第20話 わたし、いきなり命の危機!?

 小屋に着いたばかりでサトリの洗礼を受けてしまったわたし。

 とっさに撃退できたのは飽くまで偶然だってわかっているし、あんなことが運良く続くとも思えない。


 さて、これからどうしよう?

 話し合いをしようにも頭から拒否。たぶん、これから何度も現れて嫌がらせをしてくるに違いない。

 だったらどうか、これ以上わたしの心を読まれませんように! ほっこり陰陽師とかよくわからない元美校生とか、ふたりの前でバラされたらわたしの立つ瀬がない!


 そんなことを考えつつ、上の空で夕飯の準備をしたら、ご飯は焦がすわ干物は消し炭にするわ……。


「いつもの亜寿沙さんらしくないね。大丈夫?」


 維吹さんに心配され、小泉さんには冷ややかに見つめられ、なんだかもうボロボロだ。

 夜は夜で外に張った蚊帳かやの中に布団を敷いたんだけど、どこからかサトリが見ていたら……なんて思うと安心して眠れるわけもなく。わたしの隣ですやすやと寝息をたてる維吹さんの顔に何度いたずらしようと思ったことか!


 そうして迎えた翌朝、わたしはヘロヘロになっていた。


「……谷川に、水を汲みに行ってきます……」


 朝食のあと、バケツを手にして歩きだしたら、


「小泉くん。悪いけど亜寿沙さんと一緒に行ってあげて」


 維吹さんがそんなことを言い出した!


「え? べ、別にいいですよ! 水汲みくらい、ひとりでできますから!」

「でも力仕事だし、途中でサトリに会ったら嫌だろう?」


 たしかにサトリに会うのは嫌だけど、誰かと一緒のときに心を読まれるのもすっごく嫌。どっちにしろ嫌なことだらけで心がちっとも休まらない。


「ほら、行くぞ」


 指名された小泉さんは、わたしのものよりひとまわり大きなバケツをふたつも手にして歩きだす。

 やっぱりこういうときって力がある人はいいよね。わたし、全然腕力ないもん。

 大きな背中のうしろを歩きながらため息をひとつ。


「……なんだ?」

「え?」

「背後であからさまにため息を吐かれると気になる」

「あ、ごめん。こっちのこと、こっちのことだから!」

「ふぅん?」


 そのあとは気まずい沈黙と、ふたりがやぶぐ音だけが延々と続いて。


「あの……」

「なに?」

「小泉さんて、異人の血が混じってる?」


 重苦しい空気に耐えかねて、思わずそんなことを訊いてしまったけれど。この話題、適切じゃなかったよね……?


「だったら?」


 案の定、小泉さんは不愉快そうに鼻を鳴らす。


「な、なんだってわけじゃないの。ただ訊いただけ。気に障ったなら謝るわ」


 ところが小泉さんは一拍置いて、


「……父が、欧呂巴ヨーロッパの出身だ」

「あ、そうなの?」


 素直に答えてくれると思わなかったわたしはちょっぴり拍子抜けしてしまう。


「だったら異国の言葉……たとえば英語はぺらぺらだとか?」

「いや、英語のせいで中学を落第してる」

「お父さんに教えてもらったりとかは……」

「父は、俺が子どものころに亡くなっている」


 う。わたしが訊くことすべて、裏目に出ちゃってるよ!


「ごめん、嫌なこと思い出させちゃったよね。でもわたしなんて、陰陽師の弟子のくせに才能なんてからっきしだから!」


 どうにか場をなごませようと必死で紡いだ言葉。

 しかし、振り返った小泉さんは驚いたように目を見張る。


「陰陽師の弟子なのに、才能がない? 先生が直々に選んだのに?」


 うわ、しまった! 余計なこと言っちゃった!

 小泉さんにしてみれば、わたしは陰陽師の弟子の座を奪ったにっくき相手。それが無才だとか、納得いくはずがない!


「い、いや、その……!」

「どういうことだ? 先生を騙したのか?」

「違う、そうじゃなくて!」


 焦るわたしのうしろで、ガサッと大きな音がした。続いてケラケラとかんさわる笑い声。

 ま、まさか……!


「ちっ、サトリか!」


 小泉さんがつぶやくと同時に、


「おまえ、『この女さえいなくなれば』と思ったな?」


 サトリのしわがれた声が森に響く。

 えぇっ⁉ これってまさか、小泉さんの心の声……⁉

 とたんに小泉さんの顔が青ざめていく。


「嘘だ! そんなことなど思っていない!」


 しかし、サトリは言葉を止めない。


「おまえ、『谷川に突き落として事故に見せかければ』と思ったな?」

「おまえ、『あの陰陽師ごとき、たやすく騙せる』と思ったな?」

「おまえ……」


 その先はもう、聞いてはいられなかった。


「こ、来ないでっ!」


 こちらに手を伸ばす小泉さんにバケツを投げつけ、脇目も振らずに走りだす。

 なにくわぬ顔をして、そんな恐ろしいことを考えていたなんて!

 必死で逃げるわたしの腕を背の低い笹が切り裂いて、茂みに隠れた木の根が足をすくう。転んでは立ち上がり、顔についた泥も払わず懸命に走って――。


 ハッと我に返ったときには、わたしはひとり、知らない場所に立ちつくしていた。

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