第27話 賽銭泥に財布泥
その日一日、わたしは針の
これってなんか、辛かった札幌の女学校時代を思い出すなぁ……。
お客が去った後のテーブルクロスを片づけながら、わたしはそっとため息を落とす。
『あなたのお姉さん、すごかったのよ。成績なんて全部『
だからさぞかしあなたも……なんて、特別に目をかけてこようとする先生たち。
そんなあからさまな態度がおもしろくなかったのだろう。同じ組の、家柄も成績もいい子たちに目をつけられた。
なにか面倒ごとが起こるたび、「
決して正面から向き合おうとせず、きゃらきゃら笑って逃げてしまう。
徒党を組むのが大好きで、
わたしといると不利だと悟ったのか、仲の良かった友人たちも次第に離れていってしまい。
なにをするにもひとりきり。聞こえよがしの悪口や、クスクスという忍び笑い。
女学校など、結婚までの単なるつなぎ。「さっさとやめて家に戻れ」とうちの父さまは言ったけど、屋敷に幽閉状態な姉と少しでも顔を合わせたくなかったわたしは、ちょうど開校したばかりの地元の学校、釧路高等女学校に転校したのだ。
あのときと同じような状況を、帝都に来てまで繰り返そうとしている自分が情けない。
暗い気分のままでどうにか一日の仕事が終わり、とぼとぼと店から出ると見知った顔が待っていた。
「あれ? 葉山さん、どうしたの?」
「いや、通りすがりに窓から覗いたら、今日のあんた、なんだか元気がなかったからさ。ひょっとして維吹先生んとこにあやかし絡みの依頼が来て、夜っぴて働いていたのかなーと」
要はネタがあるかもと、勝手な期待を抱いてわたしのことを待っていたのだ。
「おあいにくさま。記事になるようなことはなにもないわ」
「え? そうなの? こっちも浅草の不死身男に進展がなくてさ。社長からいい加減にしろって言われてるんだけど、なんか気になっちゃうんだよね」
「――よくわかんないけど、まだそのネタ追ってるんだ?」
「ああ。しつこいのがおれの取り柄だからね。で? あんたに元気がないのはどうしてだよ?」
「……たまにはそういうこともあるわよ」
「先生は
「勝手な人ねぇ」
わたしは苦笑いしながら歩きだす。
葉山さんはそんなわたしを追いかけてきて、
「ま、とりあえず長屋まで送ってやるよ。ご婦人の独り歩きは危険だからな!」
と、紳士めいたことを言ってくる。
「別にいいけど。
「……う。それを言われると立つ瀬がない!」
「そう思うんだったら荷物くらい持ってよ」
「はいはい、ありがたく持たせていただきますよっと」
葉山さんと話しているうちに、少しずつだが
「ねぇ、葉山さん。自分がやってないことを証明するのって、どうすればいいと思う?」
「は? なにその謎かけ?」
案の定、葉山さんは「こいつ、またおかしなこと言い出したな」みたいな顔をして、それでも話題に乗ってきてくれる。
「やってないことを証明なんて、できるわけないだろ。もし妙な疑いかけられてんなら、正々堂々立ち向かうことしかできないよな」
まるで今の状況を見透かしたような物言いに、わたしの背中に緊張が走る。
もしや賽銭泥棒の件、葉山さんまで知れ渡ってる?
けれど彼は、慌てたように顔の前で手を振って。
「あ、ごめん。なんか勝手な想像しちゃったけど。実はおれ、昔、財布泥棒だって疑われたことがあってさ。そのときのこと思い出しちゃったんだよ」
「葉山さんが、財布泥棒⁉」
「ああ。こんな真面目で誠実に生きてる男を捕まえて、なにを言うって感じだよな?」
「……………」
「おい、なんだよその沈黙は!」
笑いながらツッコんできた葉山さんはいつもと同じように屈託がない。
つまり、その事件は無事解決したのだろう。
そうあたりをつけたわたしは、「その話、くわしく聞かせてもらってもいい?」と、ついつい前のめりになってしまう。
「まぁ、別に構わないけど。話せば長くなるぞ?」
「じゃあ、立ち話もなんだし、うちの長屋に来る? わたしの部屋に……とは言えないけど、空き部屋ならいくつかあるし」
「ああ。遠慮なくあがらせてもらうよ」
そんなこんなでわたしは、思いがけず葉山さんから話を聞くことになったのだった。
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