第10話

ガルストンが精神を集中させるために目を閉じ、深く息を吸った。腹の底から静かに湧き上がる力を感じる。彼の手の甲に刻まれた紋様が、まるで生き物のように脈動を始め、薄く光り始めた。


その紋様は、ガルストンが転生してきたこの世界で初めて身につけた魔法の印。彼はその印に魔力を注ぎ込み、力を集める感覚に身を委ねた。


その瞬間、彼の頭の中にふっと現れるのは、現世で何度も見たあの巨大な機械、ドリルの姿だ。特に、アルバイトで工事現場に出入りしていた時に見たあの巨大なドリルが鮮明に思い浮かぶ。金属の筒状のボディ、太くて重い先端がコンクリートを削り取る音、そして地面を揺らすほどの回転。回転するたびに、音と振動が周囲に広がり、硬い物質を粉砕していく。その迫力が、まるでガルストンの記憶の中で息を吹き返すかのようだった。


彼はその時の光景をしっかりと思い出し、目を閉じたまま集中した。ドリルの先端部分を思い描く。それは鋭く、無数の刃が連なったような形をしており、その回転の力強さをイメージした。コンクリートを切り裂くその力は、無敵の破壊力を持っていた。


次に、ドリルの中間部を思い浮かべる。中空部分が螺旋状に回転しながら、力を集めていく。あの工事現場のドリルが回転する音を耳にしたような気がして、ガルストンはその回転のスピードを感じ取った。周囲の空気がひゅうと音を立て、圧縮されていくのがわかる。回転の勢いを増すにつれて、そのドリルはさらに鋭く、重くなっていく。


そして、全体のサイズだ。ガルストンが思い描くドリルは、山と同じくらいの巨大さを誇っていた。その巨大なドリルが、力強く回転し、山を真っ二つに引き裂く光景が鮮明に浮かぶ。まるでそのドリルが物理法則すら無視するかのような圧倒的な存在感を持っていた。


「来い…」


ガルストンは小さく呟いた。


手のひらを広げ、再びその紋様に魔力を込める。全身に溢れ出す魔力を、全力でドリルの形に変換していく感覚を楽しんだ。すると、魔法が反応した。


彼の前に、巨大なドリルが現れた。それは魔法の力で具現化された、純粋なエネルギーの塊だ。金属の表面に見えた鋭い刃のようなものは、実際には魔力の結晶であり、強く回転しながらも、無機的な美しさを持っていた。ドリルの回転が始まると、周囲の空気が圧縮され、風が渦を巻くほどの力を放つ。


そのドリルは、まるで現実のもののように巨大で、周囲の空気を振動させるほどの圧力を生み出していた。ガルストンはその力をさらに引き出すために、もう一度精神を集中させる。


「……ぅんグググググっ!!!!!」


ガルストンの目は、確信に満ちていた。魔力がドリルに注がれ、回転を加速させる。それは、まさに山を貫くための力だ。


ガルストンの手から放たれた魔法のドリルは、見る者すべてを圧倒するほどの迫力で現れた。山をも砕くほどの威力を秘めたそれは、回転する刃が空気を切り裂き、巨大な岩を目指して進んでいく。


ゼファールは、そのドリルが現れた瞬間、まるで自分の心臓が止まったかのように絶句した。魔力の圧倒的な力に目を見開き、しばし言葉を失う。


「……は?」


ガルストンが手をかざすと、空気が震え、魔力が集まっていく。目の前に現れたのは、異様な形をした巨大な回転する物体だった。鋭い金属の刃が高速で回転し、まるで巨大な生物が息を吐くように震えている。周囲の風さえもその力に飲み込まれ、空気が重く感じられた。


ゼファールはその光景に目を見開き、思わず一歩後ろに退いた。


「な、なんだこれは…?」


目の前で回転する巨大な物体を前にして、ゼファールは言葉を失った。その異様な光景に、ゼファールは何が起こっているのか理解できなかった。


「これは……一体、なんだ!??」


ゼファールの声には動揺がにじみ、目の前の物体を警戒するようにじっと見つめていた。


その形状は、ゼファールが知っているいかなる道具にも似ていなかった。まるで見たことのない未知の機械のような、その奇怪な存在に、彼はただただ圧倒されていた。


「まさか……お前の付与スキルはこんなものまで作れるのか?」


ゼファールは小さく呟き、目の前で回転するその「物体」をじっと観察し続けた。だが、ドリルという言葉はゼファールの頭に浮かばない。それは、この世界にはまだ存在しない技術だったからだ。


トーマスが横から見ていたが、ゼファールの戸惑いぶりに少し笑ってしまいそうになる。

「ああ、こいつ、ドリルを知らねぇんだな」と思いながらも、トーマスはゼファールの困惑した顔を見て面白がることができた。


ゼファールはしばらくその異様な物体を眺め続け、ようやく口を開いた。


「これは一体、どういう……ものなんだ?」


彼の声には疑念が込められており、彼自身がそれをどう理解すればよいのか分かっていない様子だった。


その質問に、トーマスはついに我慢できずに口を開いた。


「あー、そいつは……まぁ、言ってしまえば、”ドリル”っていうもんだ。工事現場とかで使う、でかいやつな。」


ゼファールはその言葉に一瞬固まった後、さらにその回転する「物体」をじっと見つめた。


「ド、ドリル……?」


ゼファールは首をかしげ、何度もその言葉を反芻してみる。


「こんなものを、どうやって使うんだ?」


その問いには答えるのが面倒だと感じたトーマスは、無言で肩をすくめるしかなかった。


「……これは……」


しかし、すぐにその表情が変わる。目を細め、口角をわずかに上げると、ゼファールの顔に不敵な笑みが浮かんだ。


(これは思いも掛けず、素晴らしいお宝が手に入った……!)


彼の内心では、ガルストンの魔法の力が予想以上に強大だと確信し、ここで手に入れた力をうまく利用しようという悪巧みが渦巻いていた。しかしその笑みには、どこか不穏な香りが漂っていた。


トーマスは、ゼファールがその笑みを浮かべるのを見て、すぐにその意図を察した。


「あーあ……また悪いこと考えてるな……」


呆れたようにトーマスが頭を振ると、ゼファールは一瞬だけその視線に気づき、悪びれた様子もなく肩をすくめる。


「なに、いいじゃないですか。これは戦略的な動きですよ、トーマス君。」


「いや、絶対また何か面倒なこと考えてるよな……」


トーマスはため息をつきながらも、ガルストンが無意識のうちに巻き込まれていくであろう事態を思うと、少し不安そうに目を向けた。


だがゼファールはすでに、次の計画を思いついたようで、さらにその笑みが深まっていった。

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