第26話 決戦の前戦

「お~い、梅田うめださんを連れてきたぞ」


…………

誰も出てこない。

おかしいな、ここで待ってろよって俺言ったよな?

確かに口約束だけで拘束なんかはしなかったが……まさか、逃げた!?

いやいや、あの表情は本気で彼女に会いたがていた顔だった。

逃げるはずがない。


「コホン……おーーーーい!!!! 梅田うめださんを!!! 連れてきたぞ!!!」

「本当か!?」


バリバリバリ

と壁を突き破り、隣の部屋から北見が姿を現した。

しかもかなり嬉しそうな顔をして。

っていうか、隣にいたなら聞こえたよな? 一回目の声も。

俺の叫びを返してくれ。


……というか、腕のけがは処置したみたいだな。

グルグルグルと包帯を巻いている。


梅田うめださん……会いたかった!」

「先輩……」


嬉しそうな北見とは対照的に、彼女はあまり嬉しそうではない。

それでもかまわずに北見は、彼女の方へと歩み寄る。


「どうしても、もう一度直接会って伝えたかった」

「なんですか……?」


梅田うめださん、好きだ! 僕と結婚してくれ!」


まさかの告白!? 

それって普通俺の目の前でします!?

確かに同行の約束はしてたけど、そんな堂々とできるものなのか……


「えっと……ごめんなさい!」


梅田うめださんは深々と頭を下げ、断りの言葉を発する。

それを聞いて、北見はとても困惑した様子を見せる。


「なんで!? 俺、君を守れるくらい強くなったんだよ? この世界でも、二人で楽しく暮らせるくらい、たくさんルディを稼げるようになったよ!?」

「稼げる稼げないじゃないんです! 先輩は、本当に私を愛してはいない」


「……!! ふざ……けるなよ……!」


その言葉を聞いた瞬間、北見の表情が一気に険しくなる。

まずい! 直感でそう感じた俺は剣を抜き、二人のそばへと走る。

直感は的中し、北見は剣を抜いて梅田うめださんに斬りかかろうとする。


「そうやって感情で動く間、人は本音が出る生き物だ。本当に愛しているなら、自分の愛を相手に強要するわけないだろ」


剣を受け止め、そのままはじき返す。

俺の介入に、余計に北見は険しい顔をする。


「お前なんかには分からない! 俺が今までどんな思いで彼女を……!」


感情に任せすぎだ。

一撃一撃の威力はさっきより上がっているが、単純な動きになってしまっている。

これはもう、どうぞよけてください、攻撃してくださいって言ってるようなものだぞ?


「俺は……俺は……俺……は……」


なんか様子が変だ。

だんだんと視線も俺から外れ、狂ったように目の焦点が合わなくなっている。

それに体も震えているような……


「俺はぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


すると突然、北見の体からとてつもない衝撃波が発生する。


「きゃぁ!」


それに耐えきれずに吹っ飛んだ梅田うめださんをキャッチし、北見から離れる。

北見の体は黒いドロドロとした液体に包まれ、巨大化していく。

おいおい、何だよこれ? まるでダンジョンにいるモンスターじゃねーか!


「お……れは……おれ……は……」


明らかにおかしい。

意識があるのかすら不明だ。

なんだよ、あれ。

能力スキルか? だとしたらかなりえげつないのを引き当てたな、あいつは。

室内で戦うのはあまりにも無謀だ。

これは一度、外に出るしかない。


でも……どうやって下に降りる?

俺一人なら飛び降りれるが、彼女は無理だ。

担いで飛び降りても、着地時の衝撃は彼女もくらってしまう。

となれば生身の彼女は絶対に死んでしまう。

なら……階段だ!


梅田うめださん、失礼します!」

「え? えぇぇぇぇ!?」


梅田さんをお姫様抱っこし、階段へと走る。

すまないが、彼女を引っ張って降りるより、俺が抱えて降りたほうが何倍も早く下りられる。

今は恥ずかしいとか言ってる場合じゃない。


「あ! 侵入者だ!」

「待て! 北見さんに待機しとけって言われてるだろ!」

「お前らもさっさと外に逃げろ! 可能なら他の奴らも連れてこのビルから離れろ!」


途中の階にいた北見の仲間にそう告げ、階段を駆け下りていく。

身体強化のおかげで、十六階分の階段をあり得ない程早く下りることができた。


そして少し離れたところで様子を見ていると、中から北見の仲間がぞろぞろと出てきた。


「少し待っててください」


梅田うめださんを待たせ、そいつらに駆け寄る。


「おい、これで全員か?」

「あ、あぁ、北見さん以外は全員だ」


「北見の姿は見たか?」

「いや、見当たらなかった……まさかあの化け物に食われちゃったんじゃ……」


「その化け物が北見だよ! 何階にいた!?」

「えぇ!? あれが北見さん!? えっと……俺らが五階から降りるとき、六階から降りてきたよ。動きは遅かったから逃げきれたけど」


こいつらが五階の時に六階かたきた……ならもうすぐ降りてくるじゃねーか!


「さっさとここから離れとけ! 死にたくなかったらな!」

「お、おい! 危ないぞ!」


離れるように指示し、俺は再びアジトへと近づく。

そして入り口から二階へ続く階段を確認する。


ゴト……カタ……ガタ……

不気味な音を立てて、北見バケモノが降りてきた。

やはり動きは鈍いが……とにかく不気味だ。


「止まってくれよ……あわよくば元に戻ってくれ」


そう思いながら、銃へ爆発弾を装填する。

そして奴が階段を下り、一階へと進んだ瞬間!


ドン!……ドガァァァァァン!!!

天井へ爆発弾を撃ち込む。

激しい爆発により、天井、壁までいたるところが崩壊する。


「グオォォ……」


崩壊に巻き込まれた北見バケモノは、落ちてくる瓦礫に呑まれ、建物の下敷きとなった。

全壊とはまではいかないが、そこそこアジトは壊れた。

一階がこれだけ壊れれば、いつ全体が崩れてもおかしくはないな。


「全員、なるべくここから離れろ! 崩壊するかもしれない!」


全員が一斉に走り出す。

俺も走り出そうとした、その時……


ガタッ……

「グオォォォォォォォ!!!!!」


瓦礫を押しのけ、再び北見バケモノが姿を現した。

ちっ、逃げさせてくれそうにはないな。

やるしかない。


「やぁやぁ、大変そうだね。いや~、彼だったのか」

「神!? お前何でここに?」


「たまたま君の姿を見つけてね、来ちゃった」

「来たならあれをどうにかしてくれよ! あれはなんなんだよ!」


「あれは能力スキル憎食者ぞうしょくしゃ。負の感情を餌に、発動者の体を大きく強化するものだ。ただ、負の感情に支配されるというおまけつきだ」

「損するおまけとか聞いたことねーよ! というか、あれをどうにかしてくれ!」


「や~だ、戦いに直接干渉はしないって決めてるの。でも、一ついいことなら教えてあげる」

「早く教えてくれ!」


「”あれ”も、人と変わらないってこと」


それだけ言うと、神は再び姿を消した。

なんて自由な奴だ!


「人と変わらない……か」


てことは、攻撃すれば傷つくし、殺すこともできるってことだろう。

なら別に、特別な攻撃方法を考えるとかはしなくていい。

人と戦う時と同じ、何も変わらない。


「北見……早く戻らないと、お前を殺すことになっちまうぞ!」

「…………」


やっぱり反応は無しか。

負の感情に支配されるとか言ってたが、ならその負の感情の対象は……


「グォォォォ!」


やっぱり梅田うめださんか!

俺を無視し、一直線に彼女の方へと向かっていく。

悪いが、素直に通すことはできない。


「俺を無視するなよ」


ズガッ!

北見バケモノの背中に剣を突きさす。

効いたのかは分からんが、ピタリと動きを止める。

おっ、ならもう一発!

そう思い、剣を振り上げた瞬間だった。


ズガッ

「……は?」


北見バケモノの背中から、十数本の太い針が突き出してきた。

背中の端の方にしがみついていた俺は、幸いにも一本の針に腕を貫かれただけだった。


「あっぶねぇ……もし真ん中にいたら即死だったな」


とはいえ左腕をやられたのはかなりの痛手だ。

剣を振りながら銃を使うことができない。

それに……めっちゃ痛い!!

しかも針から抜いてしまったため、血がドクドクと出てくる。

もう力を入れることはおろか、痛いという感覚以外なくなっている。


てるさん、離れて! ビルが崩れます!」

「なっ!? 泣き面に蜂かよ!?」


さっき俺が一階部分を破壊したことにより、全体を支えきれなくなたアジトがついに崩壊しようとしていた。

しかもこっちに向かって倒れようとしている!


「うぉぉぉぉぉ! 間に合えぇぇぇぇぇ!!!」


本気のダッシュからの飛び込みで、ぎりぎりアジトの崩壊に巻き込まれずに済んだ。

北見バケモノは、もろに食らったようだが。

頼むから、これで力尽きてくれよ……


てるさん、腕は大丈夫ですか!?」

「いやぁ、大丈夫とは言えないけど、戦えないことは無いです」


心配をかけないようにしたかったが、腕から流れ出る血の量を見れば、絶対に大丈夫じゃないと一目でわかる。


「とりあえず止血しましょう!」

「押さえたら止まるかな?」


ガーゼで強く抑え、しばらく待つ。

これで止まるのだろうか……

医者がいないというのは本当に不便だ。

なんでも治す万能薬のようなものを、早くショップに追加してくれよ……


「……梅田うめださん、処置ありがとうございます。もう大丈夫です」

「え? でもまだ全然止まってませんよ?」


「いや、あいつが許してくれないみたいなので。走って!」


梅田うめださんの背中を押し、なるべく遠くへと逃がす。

彼女が走り出したとほぼ同時


「グアァァァァァァ!!!!!」


アジトの下敷きになっていた北見バケモノが姿を現した!

そして、彼女の方へと飛び込む。


「させねーって……言ってんだよ!」


頭上を通過しようとする北見バケモノを止めるため、俺は剣を持って高く飛ぶ。

そして北見バケモノの顔面に向かって、思いっきり剣を振り下ろす!


「ギャァァァァァ!!!!」


右目をかなり深く切り裂いた。

肉まで切り裂かれた怪物は、痛みのあまり落下しのたうち回る。


「悪いけどもう手加減できない。これ以上お前がその姿で生きるのは危険だ」


追い打ちをかけるように、俺も落下し、その勢いのまま北見バケモノの腹へと剣を突きたてる。

そしてそのまま剣を引き、腹を切り裂いた!


ブシャ

大量の血が噴きて、俺にもかかる。

目に入ったらまずいと思い、手で顔を覆う。

血液が毒になってるとか、強力な酸になっているとかは無く、触れた場所も特になんともない。


「はぁ……はぁ。俺の勝ちだよ、北見きたみ


切り裂いた腹の中から、眠っている北見を見つけて引きずり出す。

さっき背中を刺したときにかすったのか、肩の部分が浅く斬れている。


今、ここで殺すか?

いや、こいつの能力スキルは破った。

もう憎食者ぞうしょくしゃは使えないはずだ。

ならば、大した脅威にもならないだろう。

今は生かして、起きたときに処分を決めればいい。

それにこいつは、これでも梅田うめださんの先輩なのだ。

こんなことをやらかしているとはいえ、先輩が死ぬのは彼女にとってもいい出来事とは言えないだろう。


てるさん、勝ったんですか?」

「あぁ、一旦は落ち着きました。はぁ、疲れたし……いた~い」


「あまり動かしちゃだめですよ……ていうか、まだ止血が終わってないんです! さぁ、早く腕を出して!」

「もう少し優しく抑えて……いてててて!?」


「強く抑えないと止血できないんです! 我慢してください」


梅田うめださんに応急処置をしてもらいながら、北見きたみが目覚めるのを待った。


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