第20話 ロバートの過去

「ただい……ま?」

『おかえりなさい』


家に帰ると、ズズズとお茶をすする白髪の老人、ロバートがいた。

しかも、着ている紺色の浴衣は驚くほど似合っている。

浴衣に身を包み、正座でお茶をすする白髪の姿は、日本人だと言われても疑わない程、様になっていた。

って! そんなことはどうでもいい


『来るのは明日だったはずじゃ?』

『この老人、カレンダーを見間違えて一日早く来てしまいました。ただあなたの両親が快く迎え入れてくださったお陰で、今こうしてここにいます』


何やってんだ……そう言いたかったが、別にこちらに不都合があるわけでもないのでいいだろう。

逆に好都合かもしれない。

ちょうど”新世界安定組織”について、聞きたいことがあったからだ。


『ロバートさん、もうご飯は食べました?』

『いえ、もう少ししたら食べようかなと思っているところです』


『なら奢りますよ。代わりに、少し聞きたいことがあるんですけどいいですか?』

『いいですよ、質問くらいならいくらでも答えます。ごはん代は自分で出します』


自分で出す、というロバートを説得し、俺が奢ることになった。

質問に答えてもらうのだから、このくらいはしたいという自分の我がままだ。


『好きなのを選んでくださいね』

『ありがとうございます』


ロバートが選んだのは、意外にも寿司だった。

自国の料理ではないんだな。

ロバートがどこの国の人かは知らないけど、他国の料理も沢山あるので、無いことはないはずだ。


『寿司が好きなんですか?』

『いえ、食べるのは初めてです。ただ、日本のことを調べていた息子や孫が、口をそろえて和食は寿司がとっても美味しい! っと言っていたものですから』


へ~

ロバートの息子さんと孫さんは、二人とも日本を調べていたのか。

なんだかうれしいな。

あれ? でもその人たちは来ていないのか。


『それでてるさん、質問というのは?』

『ロバートさんも、”新世界安定組織”というところから、メッセージを受け取ってませんか? 何か知ってるなら教えてほしくて。俺、何にも知らないから』


『受け取りましたよ、そのために日本ここに来たんです。そうですね……何から話しましょうか。まずはその組織について、私が調べた範囲でお伝えします』


まず、この組織は新世界……この力ですべてが決まってしまう世界で、再び全員が幸せに暮らせることを目指す組織です。

結成したのは東京の女性で、すでに何千人もの組員がいるとか。

そして、この世界を安定させられる一番確実な方法は”強大な力”です。

なので、我々のようなランキング上位者に声をかけているようです。

ただ、”強大な力”とはいっても、力で支配するわけではありません。

この活動に敵対する者たちへの抑止力として募集しているようですね。


『みんなが幸せに……ですか』

『はい。そして先ほど言ったこのっ活動に敵対する者たち……それがすぐるさん率いる”新世界平和組織です』


『敵対!? その組織も、平和を目指すんじゃないんですか?』

『それについては、互いの理念を知れば分かりやすいです。』


まず、”新世界安定組織”は、この世界のすべての人々の生活の安定を目指しています。

そして”新世界平和組織”は、絶対的な力で、救える人を確実に、を理念としています。


『つまり、互いに人を救うことを目的にしてるけど、その最終地点が少し異なる……と』

『はい。そして”新世界平和組織”力による絶対支配を正義としています。なので”新世界安定組織とは本質的にもかなり違う。ただどちらが正義か! と問われれば、答えるのは難しんですよね。全員を救う方法があるのか? と言われれば微妙ですし、確実に救える人を救うなら、一部を見離すことになる』


『ロバートさんは、どちらの方針の方がいいと思っていますか?』

『私情を挟んでしまいますが、”新世界安定組織ですかね。”新世界平和組織”のやり方は、少なからずあの神の作ったこの世界を受け入れることになる。それだけは、嫌なんです。本当に、私情ですが』


『なるほど、聞きたいのはこれだけです。ありがとうございます!』

『いえいえ。お役に立てれば何よりです』


『じゃあ、食べましょう』

『俺らも一緒にいいか?』


いつの間に頼んだのか、父さんと母さんが料理を手に割り込んでくる。

しかも、かなり高い料理やつ


『まぁ、ロバートさんがいいなら』

『是非食べましょう。 ご飯はみんなで食べるのがこの上なく楽しい』


そこからは四人で、盛り上がりながらご飯を食べた。

ロバートも、初めての寿司に感動していたようだ。

そういえばこの寿司、誰が握ってるんだろうな?




「じゃあ、俺たちはもう寝るから、お前も早く寝るんだぞ」

「わかったよ」


両親たちは先に寝た。

早寝早起きを意識するのはいいけど、まだ二十時だぞ……

社会人には早すぎる就寝時刻なんじゃないか?

まぁ、もう社会人も学生もなくなってけども。


「そういえば、ロバートがいないな」


ご飯を食べた後はみんなそれぞれ自分のしたいことをしていたが、家のどこを探してもロバートの姿がない。

となると、外か。


ガチャ


「あ、直ってる。あいつ、意外と器用なんだな~」


すぐるが壊し、すぐるが直した扉は、かなりきれいに修理されていた。

工具や部品を渡したとはいえ、正直想像以上にきれいに直っている。




外に出ると、コンクリ塀の上に座って星空を眺めるロバートの姿を発見した。

今日は晴れているし、街に明かりもついていないので、星が良く見える。


『天体観測ですか?』

『いえ、ただ私の国とは違った星空ですので。孫は、星も大好きだったんですよ。毎日夜になると、双眼鏡を手に外へ走っていました。それを追いかける孫も、とっても愛おしくて……』


『息子さんたちは、日本に来なかったんですか?』


ロバートが、息子も孫も日本に興味を持っていたと言っていた。

なら、こんなに二人を愛しているこの人が、連れてこないはずはない。


『一緒に来たかったですねぇ……でももう無理なんです』


あ、これ結構まずいこと訊いちゃったやつだ。

というか、あそこまで考えを巡らせておきながらなんで俺は気づかなかったんだよ!

バカバカバカバカ!!!

すぐに謝ろうとしたが、それを遮ってロバートさんが話し続けた。


『私、”あの神”が作ったこの世界が大嫌いなんです。今すぐにでも壊したいほど、深く恨み、嫌ってるんです』

『さっきも言ってましたね。この世界を受け入れるのは嫌だって』







これは、つい一週間ほど前、世界が神によって変えられた日のことです。


「お父さん、電気も水もでない。どうやら、あの神が言ったことは本当らしい」

「そうか……じゃあ、私がダンジョンとやらへ行って、ルディを稼いでこよう」


「だめだよ、自分の体のことを考えてくれ。距離感だってまともじゃないんだろ? その目で行くなんて自殺行為だ。僕が行くよ」

「父さん、どこにいくの?」


「いいかい、おじいちゃんの言うことをよく聞いて、お利口に待っていてくれ。大丈夫、すぐに戻るよ」


そういって、息子はダンジョンへと入っていった。

心臓が飛び出るような緊張感の中、一時間ほど待った後、息子が無事にダンジョンから帰ってきました。


「ちょっとしか稼げなかったよ。もっと奥まで行かないとだな……」

「無理をするな、大丈夫。幸い、食料はまだ残ってるんだ。しばらくは持つだろう」


頑張ってくれた息子を労わりながら、その日は全員家で過ごしました。

みんな、きっと生き抜けると信じていた。

でも、その夜……!


「……? なんだ? うるさいな」

「お父さんも起きたのか。外で何かあったみたいだ、僕が見てくるよ」


「まて、二階の窓から確認しよう。その方が安全だ」


二階に上がり、窓から外を見ると、衝撃の光景が広がっていました。

街が炎に包まれ、今日の朝まで笑顔であいさつを交わしていたみんなが、殺し合っていたんです!


「食料をよこせ!」

「すまない! 許してくれ!」


悲鳴と叫び、血と涙が行きかう、まさに地獄のような光景でした。

そしてその地獄は、私たちにまで降り注いできた。


ドン!!!


「誰かが家に入ってきた! 俺が見てくる! 父さんは、この子を頼む! あと、メニュー画面から武器を用意しておくんだ。ショップってところから貰えるからさ」


そういって、勇敢に息子は二階から降りて行った。

息子から渡された、すやすやと寝息を立てる孫を抱いて、私は息を殺した。

自分でも、呼吸が荒く、心臓が速く動いてい居るのが分かった。

この歳ながら、涙が出そうでした。

”死”に直面した人は、あぁなるんですね。


(こちらの商品でよろしいですか? 木弓こきゅう ゼロルディ)

はい


隠れながらも、息子に言われた通りに武器を準備しました。

狩りなどで経験のあった弓を選びました。


届いた弓を開き、いつでも使えるようにした。

扉へと視線を向け、敵が入ってきた瞬間、対応できるように構えていました。


「帰れ! ここには俺たち分の食料しかない! 渡すことはできない!」


下から、息子が叫ぶのが聞こえました。

やっぱり、誰か入ってきていたんです。


「この!!!」


すぐに、息子が叫び、下から大きな物音が響いた。

何人かの悲鳴も響き、私はすっかり腰を抜かしてしまいました。

でも、その後です。


「ぐあぁぁぁぁ!!!」


息子の悲鳴が聞こえたんです。

それを聞いて私は、孫を物陰に隠して、すぐに部屋を飛び出た。

なにか策があったわけでもなく、ただ息子を助けたい! という思いだけで体を動かした。


下へ行くと、壁や天井に血が付いていました。

何人もの死体が転がっていて、我が家とは思えませんでしたよ。

でも、その中でもまだ息がある人がいた。

私の息子です。


「大丈夫か!?けがは!?」


喋りかけても、息子は口をパクパクするだけで、言葉を発しなかった。

もう、限界だったんでしょう。

目に涙を浮かべて、私の手を握ってきた。

そして再び口を開いた。

その言葉だけ、私は聞き取ることができた。


「逃げて、生きて、あの子を……守って……」


その言葉を発してすぐ、息子は力尽きた。

致命傷は、腹への刺し傷でした。

背中から腹まで、貫通していました。

剣が抜かれたことによる失血死です。


でも、そこで悲しみに暮れて立ち止まっている暇ではなかった。

ここはすぐにまた誰かが来る。

その前に、あの子を連れて逃げ中ればならない!

すぐに二階へと上がろうと、階段に足をかけた、その時……!


「近づくな! 来るな! なんで!? なんで!? なん――」


孫が必死に叫ぶ声が聞こえたんです。

その声を聴き、私は弓を構えながら階段をか上がり、二階のドアを蹴り開けた。


真っ暗な部屋を見渡すと、そこには床へ倒れる孫……そしてそのすぐそばに立つ人影が見えた。


「クリスト……?」


そこに立っていたのは、街ではそこそこ有名だった、クリストという男でした。

彼はとてもやさしく、いつも学校へ登校する子供たちを、通学路で優しく見守っていました。

当然、孫もその一人です。


「すまない、すまない。でも、こうしないと俺は生きられないんだ!」


剣を構えたクリストが、私にも襲い掛かってきた。

かろうじて躱すことができた私は、孫を抱いて窓へと走った。

この瞬間に分かりました、孫ももう、死んでしまっていると。

まるで人形のように、抱いても力が伝わってこない孫を抱いたまま、私は窓から下の車へ向かって飛び降りた。

二階かなんて関係ない、生きるためには、これしかなかった。


「ッ!!」


足に強い衝撃が走ったが、骨が折れるほどじゃない。

車の上に降りたことが幸いしました。


そして私は再び走り出した。

炎に包まれる街から遠く離れ、山の中へと入った。


一息つけるようになったところで、抱いていた孫を見る。

暗くてよく見えませんでしたが、その顔は恐怖に満ちていた。


「あぁ……ごめん、ごめんな!」


一人生き残った自分を呪った。

あの時の自分も呪ってやりたかった。

息子が危機に瀕している……息子を失ってしまう!

その衝動で、孫を一人にして部屋から飛び出したあの時の愚かな自分。

あの子を守ってと必死に訴えてきた息子の願いも叶えられず、ただ生き残った自分。


なんで自分が生き残った? まだ先が長いのは、希望があるのは、失った二人じゃないか!

こんな老人一人、なんで生き残ったんだよ……?


「逃げて、生きて」


息子が最後に残した言葉が頭に蘇った。

そうだ、息子は私たちを守るために部屋を飛び出したんだ。

生きなければならない、息子の死を無駄にしてこのまま死ぬわけにはいかない!


そうしてしばらく、孫の亡骸と共に森の中へと息をひそめていました。

森へと来る者は誰もいなかった。

ただ、街で何人もが死んでいった。

私が隠れている間も、まだ人々は街で争っていた。


あんなに明るく輝く街を見たのは、初めてですよ。

イルミネーションのようにきれいな輝きではない。

人々の恐怖と絶望を表したかのような、激しい炎で輝く街……





一晩が過ぎて、街はすっかり静かになりました。

街は焼き尽くされ、つい昨日の朝まで、みんなが笑顔であいさつし合っていた街なんて見る影もない。

子供すらも関係なく殺されている。

倒れる死体すらも焼けてしまい、誰が誰だか分からなかった。


そんな中、炎に包まれず、その形を保つ建物がありました。

私の家です。

街から少し離れた場所に建っていたため、巻き込まれなかったんです。


周りに誰もいないことを確認し、家の扉を開けました。

目に飛び込んできたのは、滅茶苦茶に破壊された我が家の姿。

飾っていた絵画は床に落ち、瓶も割れ、家具もボロボロだった。


大量に床に転がる死体には目もくれず、私は息子を探した。

二階への階段のすぐそばに、倒れているのを見つけ、歩み寄りました。

あの時は焦り、暗くてよく見えなかったが、息子は左手に弓を握っていました。

私の木弓こきゅうとはまた少し違い、装飾が施された弓。

床に転がる死体や壁には、いくつかの矢が刺さっているのが確認できた。

息子は必死に抵抗し、私たちを守ろうとしてくれていたのだと、再び強く感じた。


「ありがとう、ごめんな……」


息子の死体を抱きしめ、その場に泣き崩れた。





息子と孫は、家の近くの墓に埋めました。

病気で早くに亡くなった、息子の妻と同じ場所へ、親子一緒に眠らせました。

墓の中で息子たちを送るとき、また涙が溢れてきた。

嫌ですね、歳を取ると涙もろくなって。

あの世ので息子たちが言ってる気がします。

父さん、何回泣くんだよって。


「ごめんな……でもお前が生かしてくれたこの命だ。私は、この世界を否定し続ける!」


誰が悪いんだ?

誰が息子と孫……私の宝を奪った?

ただの不運か? それとも街の人々か?

いや、違う……この世界だ!

人々を死の淵へ追い込み、不本意に人々を争わせたこの世界だ!


「これ、借りてもいいかな? またすべてが終わったら、返しに来るよ。その時は私も、ここで眠ろう。また家族で、一緒に暮らそう。代わりに……」


自分の持っていた木弓こきゅうを墓へと置く。

木でできた素朴な弓は、今にも自然へと還りそうだ。


「これを持っていてくれ。私がそっちに行くとき、このおじいさんだれ? って言われたら悲しいからな。私のこと、覚えておいてくれよ?」


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冥明弓めいめいきゅう 固有能力スキル紹介


狩人の目かりうどのめ 聴覚、嗅覚などを視覚情報へと変換する。

転増矢てんぞうや 射た弓を自由場所から出現させ、最大五百本まで増幅させる。

多属性たぞくせい 炎、氷、電気の属性を操れる。

属性矢ぞくせいや 自身の操れる属性を矢へと付与できる。

転矢てんや 矢の場所へと瞬間移動する。

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