バケモノだからって驚異的な五感を持ってるわけじゃない……と思う。

案の定、視界から消えた俺を、北見バケモノは見失ったようだ。

その隙に障害物へ隠れる。

はぁ、やっと一息付けるぜ。


「一、二、三……四、五、六。頼むからこれで倒れてくれ」


両方の銃に三発ずつ、計六発の爆発弾を装填する。

これを撃てば、残る爆発弾は三発。

もしこの六発の爆発弾を耐えたとしたら、残りの三発で倒れるとは思えない。


音からして、あいつとの距離は十分。

あとは、ここから出てすぐにあいつに向かって照準を合わせ、爆発弾こいつを撃ち込んでやるだけだ。


「こっちだ!」


叫びながら物陰から飛び出す。

正面から撃ち込んだ方が、爆発の効果が大きいかだ。

狙い通り、北見バケモノはこちらに体を向け、突撃してきた。


「素直で動かしやすい奴は好きだよ」


頭に照準を定め、六発すべての爆発弾を撃ち込む。

激しい爆発音と共に、北見バケモノの頭が爆ぜ、倒れる。

畳みかけるように剣を刺してとどめを刺す。


「グオォォォォ!!!」


悲鳴を上げて俺を押し飛ばそうとする。


「飛ばされて、たまるかぁ」


剣に力を込め、思いっきり斬り上げる。

それは大きく相手の胸をえぐり、致命傷となった。


「……ッ……」


なにか言っているようが、何を言っているのか分からない。

空へと手を伸ばすと、そのままバタリと動かなくなった。

空に……は何もないよな?

何に手を伸ばしてたんだ?


「まぁ、これで終わったんだな」


|憎食者が解け、生身の北見が現れる。

俺の剣は体に届いていたようで、胸の部分が斬れている。


「終わったんですか……?」

「終わりましたよ。もう大丈夫です」


隠れていた梅田さんが顔を出し、近づいてくる。

北見の死体を見て手を合わせ、目を瞑っていた。


結局、こいつを殺してしまったな。

家族のことも分らずじまいだ。

彼の両親が知ったら、悲しむだろうな。


強奪ロブで殺しはしなかったんだな。していたら報酬を得られていただろうに」

「あ! おまえ! また一段落着いたところで現れやがって! というか、憎食者のせいでこいつはこうなったんだ。強奪ロブでスキルを受け継げば、俺も同じ道にいっちゃうだろ」


「まぁそうだな。お前でもそこまで考えられるくらいの頭はあったんだな」

「なんだと……この野郎!」


やっぱりこいつは嫌いだ。

大っ嫌いだ!

なんか一言一言が腹立つ!


「まぁ、頑張ったんだし疲れてるだろ? 北見こいつの死体は、俺がちゃんと弔っておこう」

「ほんとうか~?」


「本当だって。誓うよ」

「なら、任せる。俺もこのことを梅田さんの両親に伝えないとだしな。じゃあ、頼んだ」


「あぁ」


神に北見を任せ、俺たちは家へと戻った。

なんか、よくわからない事件だったな。

能力スキルで狂った奴が、好意を抱いていた女性に狂気を向けるって。

まぁ、そういう点では、あいつも被害者だったのかもな。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「北見聡……両親を殺されてからお前は、復讐に取り付かれ、復讐によって狂ったな。そして最後は自分を止めるために死ぬことを選ぶ……か。あの日、復讐相手の母親はお前の目にどんな風に写った? お前は迷ったな。殺して恨みを晴らすか、殺さず母親の心を救うか。俺なら迷わず殺してたよ。だって所詮は赤の他人だ。死んだらそこで終わり。そいつの魂が怨念となって襲てくることなんかない」


神は北見の死体を抱え、ある場所へと移動する。

そこは、彼の両親が眠る墓地だった。


「お前の両親は褒めてくれそうか? それとも怒りそうか? どちらにしても、またあの世で仲良く暮らすんだろうな」


二人の墓へ、一緒に北見を眠らせる。

墓石にはいつの間にか、北見聡の名が増えていた。


「やっぱりお前たちは面白いよ。もっと見ていたい。この世界で……力だけですべてができる世界で! 欲望のままに生きるか、優しさで人を救うか。もっと見せてくれ! 俺に、人間を!」


神の笑い声は、周りに響き続けた。

まるで子供が公園で遊ぶみたいに。

この世界も、神からすれば遊び場に過ぎないと表すように。

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