1216 オイナリさま

 広間に行くために調理場を出た柚葉の目に客が入った。慌てず焦らず廊下の隅で頭を垂れる。


「おや、新入りかい?」


 すすきのような明るい髪を持つ妙齢の男が興味深そうに目を細めた。

 見慣れない髪色なので異国人だろうか。

 柚葉は興味を引かれたが、伏せた顔をあげるのも失礼だろうと姿勢を変えない。

 にも関わらず、つり上がった目を愉快に細めた客はわざと覗きこんでくる。ほぉおん、とわずかに見えた口元が愉快そうに弧を描いた。

 あまりの醜さに舌打ちをされると思っていた柚葉は肩透かしを食らった気分だ。


「まぁた、あの子は変わった子を拾ったんだねぇ」


 ケタケタと笑った客は、何処から来たんだいと柚葉に訊ねた。

 柚葉が案内をしていた零に目配せをすれば、小さく頷かれる。相手をしてもいいと受け取った柚葉はさらに深く頭を下げた。


「伊予からです」

「ああ、のんびりとしたところの」


 まるで今日の天気を言う気軽さで、青年は品のある笑みを浮かべる。

 空気に敏感な柚葉は、零の雰囲気が研ぎ澄まされたのを感じた。

 きゅっと口を引き締める柚葉を、妙齢の男はじっくりと値踏みした。かと思えば、ネジ巻きが切れたように興味を失い、ほなと行って客室へと向かっていく。

 せっかく暖まった体が凍えていた。冷たい手先を握りしめた柚葉は言い様のない不気味さから逃げるよう広間に急ぐ。

 広間の扉を後ろ手に閉め、寄りかかった姿を見た九十九は目を丸くした。


「どげんした」


 悩んだ末に、柚葉は重い口を開く。


「新しいお客様に、粗相をしたみたいで……」

「ああ、お稲荷様か。何言われたん」


 不可思議な方は奇異な名前を持つものなんだなと思いつつ、柚葉は詳細を伝えた。

 九十九は九十九で、おざなりに片手を振る。


「あん人が何かを誉める時は、そのまんまの意味やなかよ。裏を読めってことなんかいねぇ。わからんっちゅーに。逆に嫌みはそのまんまの意味やけ、わかりやすいんやけどなぁ」


 顔色の悪い柚葉の背を少年の手が叩く。


「柚葉が気に食わんのんじゃなくて、伊予・・が気に入らんき」

「土地で好き嫌いってあるもんですか」


 柚葉がぽつりと落とした言葉を拾った九十九はお稲荷様ははっきりされとるんよと目をすがめたまま独りごちる。


「タヌキが多いけん」


 そんなことを言われても、柚葉はどうすることもできなかった。


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