1210 強面料理人

 すいとんを食べ終え、早速、仕事に取りかかろうと扉を開けようとした九十九は一瞬で身を翻した。

 勢いよく開けられた扉が、柚葉の前髪をさらう。風呂敷包みが突進してきたので、九十九の横に避難した。

 大きな風呂敷に腕が巻き付いている。

 既視感を覚えた柚葉はすまし顔の九十九を見下ろした。

 ホテルの従業員は度胸比べをされる試練があるのだろうか。

 荷を抱えるのに相応しい筋骨隆々とした上背のある男が柚葉達には目もくれず通り過ぎていく。

 料理長がおかえり、と声をかけると、浮いた風呂敷が調理台に着地した。

 男の顔を見た柚葉は悲鳴を上げそうになるのを寸前で飲む込んだ。

 尖った目は眼光がするどく、人を殺したことを確信してしまうほどの威圧を放つ。角ばった顎や険しい眉も相まって、余計に恐ろしく見えてしまう。

 叫び出したい形相を目の当たりにした柚葉は密かに反省した。見た目で特に顔の造形で決めつけてはいけないと身に染みてわかっているはずなのに、間違った行動をしそうになった。

 念入りに肝に命じている横で恐れ知らずの九十九が口を尖らす。


「前見て歩いてくれんと、怪我するに」


 年輩者に対する口調ではないが、腹を割って話せる間柄なのだろう。

 強面の男が首をかいて謝る。


「九十九殿、いらっしゃったのか。すまんの、痛む前に運ばねばと思い、つい」

「つい、で潰されたらたまらんっちゃ」

「まぁ、そう目くじら立てずに。九十九殿とワシの仲だろう」

「美味い肉食わにゃ、腹の虫がおさまらん」


 九十九が冗談混じりに言えば、男があい分かったと請け負った。


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