第5話 何とか保っていく

昼間に書いたばかりなのにまたこうして書いている。


正直なことを言うと、障がいが軽くあるからというのもあるが、私の常識というものは周りの「平均的な」「社会」「ルール」「思想」「思考」がねじ曲がっている。

誰にでもそういったことはあるとは言うものだが、その「誰にでも」と言う中の部類のうちの1つの中に含まれる人々である「普通ならわかるだろ?」ということが分からないというものに分類される人のうちの1人で。


仕事に入る前の面談にて。

上司は一生懸命に説明しようとしてくれているのに、なかなか私は上手く理解ができないどころか「会社に務めるものとして」提示されている業務が、きっと他の人なら「はい、分かりました」となるものが、私には疑問符しか浮かばない。

分からない自分と、融通の聞かない頭と感情、そしてその自分の考えや思いが言葉にできない、そしてワガママなところもフツフツ湧いて、遂に泣き出した。

別に上司が悪いわけではないし、どちらかと言えば悪いのはこちらなのだが。

とにかく、色んな思いがあるものの、働かさせていただいてる身なのだからと、「社会人の大人」としてここは取り込んでハイと納得することで、やっと頭にストンと内容も入って、意味も「これが仕事をするということ」というモノだとまた少し学んだ。


ただ、不安で仕方ないのは、

私の現場の現状を全て受けいれすぎて、本来の己を失わないか、というところである。

実際に納得して受け入れたもののうちのいくつか、受け入れ、それが「社会人」なのだと知った時、何か自分の中で大事にしていた人に対する心が砕けるような、ヒビが入るような気がして、気がつくと「わたしの笑顔」というものが「社会人の型にはまりきった笑顔」に全部なってしまう気がして、乾いた竹が落ちる時のような気持ちになってしまいそうになる。


確かに社会で働くものとして、そういうものは必要、時にはそれで割り切らなければならない。

ただ、私が忘れてはいけないと思ったのは、

「社会人としてとともに、常に人としてを決して忘れてはいけない」ということだと思う。

介護の現場は大変だ。

だが、辛くとも、それを学ぶにはやはり、ここが1番で、永遠に答えが確定しない場所でいて。

それでも楽しいと思える場所なんだと、

その楽しさを知って依存してしまえば面白い。


書いていたら、真顔になりかけた自分の心が少し「しゃーない、だからしゃーないなりに、自分らしくを忘れず明日もまた」そんな気持ちになって、結局また頑張れないと思っても頑張ろうとして歩むんだろうなと。

苦笑しながら、まぁ、これはこれでと何とかしていく。


帰ったらまた好きな事をしておけば、大丈夫だ、また笑える。

どんだけ見失いそうになっても、己を思い出せば。

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不完全な完璧、それがいい。 あとわと @AtWt_01

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