第5話
展開は突然に訪れた。
ノリッジ上級伯爵からクライス伯爵の元に、一通の手紙が届けられたのだ。
「ノリッジ様からの手紙、一体なんだろうか…」
最初こそ大きな感情を抱くこともなく手紙の内容を読みにかかったクライスだったものの、その内容を読み進めていくうち、次第に表情を絶望で染めていく…。
「お兄様、一体どうされたのですか?」
「!?!?!?」
その時、不意にクライスの後ろからルミアが現れ、そのまま手紙の内容を覗き見る。
…すると、彼女もまた一瞬のうちにその表情を驚愕させた。
「ど、どういうことですかこれ!?お兄様の伯爵としての権限を停止させるだなんて、一体何が起こっているのですか!?」
「お、落ち着いてくれルミア!!」
「落ち着いてなんていられません!このままじゃ私、ただの何の価値もない女になってしまうじゃないですか!伯爵様の妹という立場があったから今まで自由にできたのに!!」
クライス以上に、自らの立場が失われることを恐れている様子のルミア。
そんな彼女の姿を見て、クライスはようやく彼女の本性というものを理解し始める。
「(こ、この慌てよう…。もしかして、ルミアは僕の事を慕ってくれていたのではなく、僕の持つ伯爵の位にしか興味がないというのか…?)」
それこそがルミアの真実だと言うのに、そこにたどり着くまでに非常に長い時間を要したクライス。
しかし、彼はこの期に及んでもその事を受け入れられないでいた。
「(い、いやまさか…。そんなはずがない、僕たち二人は心の底から強い絆で結ばれているんだ…。彼女が僕の事を権力でしか見ていないなんて、そんなことあるはずがない…)」
もしもそれを受け入れてしまえば、ルミアの危険性を自分に訴えたながら追放されたサテラにどう弁明すればいいのか分からない。
クライスはルミアに危険なところなどないと言い張り、サテラの事を婚約破棄したのだから。
「今すぐにノリッジ様の所に話をしに行きましょう!!これは絶対に何かの間違いです!私のお兄様がただの男になってしまったら困ります!!」
「……」
血相を変えてそう言葉を発するルミアの姿にやや動揺を覚えながらも、クライスは彼女を伴ってノリッジの元に向かう事としたのだった。
――――
「ノリッジ様、一体どういうことですか!!お兄様が何をしたというのですか!!」
「お、おいルミア!!失礼な態度を取ってはだめだ!!」
ノリッジに邂逅を果たすや否や、早速強気な口調で食って掛かるメリア。
彼女の中では、ノリッジがクライスの中でどれだけ大きな人物であるのかを分かっていない様子…。
「やれやれ…。一体どの面下げて乗り込んできたのかと思えば…」
「納得できませんノリッジ様!!どうしてお兄様が伯爵位を失わなければならないのですか!!」
「では、単刀直入に言わせてもらおうか」
ノリッジは少しだけ間を空けると、上級伯爵らしい威厳あふれる雰囲気を醸し出しながらこう言葉を告げた。
「サテラの事、私は彼女が小さな時から知っているのだよ。彼女の家と私の家は古くから付き合いのある間柄だったからな。私はサテラの事を実の娘のように愛していた。だからこそクライス、私が伯爵として取り立ててやったお前がサテラと結ばれることを決めた時、私は本当にうれしかったとも。…しかし、その後実態として存在していたの私の望んだほほえましい関係などではなく、お前たち二人によって虐げられるサテラの姿であった。私は婚約破棄された彼女からそれを聞いた時、お前たちに対して罰を与えることを決めたのだ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいノリッジ様!!」
その時、この場に現れてはじめてクライスが大きな声を上げた。
「それではノリッジ様は、私とサテラが婚約破棄の関係にあったことを知っていたのですか??」
「ああ、そうだとも」
「では、どうしてあの時あのような態度をとられたのですか!?まだ僕たちの関係を知らないようなそぶりをされたではありませんか!!」
「簡単だ。あの時お前がサテラに対して謝罪の気持ちを少しでも抱いていたなら、私は改めて二人の関係を取り持とうと思っていたのだ。しかし、あの時お前から返された言葉はそんなものではなかった。ルミアのためにサテラを犠牲にすることをいとわないようなお前に、人の上に立つ資格などない。潔く伯爵の座から降りてもらおう」
「っ!?!?!?」
まさかそんなことになっていたとは、想像だにしていなかったクライス。
そしてそれはルミアの方も全く同じであり、彼女は最後の最後まで自分の考えを改めようとはしなかった。
「あ、あれは全て向こうが悪いのです!!私は被害者なのですよ!出来の悪い姉を捨てたいというのはみんなが思う事でしょう!!私はそれを現実に実行しただけじゃないですか!!それなのになんで…!!」
「はぁ…。ここまで話しても現実が見えていないと言うのは、相当だな…。サテラはこんな家から追い出されたことを、喜んでもいいのかもしれない」
「「っ!?!?!?」」
もうすでに取り返しのつかないところまで来てしまっている二人。
しかし二人が、特にルミアがその事に気づくまでには、まだ時間がかかりそうであった…。
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