第22話 アームストロング砲では駄目ですか?

 徳治とくじさんに帰り道を教えてもらい、わたしはどうにか鉱夫の小屋へと戻ってきた。


「あ、亜寿沙さん! 無事かい⁉」


 こちらの姿を見つけるなり、維吹さんがゼイゼイ言いながら駆けてくる。


「こ、小泉くんが、水汲みの途中で亜寿沙さんを見失ったと戻ってきて!」

「その小泉さんは⁉」

「今、君を捜しに出てる!」


 うわ、タイミングが悪すぎる! ほんとはみんなで作戦会議がしたかったのに!


「維吹さん、わたし、サトリを退治する方法を見つけたかもしれません!」

「本当に⁉ でもどうやって?」


 即座に維吹さんが食いついてきたけれど、内容を打ち明けるより早く、お決まりの下草をかき分ける音が響き始める。

 嘘でしょ⁉ 現れるのが早すぎる!


「おまえ、『この女、なぜ戻ってきた?』と思ったな?」


 茂みの陰から毛むくじゃらのあやかしが顔を出す。ケラケラと笑いながら、わたしたちをなぶるように声をあげる。


「おまえ、『もうこの女は用済みだ』と思ったな?」

「おまえ、『優秀な男弟子に鞍替えしたい』と思ったな?」


 これは、維吹さんの内なる声。

 でももう騙されない。こうなったらぶっつけ本番でやってやる!


「嘘よ!」


 わたしはすっくとその場に立ち、山々に響けとばかりに叫んでやる。


「そんなこと、維吹さんが思うはずがないじゃない!」


 不忍池しのばずのいけであやかし退治をした翌日、銭湯から帰ってきたわたしを待ち構えていた彼。


『気味悪がって、逃げてしまったんじゃないかって』


 そう、細い声でつぶやいた言葉を昨日のことのように覚えている。

 あんなことを言う人が、他人を簡単に切り捨てるはずがないじゃない!

 それに、牛乳寒天というとびきりの切り札がわたしにはある。これを手放すなんて、絶対にするはずないんだから!


「もう手の内はバレてるわ! あなた、『伊蘇普物語イソップものがたり』の狼少年と反対のことをしてたのよ!」


 狼少年は嘘ばかりついていた。だから真実を言っても信じてもらえなかった。

 サトリは人の心を読んで真実ばかり話していた。だから嘘をついても信じてもらえた。


 わたしが引っ掛かりを覚えた鉱夫の話――ありもしない金鉱で仲間割れをした彼らは、サトリの嘘にまんまと嵌められてしまったのだ。「おまえ、『きんの鉱脈を見つけたが、仲間には教えん』と思ったな?」と――。


 おそらくはあることないこと他にも言われ、精神的に耐えきれなくなって「サトリのせいで下山する」と国に報告したのだろう。

 けれど、あやかしの嘘が発端だと知らなかった徳治さんは、欲深な鉱夫の勘違いがいざこざの原因だと思っていた。だから、彼らがここを去った原因が、片やサトリ、片やありもしない金鉱と、ふたつの話に分裂して見えたのだ。


 そして――小泉さんの一件も同じこと。彼だってわたしを谷川に突き落とそうなんて考えてもいなかった。いや、少しくらいは「使えない女だな」って思ったかもしれないけどね⁉

 そんな微妙な心の動きを読んだサトリは、わたしたちが仲違いするよう仕向けたのだ。最後は小屋を放棄し、ここから去ってしまうように。


「サトリが嘘をつくなんて、普通は思いもしないものね?」


 ニッと笑って言ってやると、サトリはぐっと押し黙る。


「……サトリが、嘘をつく……」


 一方の維吹さんは瞳をぱちくりさせている。


「なるほど、これは一本取られたね」


 サトリは人の心を言い当てる。あやかし退治の手練れほど、その特徴に注目してしまうのはとうぜんだ。


「ち、違う! 嘘ではない!」


 真実を暴かれて焦ったのか、サトリが茂みの中から飛び出てくる。

 その顔前に指を突き出し、わたしは大声で言ってやる。


「あなたが嘘つきだってことは、もうとっくにばれてるの! だったら無視すればおしまいよ!」


 そう、サトリのどこが怖いって、心の内を言い当てること。それが嘘ならなにが怖いの?


「あと、今さらほんとのこと言ったって、誰も信じてくれないからね! それこそ『伊蘇普物語イソップものがたり』の狼少年のように!」

「ひぃいいいいっ⁉」


 わたしの剣幕に押され、頭を抱えてうずくまるサトリ。


「亜寿沙さん、気持ちはわかるけど、もう少しやさしく言ってあげて?」

「はあ? でもわたし、サトリのせいでひどい目にあったんですよ⁉ 少しくらいお仕置きしたって罰は当たりませんよ!」


 この期に及んで仏心を出してしまう維吹さんて、やさしいんだか甘いんだか。


「ねぇ、君。僕らをここから追い出したいってことは、なにかこのあたりに大切なものでもあるのかい?」


 サトリの前で腰をかがめ、尋常小学校の訓導くんどうよろしく穏やかな声をかける維吹さん。


 ええっ、なによそれ⁉

 思いもよらないことを言いだした陰陽師に、今度はわたしが驚く番だ。

 サトリは自分の縄張りに入ってきた人間を排除するため、心を読んで嫌がらせしていただけじゃないの?

 けれど、維吹さんは自信ありげに言葉を続ける。


「君たちって、本来は憶病なあやかしだろう? 場合によっては人の姿を見ただけで隠れてしまう。なのにしつこくやって来るのは、この近くにどうしても守りたいなにかがあるから。そうだろう?」


 とたんにサトリが顔を上げ、大きく開いた瞳で陰陽師をじっと見つめる。

 て、もしかしてドンピシャ⁉


「ヒヒヒヒヒ……。こうなったら……そこまでわかってしまったら……その喉笛、噛みきってやる!」


 えぇえええっ⁉


「な、なんか維吹さん、めちゃくちゃあやかし、怒ってるんですけど⁉」

「平和的に話し合いで解決しようと思ったのに。やっぱり僕には人徳がないみたいだね」

「いや、のんびりそんなこと言ってる場合じゃ……きゃあっ⁉」


 唐突にサトリが地面を蹴って飛び掛かり、維吹さんが素早く指を唇に押しあてる。

 ヒュッという短い口笛の直後、細い蛇が草むらの中から飛び出すも、それは簡単に避けられて、つたに戻るとへたりと地面に落ちてしまう。


「おっと、危ない危ない」


 ニヤニヤと歯を見せて笑うサトリ、


「まんいちのために罠を張っておいたんだけど、やっぱり見破られてしまうね」


 残念とばかりに肩をすくめてみせる陰陽師。

 術者の心を覗きこめば、どこにどんな罠があるのかすべてわかってしまう。しかもサトリは異常なくらい素早いから、罠が発動してもすんでのところで避けられてしまう。


「で? わしが嘘をついていたって? それがわかったところでおまえたちにはどうにもできん。大人しくここを去るか、わしの牙にかかるか、ふたつにひとつよ!」


 とっても悔しいけど、それはサトリの言うとおりだ。手の内を見破ることとサトリを捕らえることは完全に別。だったら次にわたしがやるべきことは――。


「あの、維吹さん? ひとつ提案なんですけど、ここは大人しく山を降りて、帝都に戻って例のアレを……」

「アームストロング砲は駄目だからねっ!」


 わたしの言葉を遮って、維吹さんが大きくえる。


「えぇっ⁉ わたし、まだなんにも言っていないのに! どうしてわかっちゃうんですか⁉ もしや維吹さんまでサトリに⁉」

「そんなわけないから!」

「じゃあ以心伝心ってやつですかね? 心をって心を伝える! わぁ、すごい!」

「おまえたち、なにをくだらんことをごちゃごちゃと!」


 苛立ったサトリが叫んだけど、これは単なる時間稼ぎ。それを知ってか知らずか、わざわざ乗ってきてくれた維吹さんには感謝しかない。


「は? 『時間稼ぎ』だと?」


 うっ! やっぱり心を読むあやかしは面倒すぎる!

 わたしが顔を引きつらせた瞬間、


「先生、無事っすか⁉」


 聞きなれた声が響いた。

 見れば、谷川の方向から小泉さんが走ってくる!

 やった! これで役者は揃った!


「小泉さん!」

「あ、あんた! あんたも無事だったか!」

「それより英語! なんでもいいから英語をしゃべって!」

「はあっ⁉ 急になにを言って、」

「問答している暇はないの!」


 唐突で意味不明な要求に、小泉さんはあからさまに戸惑い、それでも大声でしゃべり始める。


「お……On the Akasaka Road,in Tokyo,there is a slope called Kii-no-kuni-zaka,which means the Slope……」

「これは……ラフカディオ・ハーンの『怪談』?」


 維吹さんが目を見開く。

 ラフカディオ・ハーンなら、わたしも少しは知っている。明治時代にお雇い外国人として日本にやって来た英国人で、帝国大学の先生だ。日本人の奥さんがいて、彼女から教えてもらった伝説や幽霊譚を『怪談』という本にまとめている。


「なんだ、この言葉は⁉ まったく意味がわからんし、心も読めん!」


 サトリが怯えたように声をあげる。

 小泉さんは英語が大の苦手だと言っていた。そのせいで落第までしたというのだから相当なものだ。つまり、この英文を思い出すのが精いっぱいで、心になにか思う余裕などまったくないはず!


 よし、この作戦、じゅうぶん行けるっ!

 口ではヤマネコと言いながら、心では猿と思っている――。

 もしそんな人間に出会ったら、サトリは困惑するだろう。

 ならそれに近いことはできないか? サトリを混乱に陥れ、少しでも気を逸らせるようななにかを――。


 そうしてわたしが考えだした策は、想像以上の効果を叩きだした。

 うろたえるサトリに強制的に生み出された隙。その隙さえつくってしまえば、こちらには陰陽師の維吹さんがいる!


「今よ!」


 わたしの叫びとほぼ同時に、またもや短く口笛が響く。

 直後、草むらから飛び出してきた無数の蛇がサトリにしっかり巻きついて――


「し、しまった!」


 あたりに響くサトリの悲鳴、


「やっと捕まえた……」


 へなへなとその場にへたり込む維吹さん。


「やりましたね、維吹さん! それから小泉さん、英語が苦手で助かりました!」

「それ、全然めてないからな!」


 冷たい瞳でにらまれて、わたしは思わず笑って誤魔化す。


 あああ、それにしても、疲れたなぁ……!

 精神攻撃しかけてくるあやかしって、ほんと対処に困るというか。

 蔦でぐるぐる巻きにされて倒れたサトリを見ながらため息しか出てこない。


「……さてと。それじゃあ、こうまでしてあなたがなにを守っているのか、教えてもらいましょうか?」


 芋虫状態なサトリの前で仁王立ちし、わたしは意地悪な笑みを浮かべてみせる。


「そ、そんなものなど知らん!」

「ふぅん? だったら吐きたくなるようにしてあげましょうか? 足の裏とか耳の中とか、狗尾草えのころぐさでくすぐるわよ!」

「ひぃい、やめてくれぇ! 考えただけで身体中からだじゅうがくすぐったくなる!」

「じゃあ、いったいなにを守ってるのよ⁉」


 実は、今まで誰も見つけられなかった金鉱のありかを知っているとか? だったらとってもうれしいんだけど!


「違う、金鉱などない!」


 あ、また心を読まれた……。


「亜寿沙さん……」

「あんた、なに考えてんだよ?」


 呆れたような声を出し、ジト目でわたしを見てくるふたり。


「だ、だって金鉱を見つけられたらうれしいでしょ?」

「いえ、僕はまったく興味がないので……」

「俺も」


 はいはい、長屋一棟持ってる人と、学生やめて避暑に来るような人は違いますね!


「だったら! 金じゃないならなんなの?」


 わたしが叫んだ瞬間、


「もう、いったいなぁに? 騒がしいわねぇ!」


 女言葉なのに、やたらと低い不思議な声があたりに響いて。

 腰まで伸びたつやのある髪をさらりとなびかせ、この山には場違いな、きれいなお姉さんが現れたのだった。

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