1211 強面料理人 その2

 失礼、と後ろから声をかけられたのと、袖を引かれたのは一緒だった。低い声に驚いた柚葉は振り返り、さらに目を丸くする。

 瞳に映るのは、九十九と話している男と同じ顔の男だ。髪を項で結んでること以外、寸分の狂いもない。

 目と口を開いたまま、柚葉は背後の男を振り返り目の前の男に視線を戻した。やはり、全く一緒の別人がいる。もう一度、零に袖を引かれ端に寄った。

 髪をしばった男が肩に荷を卸す。ビチリと跳ねた中身は、魚らしい。

 すいとんをよそっていた料理長は、散切り頭の男に支配人に持っていくように声をかけて、魚を品定めする。


「いいのが獲れたね」

「運がよかっただけでしょう」


 妙な所で謙虚だねぇと笑った料理長が包丁を取り出してきた。慣れた手付きで刃を入れて、下処理を済ませていく。

 男は洗い物を始めた。二人の料理人がいると聞いていたが、下積みらしい。

 二人の方が、よほど料亭の料理長のような風格なのに、と考えた柚葉は自分を諫めた。先程、見た目で判断しては駄目だと誓ったばかりなのに片寄った見方が胡座あぐらをかいている。

 九十九は今にも踊り出しそうな勢いで料理長の手元に目を輝かせる。


「今日の晩飯は焼き魚け?」

「ムニエル、てやつに挑戦しようかね」

「むにえる! ようわからんけんど、うまそうだ! はよ仕事終わらせてしまお」


 九十九にも零にも袖を引かれ、柚葉は調理場を後にした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る