第6話 一休みしましょうか

「ふぅ、帰ってきた」


逃げるのに夢中で気づかなかったが、かなり遠くまで行っていたら。

身体強化があるから一、二分で帰れるだろうと思っていたが、五分くらいかかった。

全く、すぐるのせいで色々と迷惑だ。


「ただいま~」


家に入ると、なぜか静かだ。

明かり……はついてるわけないか、電気が止まってるもんな。

だが、父さんと母さんの声一つしない。

二人ともいないのか?


「……あれ? そういえば俺……父さん置いてきた?」


忘れてたぁぁ!!!

そういえば物陰に隠したままだ!

俺は絶対に戻ってくる、とかイケメン台詞吐いて約束しておきながら、何やってんだよ俺は!

父さん、今行くぞ!


先ほど走ってきた道を、さっきよりも速く、ダッシュで走り抜ける。

え~っと、お父さんを隠した場所は……あれ? どこだっけ!?

まずい、あの時は慌てて物陰に隠したから、どこの物陰に隠したか忘れてしまった!


えっと、すぐると戦ったのがあっちだから、反対方向のこっちだよな!?

それでいて人が隠れそうな物陰がある場所……あそこか!


「父さん、いるか!?」

「誰がイルカだ! 俺は人間だ!」


近づくと、意味不明なことを言いながら、父さんが飛び出してきた。

頭でも打ったのかと思ったが、どうやらなにもなさそうだ。

本当に良かった。


「それにしても、よく戻ってきてくれた……本当に、心配で心配で……」


父さんは目に涙を浮かべながら俺を抱きしめる。

俺も優しく父さんを抱きしめる。


「当たり前だろ、約束したじゃねーか。絶対に戻ってくるって」


父さんのことを忘れてただろ?

いや、俺はちゃんと約束を守った!

事実、こうしてまた再開してハグしてるだろ?

細かいことは気にしないでくれ。


「そうだ、母さんはどこに隠れてるんだ? 家に飛び込んでくる前に行ってたよな? 母さんは隠してきたって」

「あぁ、そうだ! 迎えに行かないと、こっちだ!」


父さんは、家の方向に向かって走り出した。

俺もその後を追う。


家まで戻ってきたが、父さんはそのまま通り過ぎて行った。

あぁ、腹減った……家が、目の前にあるというのに!

だが、母さんの方が大切だ。

甘えてるんじゃないぞ、俺!


家を通り過ぎて、一分走っただろうか? そこで父さんは足を止めた。

そして、このあたりのゴミ捨て場を漁り始めた!


「ま、まさか……」


俺は少し、嫌な想像をしてしまい後ずさりする。

いや、さすがに緊急事態だとしてもない……よな?


そんな俺のはかない願いを打ち砕くように、ごみの山から母さんが姿を現した。

いやあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!


「あんた! いくら危ない時だからって、妻をゴミの山に捨てる奴がいるか!!」

「ごめんって! でも冷静に考えたら他に隠れられる場所なんてないだろ!?」


まぁ、確かにこのあたりは比較的開けているし、父さんのいうことも分かるが……


「覚悟しなさいよ!」

「お前臭いぞ! ハエが飛んでる!」


父さん、なぜそこで油を注ぐんだ。

お母さんが爆発するぞ……


「あんた、絶対に許さないからね!!」


先ほどの俺の死闘よりも激しい、夫婦の戦いが始まってしまった。

こうなっては、俺の介入の余地はない。

というか、言葉すら届かない。

静かに座って待つしかないのだ。

だが、今は座って待つよりもするべきことがある。


少し奥へと歩く。

はぁーと、大きく深呼吸をして、覚悟を決める。

もう、一度見てしまえば記憶から消えない。

だが、それでも放っておくわけにはいかない。


母さんと父さんの戦場から、二百メートル程進んだところに、目的の物を発見した。

直後、激しい恐怖心と吐き気が襲ってくる。

分かっていたが、ここまでとは……


そう、俺がここに来た理由、それがこれだ。

辺りに散らばる、十数人の死体。

足元は、殺された人々の血で真っ赤に染まっている。

見上げると、電線の上には大量のカラスも集まってきている。

降りてこないのは、俺がいるからか? 


「あいつ、こんなひどいことを……」


正直、怖い、怖すぎる。

だが殺された人たちはもっと怖かったはずだ。


俺は埋葬の仕方を知らない。

だから、きれいに並べることしかできない。

この人たちの家族はいないのか? それとも、家族全員が……

考えれば考えるほどに、すぐるへの怒りが募ってくる。

神、お前は言ったな。

弱者は淘汰されるって。

全くその通りだな、これが自然界の常識。

人間は平和になりすぎた。

だけどな……


「俺は、こんな悲劇を引き起こした神もすぐるも、許さねぇよ」


初めてだよ、こんな腹が立ったのは。

許すっていう考えが浮かんでこねぇよ。

許さない、許さないって心の俺が叫んでるよ。


カァ、カァ、カァ

早くそこをどけ、と言うように、カラスが鳴く。

ドーン!!!

俺は、空に向かって一発の弾丸を放つ。


「……うるせぇよ、消えろ……」


その音に驚いたカラスは、全て飛び去って行った。

なんだよ……この世界は。

なんだよ……俺は。

俺最強じゃね、だと?

その最強が、力が、こんな悲劇を招いたのにか?


ポツポツ

雨が降ってきた。

あぁ、みんなが濡れてしまう。


(ショップ ブルーシート五枚 五百ルディ 購入を確定しますか?)

はい


購入してすぐに、目の前に五枚のブルーシートが現れる。

並べた死体に、それを被せ、濡れないようにする。

俺にできるのは、これだけだ。

その後は、鳥に食われ、自然へと還るだろう。

どうせ、何をしてもそうだと分かってはいるが、せめて俺が見ている今だけは、綺麗であってくれ。


そう思いながら、その場を離れた。



「何してんだよ……?」


父さんと母さんの所に戻ると、二人とも体中にごみを引っ付け、息を切らしながら座り込んでいた。

母さんの手には、どこから拾ってきたのか、グニャグニャに曲がったフライパンが握られていた。


「こ、こいつが……フライパンで殴ってきて……」


そういったところで、父さんはバタリと倒れた。

え? もしかしてそのフライパンの形が曲がってるのって、父さんを叩いたから?

夫をフライパンで殴れる母さんもすごいが、それで生きてる父さんって……

これが自己再生強化の力なのだろうか。


「まぁいい、帰ろうぜ。体も洗わないと」

「え? でも水はどうするの。水道は止まってるよ?」


「ルディで買えるから心配しなくてもいいよ。さ、行こうぜ。うっ、すごい匂いだ」


気絶している父さんを担いで帰ろうとしたが、匂いがえげつなかった。

流石にこれは担いでいけないので、少し頭を使った。


たまたま落ちていた木の板に、たまたま落ちていた紐で父さんを括り付けてっと……

あとはもう一つの紐を木の板に取り付ければ……できた!

簡易的なそりだ。

これならば少し距離を取りながら、父さんを引っ張っていくことができる。

いやぁ、自分の発想力に驚くぜ。


ズルズルズル

父さんを引っ張り続け、ようやく家に着いた。

今すぐにでも中に入りたいところだが、まずは父さんと母さんに付いたごみをある程度落とさなければいけない。


(水道 一日 五百ルディ 購入を確定しますか?)


意外と高いな!

まぁ、一日中使い続けても値段は変わらないわけだし、考え方によっては得なのか?

まぁ、購入確定で。


(購入が確定しました 本日の二十三時五十九分まで水道の使用が可能です)


今回はメニュー画面から商品が出るのではなく、通知が来た。

早速庭の蛇口をひねってみると、ジャーと音を立てて水が出てきた。

よしよし、ちゃんと使えてるみたいだ。


「父さん、母さん、こっちで汚れを落としてから入ってきてくれよ!」


二人にそう言ってから、俺は家の風呂場へと向かった。

水道は使えるけど、お湯は出るのか?

多分でないよなぁ。


ダメ元でひねってみると、なんとお湯が出た!

えぇ!? ガスを買わなくてもいいのか!

なんか、この世界のシステムはよくわからないな……まぁ、得したんだしいいか!


汚れを落とし、入ってきた父さんと母さんを風呂に案内し、俺は自分の部屋へと戻った。


「よし! 飯食おう、飯を!」


待たせたな、俺の腹!

悲鳴を上げながらも、よくぞ耐えてくれた。

待ってろよ、今ご褒美をやるからな。


(ショップ 握り寿司 三十貫セット 五百ルディ)


おぉ! 思っていたよりも安い!

というか、本当に何でもあるな、このショップ。

とりあえずは購入だ。

これで今日稼いだ千五百ルディは、ぴったりと消えてしまった……

三十貫なので、俺と父さん母さんの三人で、ちょうど十貫ずつ分けられる。

ネタは選べるのか。

ん~、まぁ選ぶのめんどくさいし、お勧めでいいや!


(購入を確定しました)


メニュー画面から、箱が現れる。

落ちる前にそれをキャッチし、早速開ける。


「うおぉぉ! うまそう!」


中には、おいしそうな寿司が入っていた。

まぐろやサーモン、イカやタコなど、見慣れたものもあれば、俺が食べたことのないものもあった。


「ん~!!! うめぇぜ!」


早速寿司を口に運ぶと、感動の味が舌全体に広がった。

正直、今まで食べた寿司の中で一番おいしかった。

俺の腹も大歓声を上げている。


手が止まらない! 一貫、また一貫と寿司を口に運んでいく。

しかし……


「うっ! うわぁぁぁぁ!」


この時が、やってきてしまった……

早くも俺は、十貫を平らげてしまった。

残りの二十貫は父さんと母さんの物、食べるわけにはいかない。

耐えろ! 俺の手! 自分で決めたことだろ!

正直、かなり泣きたい。

食べたいと、脳が叫んでいる。

しかし、自身の強い意志でその叫び声を打ち破る。


父さんたちに寿司を渡すため、下の階に降りる。

すると、もう父さんは風呂から出ていた。


「早いな、もう出たのか」

「あぁ、気持ちよかったよ……って、なんだその顔?」


我慢の顔だよ……父さん。

今、必死に我慢してるんだよ!


「寿司だ、二十貫あるから、二人で半分ずつ食べてくれ」

「あ、あぁ……ありがとう」


これ以上寿司を見るのがつらくなった俺は、逃げるようにして階段を駆け上がり、自分の部屋へと戻った。


まだ六時だが、眠いし疲れた。

今日はもう、寝よう……

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