第18話 尾行されたもご存知ない
終点の
「上野から来た維吹さんか?」
「はい。……あ、こちらは弟子の亜寿沙さんです。今日はよろしくお願いします」
ていねいに頭を下げる維吹さんの斜めうしろで、わたしもそろって頭を下げる。
「はあ、さすがに街の人の格好はハイカラだ。おまえさん、さぞかし偉い人なんだろうね」
「いえ、
陰陽師って巷によくいるのかな?
ほんとはツッコみたかったけど、わたしは無言で笑顔を維持する。
ふたりで馬車に乗りこむと、ほい、という掛け声にあわせて馬がゆっくり歩きだした。
四方に
「陰陽師ってことは、サトリ退治に行くわけか」
「……あ、はい」
ふいに徳治さんが背中越しに訊いてきて、景色に見とれていたのだろう、維吹さんが一拍遅れて返事をする。
「もう話が広まっているんですね。でしたらご老人は、サトリに会ったことは?」
「そりゃあ、あるけどよ」
あまりにあっさりとした返答に、わたしは「えぇっ⁉」と叫んでしまう。
やっぱりいるの、サトリって⁉ 心のどこかで「あんなの迷信だよ」って言葉を期待してたのに!
「だがな、あれは退治するようなものじゃない。会ったら引き返す。そういうもんだ」
どこか困惑したような徳治さんのひとことに、わたしはあることを思い出す。
「そう言えば、昔話のサトリって最後は自分から逃げてっちゃいますよね。猟師が討ち取ったとか、聞いたことがないです」
「そりゃあ、相手は心を読むあやかしじゃからの。なにをしようにもバレてしまって手の打ちようなどないわい」
えぇっ⁉ なにそれ!
だったらどう退治すればいいんだろう? 昔話みたいに偶然に頼るとか? 焚き火が
「たとえば、維吹さんがなんらかの術を使ったら?」
「その前に心を読まれて、術が編みあがる前に逃げられてしまうんじゃないかな?」
陰陽師はあっさり言う。
「いやいや、すぐあきらめないで、どうすればサトリに勝てるか考えてみましょうよ!」
「ははっ。あいかわらず亜寿沙さんは負けん気が強いなぁ。……うん、じゃあ僕はとりあえずふたつ考えたけど」
「え?」
は、早い!
「ま、待ってください、わたしも今考えますから!」
自分から言い出した手前、わたしもなんとか対抗策を生み出さないと気が済まない。
腕を組んで、首を曲げたり唇を噛んだり。百面相みたいになりながら、必死で策を練っていく。
相手は心を読むあやかしだ。つまり、心を読まれても大丈夫な策とは?
「あ、わかりました! ひとつ目はサトリよりも早く動く! そうすればどんなに心を読まれても平気です!」
もし、わたしが「こいつ、殴ってやる!」と思ったとして。それを察したサトリが避けるよりも早く
「それからふたつ目! 心のない道具に退治を任せる!」
策としてはこちらのほうが上だろう。心を読むあやかしなら、もともと心のないものに退治を任せてしまえばいいのだ。
「うん、僕が考えたのとほぼ同じだね」
「やった!」
グッと拳を握ったわたしだけど、徳治さんは前を向いたままで首を振る。
「いつだったか、それと同じことを考えた猟師が仕掛け弓――触れたとたん、目にもとまらぬ速さで矢が飛び出す道具を仕掛けたんじゃが。全部避けられてしまったわ」
「えぇっ⁉」
サトリ、そんなに素早いの⁉
「おまけにサトリにバレるのを防ぐため、周囲に罠を張ったことを黙っておってな。そのせいで村人に被害も出た」
ま、まさに踏んだり蹴ったり!
だったら……!
「みっつ目! サトリに心を読まれない遠い場所からアームストロング砲をぶっ放す!」
「あ、亜寿沙さん、
維吹さんが涙目になって首を振る。
「けど、なにをしても無駄なら退治なんてできないじゃないですか!」
わたしが叫ぶと、
「できれば退治じゃなくて、もっと平和的に解決できないかな?」
穏健派な彼らしい、大人しいこたえが返ってくる。
「え~⁉ たとえば、あやかしと膝つきあわせて話し合いとかですか?」
でもなぁ。それってどうなんだろう? だって相手は心を読むわけで。こっちの手の内とか、駆け引きの内容とか全部バレそう……。
あれこれ考えながら馬車に揺られること数時間、
「着いたぞ」
徳治さんの声に我に返った。
「馬はここまでしか入れんでな。あとはふたりでこの取っつきから山を登れば、鉱夫らのいた小屋に出るから」
わたしと維吹さんはその小屋に数日間滞在して、サトリ退治をすることになる。
「ここまでありがとうございました!」
去っていく徳治さんにお礼を言って、山登りの装備を整える。
「さあ、維吹さん、ここからが本番ですよ! がんばってください!」
「……着流しと下駄じゃなくて、ほんとによかった……」
いたるところから木の根が飛びだし、草いきれの香りもムンムンと漂ってくる細い山道。
「無理しなくていいですから。ゆっくり行きましょう」
……なのに。ものの十分もたたないうちに、維吹さんはヒィヒィ言い出した!
こ、これは……予想よりも早すぎるっ!
「す、少し休んでも、いいかい……?」
「いいですよ。けど五分たったら出発します」
さっきは「ゆっくり行きましょう」なんて言っちゃったけど、小屋に着くより早く陽が落ちたら洒落にならない!
「お水、飲みます?」
荷物の中から水筒を取りだしていると、
「亜寿沙さん……」
どこか緊張し面持ちで、維吹さんが唇の前に指を立てた。
「静かに。誰か来る」
「え? サ、サトリとか?」
「いや、実は汽車に乗ったとき、僕らの後をつけてくる人がいてね。行き先が同じなだけだと放置してたんだけど……。どうやら尾行されてたみたいだね」
「はあっ⁉ それ先に言いましょうよっ!」
静かに、と言われたくせについつい声を荒げてしまう。
あやかしも怖いけれど人間も怖い。だって相手は陰陽師とその弟子だって知って、わざわざ追ってきてるんでしょ⁉
「失礼ですけど維吹さん、人から恨みを買うようなこと、してませんよね?」
「そんなのわからないよ。自分にそのつもりはなくても、この世に生まれ落ちただけで恨みを買うのが世の常だから」
そ、そんな悟ったようなことを言われても……。
「とにかく相手が来るのを待って、話を聞いてみようか」
「……やっぱりそうするしかないですよね」
「大丈夫、殺気はないし」
ビクビクしながら待っていると、山道の下から
彼は、木の根に座って休んでいるわたしたちを見つけると、
「ども。久しぶりっす」
気楽な調子で片手を挙げる。
対するわたしたちは顔を見合わせ――
「「誰……?」」
同時にそんなことをつぶやいていたのだった。
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