第23話 仙人って男? 女?
わたしたち三人と一匹の前に現れた、謎のお姉さん。
年は二十代の後半で、女性にしては背が高く、着ているものも中華風というのか、和服よりゆったりとした衣服の上に天女のような
「あら? サトリちゃんを捕まえるなんて。あなたたち、只者じゃないわね?」
地面に転がったままのサトリを見て、
いやいや、あなたのほうこそ只者ではないのでは? だってこのタイミングで現れて、着物は妙だしサトリのことは「ちゃん付け」だし。
どう反応したらいいものやら、三人そろって硬直してしまっていたら、
「やだ、もしかしてそこにいるの維吹くん? 私、あなたが生まれたとき会いに行ったのよ~! それがこんなになっちゃって! いやーん、すぐにはわからなかったわぁ!」
まさかの維吹さんの知り合い⁉ おまけにお姉さん、久しぶりに会った親戚のおばちゃんみたいになってるし!
ズカズカと維吹さんの前までやって来ると、
「ひょっとして、六尺(一八〇センチ)近くある?」
頭の前に
「私ったらどれくらい寝ていたのかしら……?」
なんてぶつぶつ言ってる。
「あの、あなたは?」
このままでは
「あらァ、ごめんなさいね、ひとりで盛り上がっちゃって! 私、仙人の
お姉さんはにっこり笑って名乗ってくれた。
て――
「せん、にん……?」
「ええ。動物と話せたり、
素直に信じていいものやら。維吹さんをちらりと見ると、彼は小さくうなずいてみせる。
「たぶん、本物だよ。気配が人とは完全に違う」
ハイ、わたしの常識がまたひとつ壊れました~!
仙人は実在する。しかも、昔話に出てくるようなよぼよぼのおじいちゃんではなく、若い女性!
「私、この山奥でしばらく眠りについていてね。その間、サトリちゃんに番を頼んだのよ。だって寝込みを襲われたら怖いもの~!」
志遠さんは自分で自分の肩を抱きしめるけど、小泉さんはやや引き気味だ。
「寝込みを襲われるって……あんた、男だろ?」
「え? 男っ⁉」
わたしは思わず声をあげる。
だってこんなにきれい人なのに⁉
けれど小泉さんは首を振る。
「このガタイにこの声、どう考えたって男だろ? あんた、折り紙付きのアホかよ?」
「でもわたし、今年の春まで女学校に通っていて、まわりはほとんど女子だったし! 女性の格好をしたきれいな人が現れたら、素直に女だって思っちゃわない?」
「でも筋肉とか骨格とか、
あ、そうか、この人ってば元美校生!
「い、維吹さんは始めからわかっていたんですか⁉」
助けを求めるように陰陽師に話を振れば、
「まあ、相手の気配や霊力から、薄々ね……」
はいはい、霊力ね、霊力! わたしにはちっともわからないから!
「でも、どうして女性の格好を?」
わたしが訊くと、志遠さんはスッと背筋を伸ばして説明する。
「
じょ、女装って尊いの……?
かなり疑問はあったけど、自信満々な志遠さんにツッコんでも仕方がないと、わたしは話を進めることにする。
「ところでこのサトリ騒ぎ、志遠さんが元凶だったんですか?」
やっとのことで本題にたどりつくと、
「元凶?」
なにがなにやらといった表情で仙人が首をかしげ、わたしのかわりに維吹さんが事の次第を話しだす。
やがて、話を聞き終えた志遠さんは盛大なため息をつき――
「あなたたちにもサトリちゃんにも、悪いことをしてしまったのね。眠りにつく前、こんな奥までたくさんの人が来るとは思っていなかったから」
と、しゅんとなってしまう。
まぁ、昨今の日本の発展具合といったら、十年ひと昔どころか五年ひと昔。志遠さんが困惑するのも当然だろう。
「とりあえず、サトリちゃんの
志遠さんがサッと真横に手を払うと、サトリをぐるぐる巻きにしていた
「ごめんなさいね、サトリちゃん。私を守ろうとしたばっかりに怖い目に遭わせてしまって。今まで本当にご苦労さま」
どうにか立ち上がったサトリは仙人に頭を下げられて、「そんな! なんて
「今日からあなたは自由よ。できればさらに山の奥……人目の届かない場所に行ったほうがいいわ」
その言葉にサトリはぺこりと一礼し、次の瞬間草むらを掻きわける音だけを残して消えてしまった。
「……さてと。私も
おもむろに髪をかきあげながら志遠さんが言う。
「それにしても維吹くん、どうしてそんなにか細いの? ごはんはちゃんと食べてる? ゆくゆくは一族を背負ってく身なんだから、そういう自覚を持って……」
こちらに向きなおって説教を始めた志遠さんに、
「僕はあの家を出てきたので。もう関係はありません」
維吹さんはいつになく固い声を出す。
「……あ、そうなの? ……やっぱりそういうことになっちゃったのね……」
気まずそうに口元を押さえる志遠さんだけど、わたしにはなにがなにやらわからない。
家を出た? しかも「やっぱりそういうこと」って? 不穏な空気しか感じないんだけど……。
「――志遠さん。僕の前で生家の話はしないでください。絶対にです」
冷え冷えとした声で陰陽師に念を押され、志遠さんは「え、ええ……」と怯えたような声を出す。
「それじゃあ、私も失礼するわ。いつかまた会えるといいわね」
彼女(?)もそそくさと山の奥へと消えていき、あとにはわたしたち三人が残された。
「……とりあえずこれで一件落着だね。ふたりともご苦労さま」
仙人を見送った維吹さんの声は、いつもと同じ穏やかなものに戻っている。
でもそれはどこか無理をしていて。だからといってなんと声をかけていいのかわからない。
「それじゃ、僕らも帰ろうか。今回はかなり手間取ったけど、君たちふたりがいてくれて本当に助かったよ」
ところが
ああ、やっぱり最後はこうなるのね……!
「せ、先生⁉」
「すまない、ちょっと
「少し休んでいきましょうか」
なんだかわたし、維吹さんの扱いに慣れてきちゃったなぁ。
でもそれは、決して嫌な気分じゃない。弟子になったつもりはないけど、お姉ちゃんが見つかるまでの間だけ、ちょっとだけ世話を焼いてもいいかな……なんて。
自然、そんなことを思ってしまったわたしだった。
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