第2話
「サテラ、今日は大事な話がある」
いきなり私のことを呼び出したクライス伯爵様。
こう言ったことはこれまで何度もあったから、私にはもうこれから彼が何を言うのか予想がついている…。
「またルミアのことをいじめたそうじゃないか。…サテラ、はっきり言ってそんなことをする人間に存在価値などない。君は今まで何度も何度も同じことを繰り返してきたな?しかし寛大な僕とルミアはその度に君に挽回のチャンスを与え続けてきた。しかし、その結果がこれというわけか?」
ややあきらめの入ったような口調でそう言葉を発するクライス様。
…それはすべてルミアの作り上げた幻想の話だということに、いまだ全く気付いていない様子。
「僕にとってルミアは一番大切な存在だと言っても過言ではない。それは婚約者である君よりも、よっぽど上ということを意味する。だというのに、君はまるで自分のほうが上であるかのような振る舞いを見せているな?婚約者として選ばれた時点で、自分の方に僕が味方をするとでも勘違いしているんじゃないのか?」
「……」
「改めてはっきり言わせてもらおうか。僕にとって最も大切なのはルミアたった一人なのだよ。それ以外の者は大差ない。ルミアか、それ以外か、だ」
非常に大きな声で、自身が妹の事を偏愛していることをカミングアウトする伯爵様。
それはもう分かりきっていたことだけれど、こうして言葉にして言われるとなかなかに気持ちが悪い…。
「サテラ、君は明らかに調子に乗っている。僕から愛されていることが当然であるから、僕もまた君の事を一番に愛すものだと思っている。しかし、それは恥ずかしいほど大きな勘違いであるということを言わざるを得ない」
「……」
恥ずかしいのはいったいどちらだろう…。
自分の妹の事を偏愛して、その妹が言っていることをすべてうのみにして、他の事が何も見えなくなっていることの方が、よっぽど恥ずかしい事なんじゃないだろうか…。
しかし、そんなことを言い返したところでなにも変わらないというのは、これまでの過去の経験から分かっている事。
むしろここで変に、ルミアが嘘をついているとか、だまされているなどと言葉を返すほうが、かえって症状を悪化させてしまうことになるのだから。
…ただ、今日の伯爵様は黙っている私の方が気に入らなかった様子…。
「さっきからずっと黙ったままだな…。サテラ、まさかとは思うが君は自分の事を被害者だとでも考えているのか?だとしたらこれほどみっともないことはないぞ?今のこの状況、誰がどう考えても君の方に非があるのは明白ではないか。それを、この期に及んで自分は被害者であると考えているのか?」
…考えているもなにも、本当に私は被害者なのですよ、伯爵様…。
被害者を演じているルミアに、あなたは騙されているだけなのですよ…。
「まさかここまで君があくどい性格をしていたとは思わなかったよ…。容姿が僕の好みだったから、貴族会の場でそのまま婚約関係になってほしいとアプローチをしたわけだが、人間は外見よりも内面がものを言うことがよく分かった。そういう意味では今回の経験は決して無駄ではないが、君との二人きりの時間はすべて意味のないものだったと言わざるを得ないな…」
「…伯爵様、それは一体どういう意味で…」
「はっきり言わせてもらおうか。サテラ、僕は君との婚約関係を今日をもって破棄することに決めた」
「……」
とうとうそんなことまで言い出した伯爵様。
それもすべてルミアから言われたことをそのまま信じての行動だとしたら、もう私の手に負えるものではない。
「…それも、ルミアから言われたことですか?」
「勘違いしてはいけない。すべては私が決めたことだ。ルミアから言われたから決めたわけではない」
嘘だ。
この人の決断の裏には必ずルミアがいる。
私の事を婚約破棄することを決めていたというのなら、必ずそれはルミアの意志であり、他の何者でもない。
「…なら、もう私は必要ないということですね…。これまでルミアから色々な事を言われ続けて、それを伯爵様には全く信用してもらえない日々でした…」
「何を言うか、僕は常に君たちの真実を見抜いていたとも。だからこそこうして、君との関係を終わらせる決断をしたんじゃないか。ここに真実以外の何があるというんだ?」
「……」
もう、何を言っても無駄だということは分かっている。
伯爵様は私が何を言っても信じてはくれず、ルミアの事ばかりを優先して、その果てに私の事をここから追い出すことを決めたのだ。
もうこれ以上私に何か言うつもりもない。
「分かりました、婚約破棄なのですね。後はお二人で仲良くされてください」
「君に言われなくてもそうするよ」
「ただ、やはりルミアにはお気を付けください。あなたがこの先なにか問題に巻き込まれるとしたら、その原因は絶対にルミアに…」
「はいはい、聞く価値のない話をどうも。負け惜しみはそれくらいにしておくんだな」
「……」
やっぱり、この人は最後の最後までこの人だった。
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