第32話 大人だって迷子になります(ほんと勘弁!)
二日後。わたしたちは
通りの前はちょっとした空き地になっていて、追いかけっこの子どもたちが人混みを
「仲見世通りの入り口って広場みたいに空いてますけど、なにか意味でもあるんですか?」
あたりをぐるりと見まわしながら、わたしは疑問を口にする。ここにお姉ちゃんを捜しに来るたび、「もったいないなぁ」「もう少し店を広げればいいのに」なんて、ぼんやり思ってしまう場所なのだ。
一方の維吹さんは、しばらくあたりを見渡してから「ああ」と手を打ち鳴らす。
「元々ここには
「へぇ、でもなんで再建しないんですかね?」
「さあ? でも
あまり外出しない維吹さんだけど、知識だけは驚くほど豊富だ。
ここから覗いた仲見世通りは、赤い
あー、食べものの匂いって素敵だなぁ。
香ばしい香りに鼻をひくつかせていると、
「あ……しまった」
隣で維吹さんが胸元を押さえた。
「どうかしました?」
「それが、長屋に財布を置いてきてしまったみたいで……」
あらま。
「普段から持ち慣れていないから、すっかり忘れてたよ」
「じゃ、なにかほしいものがあったら立て替えますね!」
わたしが「任せてください!」と胸を叩くと、
「いや、これは僕から誘ったことだし。亜寿沙さんにご馳走するつもりだったのに……」
と、なんだかひどくしょんぼりしている。
「もう、そんなに落ち込まないでください。ほら、早く行きましょう!」
ぼんやりたたずんでいると、道行く人とぶつかってしまうくらい人通りが多い仲見世通り。
そこを器用に進みながら、わたしはなんだか不思議な思いに囚われていた。
幸せそうな人で溢れた行楽地に行くと、自然、寂しくなってしまうことが多いのだけど。でも今日は大丈夫だ。それはたぶん、維吹さんが一緒にいてくれるからだろう。
わたしはひとりぼっちじゃない……。
そんな、ちょっぴりやさしい気持ちで振り返ると――うそっ⁉ いつのまにか維吹さんが消えている!?
歩きだしてものの三分もしないうちに行方不明!
慌ててあたりを探しても、見覚えのある年格好の人はいない。仕方ないからそのまままっすぐ進んで本堂まで行ったけど、それでもどうしても見つからないし!
うわーん、ほんとどこ行っちゃったの⁉
今度は左に折れて、六区のほうへも行ってみる。劇場や映画館が建ち並ぶ通りは仲見世通りに勝るとも劣らぬ人混みだ。
こんなんじゃ、見つかるものも見つからないよ……!
年甲斐もなくおろおろし、せわしなく周囲を見回すわたしの目に映ったのは、背の高い異国の紳士。カフェー・フィーニクスの常連、ラドミールさんだった。
そう言えば、ラドミールさんは六区で仕事をしてるんだよね?
思わず声をかけようとして歩きだした足がぴたりと止まる。
彼の隣で胸を張り、自信満々の笑顔でなにやら熱心にしゃべっている若い男性。異人と並んでも見劣りのしない身長に、高級そうな背広とズボン。ここからではよく見えないが、役者顔負けの容貌なのをわたしはよく知っている。
嘘でしょ⁉ こんなところで会うなんて!
とたんに頭を鈍器で殴られたような衝撃が走り、頬を冷や汗がつうっと流れる。
とっさに物陰に隠れると、男はラドミールさんに一礼して、さっさとその場を去ってしまった。胸ポケットの金時計を慌ただしく
どうかどうか、このまま行ってしまいますように!
息を殺して彼の姿が遠くなるのを見つめていると、
「おおっ! もしや亜寿沙さんではないですか!」
男を見送り、こちらを振りかえったラドミールさんとばっちり目が合ってしまった!
「そこでなにをしてるんです? 今日はかくれんぼですか?」
「い、いえその! 今の方は⁉」
「……ん? ああ、ああいう男性が亜寿沙さんの好みなのですか?」
首をかしげ、それから残念そうに呟いてみせるラドミールさん。
「ち、違います違いますっ! ただちょっと気になって!」
「ほぉ? ではそういうことにしておいてあげましょうか」
ラドミールさんはわざとらしく肩をすくめ、
「
うわ、やっぱり本人だ……!
世間はほんとに狭いというか。いろんなことを手広くやってる人だと聞いてはいたけど、それをまさか、家出先の帝都で見かけるなんて。
「まったく。私という人間が目の前にいるのに、亜寿沙さんはつれないですねぇ……」
物思いに
「そういえば、このまえ私が差しあげた鈴、着けていますか?」
「あ、あれは……。大切に仕舞ってあるんです」
実は着ける気をなくしてしまい、カフェーの私物入れに置きっぱなしだとは申し訳なくて言えない。
「――ふむ。鈴くらいではアピールが足りないようですね。では、よければ今から私のところに遊びに来ませんか? 人生は暇つぶし。すぐ目の前の建物――あそこで異国の風景を映した幻灯や、とっくに滅びてしまった珍しい動物の剥製などを見せてるんです」
「い、いえ、今回はちょっと!」
幻灯も剥製も、興味がないと言えば嘘になる。
けれど今は行方不明の維吹さんを捜すほうが優先だ。
「また機会があれば、改めて伺いますので!」
わたしは急いで回れ右をし、人波を掻きわけるように今来た道を逆走する。
結局仲見世通りの入り口まで戻ってくると、例の空き地になにやら人だかりができていた。
「へぇ、こいつはすごいね」
「からくりがちっともわからねぇよ」
そう、見物人が口々につぶやいている。
あれ? さっきはこんなのなかったのに。
興味を惹かれ、人混みをかきわけ覗いてみると、視界に飛び込んできたのは七寸(二十センチ)あまりの日本人形。
人だかりの中央、ぽっかりと空いた空間で長い髪をなびかせ舞っている。
高々と挙げた腕の先、手首でくるりと扇を返し、自身もそれに合わせてくるりと回る。同時に
わわっ、なにこれ⁉ すごい……!
「あの人形、糸でもついてんのか?」
「いや、けどよ、あの芸人のあんちゃん、さっきから微塵も動かねぇぞ?」
ん? 芸人のあんちゃん?
その言葉が妙に心に引っ掛かり、一心に舞い続ける日本人形のうしろを見ると――そこには、ひとりの男性が胸の前で手を組み合わせて立っていた。
柳のような細腰に、お天道さまに晒されたらたちまち溶けていってしまいそうな白い肌。見ようによっては青く底光りする不思議な瞳に、マッチでも乗せられるんじゃないかと思うほどの長いまつ毛。
これはもう、見覚えがあるってどころの騒ぎじゃない!
ホッとしたのと同時に怒りがむくむくとこみ上げてきて――
「なにやってんですかっ、維吹さん!」
わたしは大声で叫んでいた。
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