第8話
オレは少し途方に暮れていた。ほんの少し力を込めただけなのにこの威力……!
これなら山に穴を開けるのも出来るかもしれない!そうすればみんな打首にならずに済む!
オレはルンルン気分でテーブルへと戻っていった。今使った分の魔力を補給して溜め込めばさらに強い威力を出せるだろう。もうこれは勝ち確演出だ!!そう思った矢先、青白い顔の村長が杖をついて立っていた。
オレは気を良くしてテーブルに戻り、次の魔力を補給するために手を伸ばすその瞬間、村長の青白い顔が目に入った。村長は杖を頼りに、体を支えながら立っていた。その姿勢からは、ただならぬ緊張感が漂っている。
オレは一瞬、動きを止めた。村長の表情が、まるで命の危険を感じ取ったかのように硬直している。
「……村長?」
声をかけると、村長はゆっくりとオレの方に向かって歩み寄る。その足取りは重く、しっかりとした意志が感じられた。
「魔術師様、ちょっとお話を…」
村長の声はいつになく低く、抑えられた音調だ。その表情から、何か重大な話があることを予感させる。
「どうしたんですか、村長? 何か問題でも?」
オレは一瞬、身構えた。自分の魔術が思った以上に威力を持っていたことが、もしかしたら村に被害を与えてしまったのか、という一抹の不安が頭をよぎった。しかし、村長の答えは意外なものだった。
「……食料が、もうそれほど残っていないんです。」
村長の言葉に、オレの顔の筋肉は一瞬で固まった。
「食料が…? それってどういうことです?」
村長は重い息をつき、杖を支えにさらに一歩近づく。
「もうこのテーブルに置かれているものとほんの少しの穀物類……それくらいしか残されておらんのです」
その言葉に、オレは思わず目を見開いた。
「……そんな……」
オレは黙り込むと、無意識のうちに拳を握りしめた。自分の力をうまく使えなかったことが、こんなにも大きな結果を生んでしまったのだ。
この量で足りるのか……?
あの山を吹き飛ばすほどの魔術を繰り出せるのか?
骨付き肉をガブリと齧り取りながら咀嚼した。先ほどまでしていた甘美な肉の味がしなくなっていた。
◇◆◇◆
サタナチアは食べていた。
手際よく、しかし心の中では徐々に焦りが生まれていた。食事が進むにつれて、彼女は自然と箸を手に取る速度を早めていく。どこか淡々とした表情のままで、無駄なく料理を口に運ぶ。
「とにかく、魔力を補わないと…!」
自分に言い聞かせるように呟きながら、彼女は次々と皿を片付けていく。最初は一つひとつを丁寧に食べていたが、次第にそのペースが早くなり、料理の一部はまるで彼女に追い越されるかのように次々と消えていった。
とはいえ、サタナチアにとって食事は楽しみの一つではなかった。心の中で「もう少し、もう少し」と繰り返しながら、無理のない範囲でエネルギーを補給していく。それが今、自分にできる最も重要なことだと理解しているからだ。
「次だ!次を持て!!」
目の前に積み重なった皿の山を見て、まだ安心はできなかった。まだ足りない。まだ、やらなければならないことがある。サタナチアは次の一口を、さらっと口に運んだ。
彼女は食べ続けた。食事が彼女にとっての唯一の手段であり、それが今の自分を支える唯一の方法であるかのように。口に運ばれる料理は、次々と無駄なく消えていくが、どこか満たされない何かが彼女の胸の中で膨れ上がっていた。
だから、天幕の外が次第に静かになっていることなど気がつきもしなかった。自分の配下の兵士がまた一人、一人いなくなっていくなど、想像ができたであろうか。ただ、食べ物が手に届く限り、食べ続ける。それだけが、今の彼女の全てだった。
周囲の異変には気づけなかった。兵士たちの足音が次第に遠くなり、静けさが広がっていくのを、彼女は感じもしなかった。ただ、目の前の皿に集中することで、自分の意識が外に向かないようにしていた。
「オイ、水だ!」
サタナチアが苛立ちながら声をあげると、その響きが天幕内に響き渡った。水の入ったグラスが、いつの間にか空になっていたことに気づいたのだ。指先でグラスの底を軽く叩きながら、彼女は声を上げた。
「オイ!聞いているのか!水がないぞこの役立たずど……」
その声が無響で跳ね返るように広がる。だが、返事をする者は一人もいない。周囲には誰もいなかった。彼女が声を発するたびに、何も返ってこないその空間が、まるで彼女自身がひとりぼっちであるかのように感じさせた。
苛立ちを抑えきれず、サタナチアは立ち上がると、天幕の入り口に向かって歩み寄り、外と天幕を遮る薄い布をむんずと掴み、引き裂くように捲り上げた。その瞬間、冷たい風が吹き込み、彼女の髪がひるがえった。
「どこだ、あの無能な連中は……!」
しかし、外はすでに静まり返っており、兵士たちの姿はどこにも見当たらない。足音すらも聞こえてこなかった。サタナチアの目は、次第に焦りと不安を宿し始める。その不安を感じることなく、なにが起こったのか分からないまま彼女は一人、立ち尽くしていた。
彼女はここでようやく事態がとんでもないことになっていると気づいたのだ。
ハッとしたサタナチアは裾を翻して天幕を飛び出す。調理場に向かうと、そこには誰もいなかった。燃え尽きた焚き火の灰、使いかけの鍋、そして空っぽの水桶。微かに残る焦げた匂いが、かつてここに人がいたことを物語るだけだった。
不安と苛立ちが胸を掻きむしり、彼女は食糧庫へと急ぐ。扉を開けると――そこには空っぽの棚と転がる空箱があるだけだった。床にはパン屑が散らばり、惨状を目の当たりにしたサタナチアの顔が真っ赤に染まる。
ふと、視界に入ったのは箱の上に置かれた一枚の紙。サタナチアはそれを掴み取り、荒々しく開いた。
「風向きが変わったので失礼します。
風見鶏より」
一瞬の静寂。
紙を握り潰し、震える拳が宙を彷徨う。目元はひくつき、唇がかすかに震える。
そして――
「あのクソどもがあああああ!!!」
その一言はまるで爆発する雷鳴のように、あたりに轟き渡った。
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