1217 視線
明くる日に影井に宿泊客の予定を訊ねた柚葉は驚きを隠せなかった。
「オイナリ様、年始まで泊まられるんですか」
両手を合わせても足りない数だ。ホテルと銘打ってるのもあって宿代も恐ろしい金額になる。上客も上客、下手なことはできないなと柚葉は改めて気を引き締めた。
姿は年端もない子供だが、先輩である九十九は平然としている。
「毎年だて。騒がしいのは好かんのやって。年末年始は一番の働き時なんになぁ」
いくら休みなく働く店でも、年末年始は休むもの――人が流れる時期とはいえ宿だって
正月から忙しいところなんて、限りがある。神社か、寺か――それ以上思い付かなかった柚葉は思案にくれた。
オイナリ様だからという名前で神職と考えるのは安直だろう。年末年始で勤めを果たさない人なんて、いるわけがない。そんなことをしたら、醜女でなくとも矢面に立たされるに決まっている。それこそ、神様に許しを乞わなければいけないぐらいに。
客の事情に首を突っ込むものでもないか、と柚葉は考えるのを止めて無難な言葉を選ぶ。
「よくご存知なんですね」
「かれこれ十年は泊まっちょるしなぁ。仕事も嫌じゃが、暇も嫌なんじゃと。捕まったら『支配人を呼びましょうか』て言ったらええき」
あの支配人で大丈夫だろうかという考えが浮かぶ柚葉が生返事をする。聞き捨てならないことを聞いたはずなのに、頭に浮かんだ支配人が吹き飛ばしてしまった。
柚葉のしかめっ面に何を思ったのか、零がころころと笑う。声は出ないが、表情豊かだ。
「冬至前じゃけぇ、お客さんがじゃんじゃん来る。気ぃ引き締めてやろな」
九十九のかけ声に、柚葉と零は頷いた。
ふと、顔を窓の外に向けたのは零だ。なしたん、と声をかけてくる九十九を無視して、ある一点に冷たい視線を刺した。じりじりと何かと対峙するような空気をしばらくただよわせ、唐突に視線を外す。
するどく目を細めたままの零は、九十九に何か伝えたようだ。
窓の外を見やった九十九は、緊張をほどく。
「なんや、客か」
「オイナリ様です?」
「んにゃ、昨日の朝方に倒れこんできたやつ」
柚葉が窓の外に視線をめぐらせても、噂の客は見当らなかった。
「あん方はいつまでおるんやろなぁ」
九十九のぼやきに誰も答えなかった。
木枯らしが洗濯物をはためかせていく。
興味が湧いた柚葉は、影井に訊ねた。
「名前って聞いてます?」
伊予の出身と聞いていたので、知り合いかもしれないと思った柚葉は、眉尻を下げる。
「聞き覚えないですね」
「そりゃ、そうやろ。柚葉が覚えとるっちゅーことは、前に世話した客か知り合いになるが。ソイツが
九十九の言い分に、確かにと柚葉は頷こうとしたが、胸に言いようのない不安が走り、首を捻ることとなった。
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