第5話 不法侵入者が入ってきてピンチです

「みんな、死んでいく!」

「な、なに言ってんだよ父さん!? 何があった?」


父さんの表情や焦り具合から、とんでもないことが起きたのは容易に想像がつく。

ただこんなに焦られていては話ができないので、とりあえず落ち着かせる。

ベッドに座ってしばらくして、父さんは外で見たことを話し始めた。


「外を見て回ってすぐ、違和感を感じたんだ。人が少ないような気がした。混乱の中でもみんな、ダンジョンに行きルディを稼いでるのだろうと、あまり気にしなかった。でも、少し歩いた時だった」


父さんの体が震え始める。


「たくさんの死体が転がってたんだ。怖すぎて悲鳴すら出なかったよ。で、母さんとその場に立ち尽くしてたんだ。そしたら奥から一人の男が現れた。右手には大きな剣を構えていたよ。すぐにわかった、こいつがやったんだって。だから、母さんを隠して逃げてきたんだ」

「ん~? ちょっと待ってくれ父さん。今、母さんを隠して逃げてきたって言ったよな?」


「あぁ、あの男は俺を追ってきてたからな」

「おい! それ絶対こっちに来るじゃん! なんでこっちに来たの!?」


「だってお前最強って言ってただろ!? 実際、無事にダンジョンから帰ってきてくれたじゃないか!」


それとこれとは話が違うだろ!!

そう叫びたかったが、まぁ調子に乗って俺最強とか言った俺にも非はあるか……

どちらにせよ、こちらへ来られたらまずい。

家をぶっ壊されたりしたらたまったもんじゃない!


「おい、父さん! すぐにここから離れ――」

「逃げ足の速いおっさんだな。少し時間がかかっちまったぜ」


来ちゃった……

絶対こいつだよな? 父さんが言ってたの。


他人の部屋に図々しく入ってきたのは、俺と同い年……いや少し年上の男だ。

父さんが言っていた通り、大きな剣……大剣を担いでいる。


「全く、廊下が狭い家だな。剣が何回引っかかったことか」

「人の家の構造に文句付ける前に、自分のマナーを見直したらどうだ? しかも土足で入りやがって! そのカーペット限定品なんだぞ!」


しるかよ、と反省する素振り一つ見せない。

本当に失礼な奴だな!


……と、ここまでのんきに話しているが、そんな余裕はないようだ。

こいつの大剣、血が付いる。

明らかに人の物、しかもまだ乾ききっていない。


「お前、人を殺したのか?」

「あ? そうだが?」


そうだが? だとぉ……?

この十六年間、心優しい男子で通ってきた俺も、さすがにその言葉にはキレたぞ。

何人を殺すのが当たり前みたいに言ってんだこいつは!


「なんで殺した? お前も知ってるだろ、今世界がどんな状況か!」

「知ってるさ、だからこそ……だろ? あぁ、もしかしてお前知らないのか! 強奪ロブを」


強奪ロブ? なんだそりゃ、ロブスターの近縁か?

冗談は置いといて、まぁ言葉からして、平和的なことではないのは分かるな。



「神は言ったな、ルディを稼ぐ三つの方法を。覚えてるか?」

「ダンジョン、ランキング、大会……だろ?」


「そうそう! その内のランキング。神は二日後に説明すると言っていたが、二日もあれば大体の奴らが仕組みを分かってくるだろう。お前ももう、知ってるんじゃないか?」

「ダンジョンの階層をクリアすれば順位とランクが上がる、だろ?」


「半分正解で、半分不正解だな」


(ピコーン)

通知音と共に、メニュー画面が開かれる。

開いてみると、今まで見たことのない画面だった。


強奪ロブ、開始?」

(高橋輝《たかはしてる》 佐野優さのすぐる 強奪ロブが開始されました)


佐野優さのすぐるは、恐らくこいつの名前だろう。



「それで? 強奪ロブってのは何をするんだ?」


そう俺が訊くと、すぐるの口角が上がる。

にやりと笑みを浮かべた奴は、担いでいた大剣を握り、刃先をこちらへ向ける。


「簡単さ、殺された奴は奪われ、生き残った奴が得る!」

「つまり、殺し合いってことね」


不都合だな。

こいつはおそらく相当な実力者だ。

実際、何人もの人々を殺している。

俺とほとんど年が変わらないのに、よくそんなことができるものだ。

環境は人を変えるというが、どんな環境でこいつは育ったんだ?


ん……?

待てよ、すぐる……すぐる……

どこかで見た気がするな……どこだ?


ふと奴の大剣に目を移し、あることに気づいた。

大剣は、俺の鉄剣のようシンプルな見た目ではなく、装飾が施されている。

まるで、俺の旋弾銃のような……あ!

なるほどな、お前か!


ふふふ、と口角を上げて笑う俺に、すぐるは困惑の表情、いやドン引きの表情を浮かべる。

いや、そんなに引かないで? あなたもさっきにやりと笑いましたよね?


「現在ランキング二位の大剣使い、すぐる、お前だな?」


どこかで見た気がしたのだ、すぐるという名前を。

今完全に思い出した。

ランキングに目を通したときに、ランキング二位の大剣使いの名前が、まさにすぐるだった。

そりゃ、強いわけだ。


「知ってたのかい、嬉しいね。そうだよ、俺がその佐野優さのすぐるだ」

「やっぱりか」


となれば、余計にこいつと戦うわけにはいかない。

多分俺、瞬殺されてしまいそうだから。

それにこいつの武器は大剣。

俺のように、遠距離から攻撃することはできない武器だ。

つまり、ダンジョンでは必ず敵に接近しなければならない。

そのリスクを背負って、ランキング二位まで昇った男。

戦闘術に関しては、俺をはるかに超えてくる可能性が大だ。

いや確定だ、確実に俺より上だ。

となればすることは一つ!


「父さん、しっかり掴まってろよ。腰折れても知らねーぞ!」

「それはお前のせいじゃね!? ってうわぁぁぁぁ!?」


俺は父さんを担いで、窓から飛び降りた。

ここは二階、普通の人ならば足の骨とお別れだろう。

しかし、俺には十階層クリアで得た能力スキル、身体強化がある。

この程度の高さならば、ノーダメージだ。

あ、俺は……だけどね……?


「痛た!? お前、衝撃をもろに食らったじゃねーか!」

「あいつに刻まれて死ぬよりマシだろ!?」


そう、俺は着地できても、衝撃を消すことはできない。

肩に担いでいた父さんは、もろに衝撃を食らってしまった。


能力スキルがなかったら死んでたぞ!?」

高橋秀たかはししゅう 能力スキル 自己再生強化)


「ちょうどその能力スキルでよかったじゃないか! 高橋家はどうやら、能力スキルの運がとても良いみたいだ!」


父さんの能力スキルは、自己再生強化。

人の再生力を何百倍、いやそれ以上に強化し、ダメージを回復するものだ。

かなり強力な部類に入るんじゃないか?


「おい、輝! あいつ追いかけてきやがったぞ!」

「はぁ!? あいつも飛び降りてノーダメージかよ! スタントマンか何かか!?」


大剣を担いでいるのにも関わらず、涼しい顔で追いかけてきやがった!

流石に身体強化している俺の方が速いが、走り続けていてはいずれ追い付かれる。

なんたって、前も言ったように俺は体力の”無さ”には自信があるからな!


「父さん、適当なところで捨てるから、しばらく身を潜めていてくれ」

「せめて隠すって言ってくれないか?」


ある程度すぐると距離が離れ、姿が見えなくなったところで父さんを下ろす。

そして建物の物陰へと隠した。


「お前はどうするんだよ?」

「一か八かで戦うしかないだろ、最悪相打ちに持っていければいい」


「よくない! いいか輝。必ず、戻ってきてくれ」

「……分かったよ、父さん。俺は絶対に戻ってくる」


父さんと約束し、俺は表へと飛び出す。

そしてわざとあいつの視界に入るようにしながら、父さんを隠した方向とは反対へと走る。


「見つけたぜぇ!」


案の定、あいつはすぐにこちらへ方向を変え、全力ダッシュしてきた。

よくも大剣を持ったまま、というくらい高速で。


「悪いが距離があるうちは俺の方が有利だ」


腰から銃を抜き、照準を定める。

奴はそれを見ても尚、まっすぐとこちらへ向かってくる。

単なる馬鹿か、何か策があるのか。

この様子だと、後者か。


「まぁ、一旦やってみるか」


ドーン!!

発砲音と共に、左右の銃から二発ずつ、計四発の弾丸が放たれる。

弾丸は動く標的を追跡し、狙った場所へと正確に向かう。


「さよならだ」


狙った場所は、左右の足、頭、心臓だ。

腕が二本の人間では、防ぎようがない。

一発でも当たれば、死ぬか動きを止めるかだ。


「さよなら、それはもう自分が死ぬと確信したのか?」


カキーン! カキーン!

すぐるの体から、何かを弾く音が聞こえる。

こいつ! 嘘だろ!?


なんと、俺の銃弾を全部弾きやがった!

足、心臓、頭、どれも正確に命中はした。

だがそのどれもを、こいつははじき返しやがった!


「はあぁ!? お前、インチキにもほどがあるぞ!」

「てめぇも武器の固有能力スキル使ってるだろうが!」


ん?

ということは、その鋼の肉体も武器の固有能力スキルってことか?

どちらにしても、せめてかすり傷くらい入ってくれませんかね!

銃が使えないと俺もう詰みなんで! 鉄剣じゃ勝てないんで!


「攻撃されたらやり返す、俺の主義だぜ!」

「先に殺し合い仕掛けてきたのはお前だろ!」


すぐるが、持っていた大剣を勢いよく振り下ろす。

しかし身体強化と動視強化によって、運動神経が最強になっている今の俺が躱すのは簡単だ。

能力スキルなしの俺ならばきつかったかもしれないが、残念だったな!


「最初の攻撃で死ななかったのはお前が初めてだ!」

「あ、そうですか! うれしくはないね!」


すぐさま二発目の攻撃を仕掛けてくる。

しかしそれも完全に見えている。

躱すのは容易だ。


三発目、四発目と、次々に来る攻撃を、俺は涼しい顔でかわし続ける。

あぁ、まるでアニメの最強主人公にでもなった気分だ。

だがまぁ、攻撃が通じないのはこちらも同じこと。だって撃っても跳ね返されるもん。


「てめぇ! 躱すんじゃねぇ! さっさと当たりやがれ!」

「自分から死にに行くかバカ! そんなこと言うならお前がさっさと諦めて帰れよ!」


攻撃が当たらないことにいら立ったすぐるは、大声でキレ散らかす。

俺の方がキレたいよ! 急に部屋に入ってきて、限定品のカーペットを土足で踏みやがって! 

その上、今殺されかけてんだぞ!?


というか、本当にピンチだ。

お互い攻撃が当たらない、通じないのは同じだが、これじゃあらちが明かない。

別に俺はこいつを殺すつもりはないが、肝心の相手は殺意マックスだ。

諦めてくれればすべて解決するのだが、そんな雰囲気は微塵もない。


(二十分が経過しました 制限時間です 強奪ロブを終了します)


お? なんだ?

急にお互いのメニュー画面が開き、メッセージが表示される。

メッセージを見たすぐるはチッと舌打ちをする。

そして手に握っていた大剣を背負う。


「時間切れだ。今日は引き分けってことにしといてやるよ。誇ってもいいぜ? 俺相手に逃げ切ったんだからな、ははははは!!」


笑い声をあげながら、すぐるはどこかへと歩き去っていった。

なんか、最初から最後まで上から目線……失礼な奴だったな!

とはいえ、一旦危機は脱したな。


すぐる……手強かった。

時間制限がなければ、俺は死んでいたかもしれない。

銃の威力が足りない、予測していた欠点ではあるが、まさかここにきて足を引っ張られるなんてな。

それに強奪ロブについても、少し調べなければいけない。

明後日に神から説明があると言っていたが、そこまで待てない。

恐らく明日、明後日もあいつは強奪ロブを繰り返すだろう。

それは阻止しなければいけない、絶対に!


グ~

おっと、腹が悲鳴を上げている。

そうだよな、昼におやつを食って以来、何にも口にしてないもんな。

それに、ダンジョンやら強奪ロブやらで、体力も消費した。


「家に戻って、なんかうまいもんでも食うか!」


腹が減っては戦はできぬ。

満腹になってから、また明日……今後の方針を決めよう。


それにしても、初日からいろいろ起こりすぎだろ……やめてくれよ、本当に。

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