第21話 優に呼ばれて見た光景

『……まぁ、そういうことで、私はこの世界を元に戻したいんです。仮に戻せなくとも、もうあのような悲劇を繰り返す世界になることだけは止めなければならない。でなければ私、あの世で息子たちに怒られちゃいますよ』


ロバートは笑ってそういった。

でも、とっても寂しそうな顔だ。

この話を聞いた後じゃ、俺も笑えないな。


『すみません、つらい話をさせてしまって』

『いいんです。話そうが話さなかろうが、私の心の中では消えることのない記憶です。何も変わりませんよ』


そういう問題ではない気がするが……

彼なりに俺のことも気遣ってくれたのだろうか。


『おっと。もう子供は寝る時間ですよ。健康のためにも、早く寝なさい。私はもう少し、この星空を眺めておきます』

『じゃあ、おやすみなさい。風邪をひかないように気を付けてくださいね』


自分の部屋へと戻り、布団の中へと潜った。

余談だが、俺は布団を頭まで被らないと寝れないのだ。

まぁ、寝た後は寝相で布団をベッドから落とすのだが……

冬なんかは、自分の寝相で布団を落とし、寒くて起きるという、謎行動をとる。






「……きろ! ……おきろ!」


……ん? うるさいな、誰だよ、俺の睡眠を邪魔する奴は。

スルーしてればどこか行くだろうと、布団に潜ったまま寝たふりを続けていると


「起きろーーーーー!!!!!!!」


布団がはぎとられると共に、寝起きにはキツい大声が、俺の鼓膜を撃ちぬいた!

母さんがフライパンを叩いて起こす時よりも耳にきた。


「誰だ! ……って、すぐる!?」

「おう、俺だ! お前、朝には弱いんだな」


またもや不法侵入常習犯……佐野優さのすぐるが家にいた。

ベッドに置いている時計を確認すると、まだ朝の六時だ。

学生なら起きる時間だが、もう学校なんてものはないのだ、ゆっくり寝させろよ……


「何の用だよ、こんな朝っぱらから……」

「早寝早起き! 健康の基本だろ? 寝すぎなお前を起こしに来てやったんだ!」


まぁ確かに、昨日寝たのは二十一時くらい、今起こされて六時だから、これだけでも九時間は寝ていると考えたら寝すぎかもな。

でも、眠いものは眠いんだよ……


「で? 起こしに来ただけじゃないだろ? というか、また家をぶっ壊してないだろうな!?」

「おいおい、俺がそんな破壊王みたいなことするわけないだろ。ましてや人の家だってのに」


「人の家の扉、壁を壊したのは誰だ?」

「うっ……」


こいつはなぜ、こんなにも自分の言葉で自滅するのだろうか。

心に思ったことをすぐに言うタイプか? しかも考えなしに。


「まぁいい、そろそろ本題に入ろうか。なぜ、来た?」

「話があってな、二人で話したいから、ちょっと出かけようぜ」


そう言ってすぐるは、地図マップを取り出す。

地図マップを使うってことは、近くに出かけるわけではないな。

県外か?


「ここ、ここに行くぞ」

「ここって……いや海外かよ!?」


海外……しかもヨーロッパだ。

めっちゃ遠くに行くじゃん……話すだけなのにここまで行く必要あるか?


「とりあえず、父さんたちに伝えてくるよ」

「来てくれるのか! やっぱりお前は優しいなぁ」


抱き着こうとしてきたすぐるを完璧な動きで躱し、下へと降りる。

下では、父さんと母さん、そしてロバートがトランプをして遊んでいた。

もうめちゃくちゃ仲良しじゃん。


「ちょっと出かけてくるよ」

「さっき来た男の人とか?」


「あぁ、どのくらいになるかは分からないけど、夕方までには帰るよ。最悪夜になるかもだけど」


話をするだけだが、どのくらいか聞くのを忘れていたので、少し多く時間を取った。

夕方までに帰ると言っておけば、別に昼に帰ってもいいわけだし。

世間一般では通じない言い訳だけど……


てるさん、すぐるとどこかへ行くんですか?』

『はい、ちょっと話があるとかで』


するとロバートは立ち上がり、こちらへ近づいてきた。

険しい表情だ。

そして少し周りを確認してから俺の耳の横で囁く。


『気を付けてくださいね。何せ今世界を動かそうと企んでいる輩の頂上トップです』

『分かってますよ。危なくなったらすぐ逃げます』


まぁ、あいつの性格からして、強引な動きをすることは無いとは思うが。





「準備できたぞ」

「よし! じゃあ早速行くか! ちゃんと来てくれよ?」


「心配しなくても行くって」


地図マップを使い、先にすぐるが移動する。

俺も先ほどあいつに言われた場所を選択し、その後を追う。




「お! 来たな」


着いたのは、森の中だった。

しかも夜。

日本にはない木の種類で、とても緑が濃い。

木同士が密集しているせいで、わずかな月光すらも届かず、真っ暗だ。


「どこに行くんだよ……」

「来れば分かる!」


行先も告げられぬまま、すぐるに手を引かれ、どこかへと連れていかれた。

暗い森の中をよくもこんなに……と感心するほど、スラスラと進んでいく。

そうして森の中を進んでいくと、先の方に明かりが見えてきた。

人がいるのか……?


「もうすぐ着くぜ!」




森の中を抜けると、小さなテントが集まった場所に出た。

なるほど、さっき見えた光は、ここの明かりか。

ランタンの明かりがいくつも付いており、透けて見えるテントの中には人影も確認できた。


「なんだよ、ここ?」

「ここでは、数十人の人たちがテントで暮らしてる。もとは百人近くいたらしいが……まぁ、死んじまったらしい」


すぐるは、一番奥にある大きなテントへと頭を突っ込む。


「来たぜ、夜遅くにすまないな。時差ってやつをすっかり忘れてたよ」

「来てくれたのですか! ありがとうございす……!」


テントの中から、少し枯れた声が聞こえた。


てる、お前も来な」


こいこい、とすぐるが手招きするので、テントへと近寄る。

そして入り口の前でしゃがみ、中へと頭を入れる。

中には細くやつれた老人と、小さな子供が二人いた。

二人も細くやつれていて、栄養が足りていないように見える。

三人とも、初対面の俺に警戒してるのか、表情が硬い。


高橋輝たかはしてるです……よろしくお願いします……』


初対面の相手に、かなり緊張してしまい、かなり弱々しい自己紹介になってしまう。

それを見たすぐるが、笑いをこらえるように頬を膨らませる。

しかし俺と目が合った瞬間、爆発したのか、貯めていた笑いを一気に噴き出した。


「ブッハハハハハハハハ!!!! お前、俺と話すときはめっちゃ……なのに……ははははは!!!」


笑いに呼吸が追いついておらず、ところどころ言葉が途切れる。

ハーハーと酸欠のような呼吸をしてもなお、まだ足りないのか爆笑する。

こいつ……後で絶対殴ってやる!!!!


だが、そんなこいつの行動が良い方向へと働いたのか、三人の表情が少しやわらかくなる。


『ここのリーダーをしています、ハリーです。よろしくお願いします』

『よろしくお願いします』

『お願いします』


三人と握手をする。

やっぱり全員、力が弱いな……しばらく何も食べてないんじゃ?

いや、すぐるはここに来たことがあるみたいだし、それは無いか。


「俺は昨日ここに来たんだけどな。その時には食料が不足していて、全員空腹だったよ。これでも結構元気になった方なんだぜ? 昨日なんてもう、みんな生きてるように見えなかった」


昨日ってことは……かなりの期間食料が不足してたのか?

元々なのか、世界が変わった影響下は分からないけど。


「ちなみに、なんで俺をここに連れてきたんだ?」

「ん!!!」


すぐるが満面の笑みで両手をこちらに出してきた。


「……?」

「ん!!!」


何かわからず、戸惑っていても、満面の笑みのまま、ん! と言って両手を突き出してくるだけだ。

まさか……と思い、ショップでおにぎりを購入し、すぐるの手に乗せる。

すると、よろしい! と言わんばかりに大きくうなずき、一人の子供に手渡した。

子供は笑顔でそのおにぎりを受け取り、口の中へと運ぶ。


『……!!!』

『ゆっくり食べろよ、誰も盗ったりしない。ほら』


すぐるが水を手渡すと、ゴクリとその水を飲みほした。

どうやら、急いで食べすぎたせいでのどに詰まらせたらしい。


「何見てんだよてる。早く次のおにぎりを出せって。あと四十五個だ。あと水も頼む」

「……は?」


「はぁやぁくぅ!!!」


勢いに押され、俺は水とおにぎりを四十五個購入した。

これで大体一万ルディくらいか。


『みんな~! 食べ物と水だぞ!』


テントから出たすぐるは、大きな声で叫ぶ。

それを聞いて、テントからゾロゾロとたくさんの人々が出てくる。


「ほら、手伝えって! お前はそっちを頼む」


いつの間に詰めたのか、大量のおにぎりと水を入れた大きな箱を渡される。

言われるがまま、俺は近づいてくる人たちにおにぎりと水を渡した。




全員に配り終えたとき、子供を連れたひとりの女性が近づいてきた。


『ありがとうございます、本当に』


手をぎゅっと握られ、お礼を言われた。

それを見て、俺の心の中で何かが動いた気がした。

俺、役に立てたのかなって……




「お疲れ。みんな喜んでたぜ」


木の下で座っていると、全てのおにぎりを配り終えたらしいすぐるが来た。

満足そうな笑みを浮かべて、俺の隣に座る。


「それはよかった。ていうか、自分のルディで買えよ」

「俺は人を援助しすぎて、この前の大会で得た金も使い切っちまった。今は自分の毎日の生活費と、少しの援助費を稼ぐだけで精一杯さ。一日十数万ルディ稼げるが、それでも全く足りない」


数百万を全部使いきる……こいつの援助規模は、俺が思っていたよりもはるかに大きいらしい。


「こうやって援助してるとさ、分かることがあるんだ」

「なんだよ?」


「確実って言葉のすばらしさ」

「確実の……すばらしさ?」


すぐるは大の字にの転がり、夜空を見上げる。


「どれだけ頑張ってもさ、全員を救うなんてことはできないんだよ。実際、世界一位だ、最強だと言われてる俺も、世界規模で見れば一握りにも満たない人たちしか救えてない。今もどこかで、たくさん死んでる。ダンジョンで死んだり、争いで死んだり。防ぎようのないことはあるけどさ……」


すぐるは夜空に向かって手を伸ばす。


「力で解決できる……救える命ってあると思わね? 例えば武力支配の代名詞、戦争、争い。これを力でねじ込めばさ、かなりの命が救えると思えるんだよ。少なくとも、確実に救える命は出てくる」


ロバートが言っていたのはこういうことか。

確かに考え方自体は分かるが……力で支配がどこまで通じるかだな。

確かに世界が変わって、力があれば何でもできる世界はなってきたが、人はそんな簡単な生き物じゃない。


「まぁ、そうかもな」

「お前は”新世界安定組織”派か?」


「さぁ、今のところどちらにも参加する気はないし、どちらの考えにも完全に納得はしていない」

「そうか。まぁ、それが正しい判断かもな」


「まぁ、のんびり決めるさ。 用が終わったなら、俺はもう帰るぞ?」

「え~、もう少しいてくれてもいいに」


「俺にもやりたいことはあるんだよ。ここにはまた来るから、その時会えたらいいな」

「分かったよ……またな」


すぐると別れ、俺は家へと帰った……わけではなく。

ある場所へと向かった。




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