第29話 狂いし復讐者

「判決を言い渡す。被告人佐藤忠之さとうただゆきに終身刑を言い渡す!」


その言葉で、俺の頭の中で怒りが爆発した。





事件から時間が経ち、最終判決が言い渡される裁判が近づいてきていた。

俺はその前に、あの事件の犯人である佐藤忠之さとうただゆきへと会うことにした。

なぜあの事件を起こし、両親を殺したのか、問いただしたかった。


「こんにちは、北見さん」


部屋に入ると、ガラス越しに佐藤が座っていた。

こいつがあの日、俺たちを襲った男!

今すぐにでもぶん殴って殺してやりたかったが、それはできない。


「長話をさせるつもりはない。なぜ、あの日俺たちを襲った!?」

「警察の方から聞いていませんか? 金がなくて、どうしても必要だったんです」


それは聞いている。

だがそれだけなわけがない!


「……本当にそれだけか?」

「はい」


「ならもういい。警察さん、もう終わりでいいです」

「え? もういいのかい?」


「はい」


元から、かなり無理を言って用意してもらった場だ。

長く時間をかけるつもりはなかったし、警察の前ではこいつが真実を言うはずがない。





そしてそれから十数日、ついに最終判決が言い渡される裁判が開かれた。


「被告人は生活費に困っていた……間違いないですか?」

「はい、その日食べるものすらもなくて、親にも見捨てられて……」


「なら、なぜあなたはその三日前、パチンコ屋へと足を踏み入れたのですか?」

「そ、それは……」


佐藤は、それを聞かれるとは思っていなかったのか、話すことをためらう。


「黙秘します……」

「では次です。お金が欲しかったんですよね? それだけで間違いないですか?」


「はい」

「なら、なぜ北見一家の両親二人を殺害したのですか? 目撃者……そしてあなたを取り押さえた方の証言によると、あなたは父親を刺した後、逃げることもせずに真っ先に母親と息子さんの方へと向かっていった……そうですが?」


「そ、それは……抵抗されたから」

「抵抗? おかしいですね。父親の死因となった傷は、背中にあった。もし抵抗されたのなら、普通は正面からの傷となるはずだ。そして母親は我が子を守るために抱きしめていた。抵抗なんてできるはずjがないんですよ!」


ちなみに、この弁護士は俺を助けてくれたあの人の父親だ。

鈴木さんという。

助けてくれた彼の父親ということもあり依頼した。

実際、とても真剣に事件について調べ、隙のない状況を作り出している。

この場にいる誰もが、彼は死刑になると思っていた。

俺もそう願っていた。

だが


「判決を言い渡す。被告人佐藤忠之さとうただゆきをに終身刑を言い渡す!」

「な!?」


全員が驚愕した。

裁判員までもが、最高裁判官の決定に驚いた表情だ。

だが死刑を免れた佐藤は、嬉しそうな顔をすることなく、余裕の表情y悪を浮かべている。

そしてチラッと俺を見ると、フッと笑みを浮かべた。

なんだ? あいつが何かしたのか?

まさか、あの裁判官!


理由は、証拠不十分で片づけられた。

まず、金銭的余裕がないことが事実だったこと。

そして約三日間食事をしておらず、精神状態が不安定だったこと……だ。


誰もがこの決定に不安を抱いた。

俺も、ふざけるな! と叫んだ。

しかし、決定が覆ることは無かった。


判決は、テレビで全国的に放送された。

衝撃的な事件だったのもあり、かなり注目を集めていたため、あっという間に拡散され、騒がれた。


テレビが質問のために家を訪ねてくることもあったが、すべて断った。

どうせ何も変わらないと、そう思ったからだ。


ピンポーン

インターホンが鳴り外を覗くと、俺を助けてくれた人、そしてその父親がいた。


「あんな決定、納得できない!」

「おそらく、あの裁判官は裏で犯人と何か関係があるのだろう」


あの決定に不満を抱き、わざわざ来てくれたらしい。


「私も、妻を殺されているからよくわかる。そして犯人は終身刑だった。なのに、二人も殺し、ギャンブルにまで手を出していたことを証拠に上げて、終身刑なはずがない!」


あの裁判官が裏でつながっている証拠を集めようと、二人が動いてくれることとなった。

俺も、その手伝いをするべく動くことにする。


二人に昼食を御馳走して、その日は別れることにした。

不慣れな料理だったが、おいしそうに食べてくれて嬉しかった。

両親と一緒に食べた食事が脳裏に浮かび、泣きそうになったがこらえた。


「では、お手数ですがよろしくお願いします」

「絶対に、悪事を暴きましょう」


そして二人が車で去っていくのを見送った、その時だった!



「私はこの世界を管理するもの……お前たちの言葉で言えば、”神”だ」


あの世界が始まった。

俺が受け取った能力スキル憎食者そうしょくしゃ

恨みや嫉妬、悲しみ、怒りと言った負の感情を餌に、己を強化するもの。


神とやらが現れて少しは、困惑し何もできなかった。

だが両親が貯めていた貯金箱からお金が消えていることや、ライフラインの完全停止を確認し、事実だと分かった。


そして佐藤と裁判官への復讐心に満ちていた俺は、すぐにある考えが浮かんだ。

ルディはダンジョンなどでしか稼げない。

なら今までのように、職業で稼ぐことは不可能。

ならば事実上、法律も機能しなければ、今までの設備なども機能しない。

俺の手で……あいつらを始末できる!


そう決めた俺の行動は早かった。

まず、刑務所へ向かい様子を確認する。

案の定、中はもの抜け殻だった。

監視がいないのはもちろんのこと、囚人も全員脱出していた。

佐藤も……


あいつの居場所は分からないが、候補はある。

それは奴の自宅だ。

警察とのかかわりの中で、あいつの家は知っている。

今すぐにでも向かって殺しに行ってやる!


そこでまずは準備をするため、家じゅうを漁ってみる。

しかし使えそうなものは何もなく、武器と言えるもの包丁くらいだ。

それでは少し心もとない。


すると、メニュー画面にショップというものがあることに気づいた。

ルディを持っていないのだから、何も買えない。

そう思いながらも開くと、救済措置ともとれるものがあった。

無料で武器が買えるというものだ。


弓や銃、槍などもあったが、俺は剣にした。

弓は銃は弾丸などに費用がかかるうえ、それがなければ何もできない。

だが剣ならばその問題は解決される。

大剣に関しては論外だ。

重すぎても持てない。

槍と迷ったが、持つ部分が木で出来ているため、簡単に無力化されると思ったため、剣にした。

まぁどの武器も使ったことがないから、うまく使える自信はないが……


世界が変わった次の日、俺はすぐに、佐藤忠行の元へ向かった。

あいつの家までは車で二時間ほど……徒歩でも行けないことは無い。

十六時間……休憩をはさんでも十七時間ほどで着けるだろう。

別に今日中に行かないといけないということもないし、どうせ明日には着けるだろう。




「人がいないな……全員ダンジョンへ行ってるのか」


俺はダンジョンへ行っていないため、最初に受け取った能力スキルしか持っていない。

だから、あいつがダンジョン十階層を突破して新たな能力スキルを得ては少々都合が悪い。


「本当に誰もいないな。子供すらも……小さな子供もダンジョンへ行っているのか?」


親がそんなことはさせないはずだ。

それに小さな子供なら、怖くて自分から行こうともしないだろう。

てことは家にいるのか? 外に出ないのは、親が面倒を見れないから?






出発した次の日……睡眠時間などを除いて、計十七時間ほど歩き続け、ついに佐藤忠行の家へ到着した。

ボロボロで壁も壊れかけており、本当に貧乏だったんだなと分かる。

まぁ、そんなこと関係ない。


バゴッ

古い扉は、蹴るとすぐに開いた。

開いたというよりは、吹っ飛んだ。


中はほこりだらけで、ところどころクモが家を作っている。

だが佐藤が通った跡なのか、一部の道はほこりなどがなく、獣道のようになっていた。


「いない……のか? まぁあいつはルディに魅かれそうだしな」


ダンジョンにでも行っているのだろう。

なら、戻ってきたところを不意打ちしてやるか。

卑怯? 父さんは背中から刺されたんだ。

神も卑怯とは思わないだろう。 





しばらく身を潜めていると、横の部屋から音がした。


「ちっこれだけかよ。こんなんでどうやって遊べばいいんだよ」


間違いない、あいつの声だ!

言葉からするに、思い通りの額は稼げなかったようだな。

というか、どうやって生きればいいんだよ、じゃなくてどうやって遊べばいいんだよって……

とことん腐った奴だな。


トコトコ……

足音がこちらへと近づいてくる。

いいぞ、こっちにこい。

俺の視界に入った瞬間、その背中を引き裂いてやる!

父さんの痛みを、苦しみを、少しでも味わわせてやる。

剣をぎゅっと握り、部屋の角で待ち伏せする。


「まったく、これじゃいつもと変わらねーじゃねーか」


愚痴をこぼす声で、おおよその位置を予測する。

そして、佐藤が俺の視界へと入ってきた瞬間!


「うおぉぉぉぉ!!!」


ズバッ!!

角から飛び出し、佐藤の背中を上から下に向かって深く切り裂く!

当たりに血が飛び散り、佐藤は倒れる。

はぁ、はぁ……

やってやったぞ!


「いってぇな、誰だよ!?」


しかし、絶命したと思った佐藤は、何事もなかったかのように立ち上がってきた!


「なっ……!?」

「あぁ、お前か。親の復讐か? 一人でのこのこと来たのか?」


背中から流れていた血はもう止まっている。

なんだ!? 何が起こった?


能力スキル自己再生強化。多少の攻撃じゃ死なねーよ」

「はは……ならお前を何度でも苦しませ続けられるってことか!」


互いに武器を持ち、正面から対峙する。

佐藤の武器も剣、俺と同じ鉄剣だ。


「なぁ、もう警察も法も機能していないんだ。正直に答えろ。なんであの時、わざわざ俺たち全員を殺しに来た?」

「命令口調なのは気に入らないが、まぁいいよ。教えてやる。気に入らなかったんだよ、お前らみたいなやつが!」


俺は親に見捨てられて生きていくのも苦しい状況だった。

なのに、お前たちは生きるためどころか遊びにまで金を……しかも贅沢に使いやがって!

なんで俺だけがこんな苦しい思いをしなきゃいけねーんだよ?

俺だって遊びてーよ!


「……お前、自己中だな」

「は?」


「一つずつ教えてやる。まずお前が言った親が見捨てたという言葉。お前は親が働け、勉強しろという言葉にも聞く耳を持たず、遊んでいたな。にも関わらず、お前を一人暮らしさせる決断を下す直前まで世話をし続けた。見捨てられたんじゃない。見捨てられたなんて言葉は、何もしてないお前のようなクソ野郎が使っていい言葉じゃねーんだよ!」


これは、事件を調べてくれた鈴木さんが教えてくれた情報だ。


「それに、苦しいだと? お前は一人暮らしをするとき、両親が預けてくれた金もすべて、遊びに使っただろうが!?」


こんな奴にいくら言っても通じないってことは分かってる。

こういう奴らは、自分が悪いと思えない、全部人のせいにしたがる生き物だから。

だからこそ全部言ってやる! 言いたいこと全部言って、両親の苦しみを味わわせてやる!


「それにな……俺の両親は二人ともすごい人なんだよ……努力して努力して、今の自分の姿を作ったすごい人たちだ! 何もせずすごくなったんじゃない。それに見合うだけの努力と時間を費やしてんだよ! 何もせず遊び続けてたお前が、自分の状況と比べて恨んでいいような人たちじゃねーんだよ!」


なにが贅沢だ。

二人は、それだけの努力をしてきたんだ。

なんでお前みたいなクソ野郎が同じ場所に立てると思った?

なんでお前みたいな何もしてない奴に、二人は殺されたんだよ?

なんでこんな……努力もしてない奴に……


「ふざ……けるな……!」

「な、なんだ!?」


能力スキル憎食者ぞうしょくしゃが発動しました)


「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなぁぁぁぁ!!!!」


佐藤への殺意、憎悪、不満のすべてを餌として、憎食者が発動する。

まるで怨念を具現化したかのような異形の姿へと変化し、佐藤へと襲い掛かる。


「う、うわぁぁぁぁぁぁ!!!」


戦意を喪失した佐藤は、背を向けて逃げようとする。

家から出る佐藤を、俺は追う。


ガッシャァァァァァン!!!!

家を破壊し、そのまま佐藤を掴む。

すこしでも力を入れればへし折れそうな細い体。

何もしなかった結果、何も得られなかったみすぼらしい体だ。

貧乏が悪いんじゃない、どんなに努力してもそうなってしまう可能性なんていくらでもある。

でもこいつは、何も努力せず、自身の貧乏を恨み、人と比べた。

許してたまるか!


ブチッ

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」


俺は片手で奴の右腕を掴むと、そのまま力任せに引きちぎった!

ボタボタ

と赤い血が流れ落ちるが、すぐに止まる。

そして少しずつ、再生してくる。


「これはいい、これはいいぞ!」


ブチッ! グシャ!

四肢を引きちぎり、潰し、また再生を待つ。

失血により死ぬことも、意識を失うこともできないようで、佐藤は涙を浮かべて許しを請う。

その顔が、さらに俺の怒りを増幅する。

その憎悪を餌として、再び憎食者が強くなるのを感じる。

しかしその度に、俺の意識も心も憎悪に浸食されていくのを感じる。

能力スキル、憎食者の代償だ。


「あ、あぁ……助けて、母さん」

「……!」


こいつ……!

まだ命乞いを……しかも自分の落ち度を擦り付け、文句を言っていた母親に!

なぜこんなに都合のいい思考が生まれるんだ?

本当に自分のことしか頭にないんだな。


グチャ、グチャ、グチャ

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


地面が、こいつの血で真っ赤に染まるまで、痛めつけ続けた。

収まることのない憎悪を、こいつにぶつけ続けた。


「忠行!」

「……!?」


ふと、左から女性の声が響く。

見ると、六十……くらいの女性が立っていた。

俺は知ってる、この人を。

裁判所で見た!


「かあ……さん……」


こいつ……佐藤忠行の母親だ!

母親は俺に向かって叫ぶ。


「息子を放して! 放しなさい!」

「……」


放すか?

いや、こいつは俺の両親を奪ったんだぞ?

だが母親は何も悪くない。

そんな彼女に、目の前で息子が死ぬところを見せるのか?

でも生かせば復讐は終わらない。

俺の両親が死んだのに、こいつは生き残るのか?

一瞬、混乱により俺の憎悪が薄まる。

それにより、憎食者の効果が消える。


「あなた……北見聡さん?」


あちらは俺を見るなり、驚きの表情を浮かべる。

さっきまでは母親から見れば、息子を襲うバケモノに見えていただろう。

でも、俺だと分かれば話は別だ。

なぜなら母親からすれば、俺は自身の息子によって両親を奪われた被害者なのだから。


「お、お願いします! 息子を、殺さないでください!」


頭を深々と下げ、土下座をする。

それは、我が息子を必死に守ろうとする母親の姿。

なんで守る? お前はこいつになんて言われていたんだよ?

罵られてたんだぞ? あんたらの優しさも当たり前のようにふるまい、家から出せば見捨てたと罵ったんだぞ?

なぜ守る? 母親だからか?


「ふ、ふざけるなよ!」

「!!」


母親は俺の叫びに頭を上げてこちらを見る。

復讐ということは理解しているようだ。


「あ、あなたの怒りは当然理解しています。息子がしたことは、もう取り返しがつかない! 何回死んでも、あなたの両親が蘇ることは無い! でも……それでも母親として、息子を失うのはつらい……」


な、なんなんだよ!

つらいだと? 俺は両親を奪われたんだ!

あの時、俺を必死に守ってくれた二人……それを気に入らないって理由でめった刺しにして!

何で泣く? 泣きたいのはこっちだよ! 俺は罪人を裁いてるんだ。


でも、この母親の目の前で佐藤を殺すことは、俺にはできそうにない。

どうしてもこの母親と、両親んを失った時の俺と重ねてしまう。

あの時のつらさは覚えている、鮮明に、色褪せることなく。

それをこの母親にも味わわせるのか? 母親は悪くないのに?

でも息子は悪いぞ? こいつが生きてていいのか?


なぁ、誰か教えてくれ……

俺は、どうすればいい?

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