1208 あったかい賄い
柚葉はもう一度、注意深く二人を観察した。
視線に気付いた料理長は流し目で意味ありげに笑い、延々と料理長に南で見た大きな魚について話していた九十九が振り返る。
「柚葉んとこは、どげな魚が獲れとった?」
虚を突かれ、息を止めてしまった。寸の間、何を聞かれたのかわからなかったが、伊予は魚がおらんけ?と丸い目に問いを重ねられる。
「鯛やアジ、ネブトとか……ですかね。大きいものならブリはよく並んでました」
「ねぶとって聞いたことなかよ」
「瀬戸内でよく食べるみたいで、他の所では珍しいみたいですね」
「どげな魚なん?」
羽子板のように返ってくる言葉は聞き慣れないはずなのに、何となく意味がわかるから不思議だ。
面白くなってきた柚葉は表情をゆるめた。
「銀色にしまが入った小さい魚です。素揚げにして塩をふったり、酢漬けにして食べますね」
「へぇ、おもろいなぁ」
九十九の細められた瞳に笑う自分が見えた柚葉は目を見開いて固まってしまった。
やはり、このホテルの人たちは何処かおかしい。あんまりな醜女だと話しすら、まともにできなかったというのに。
首を傾げる九十九にぎこちない笑みを返す柚葉の前に丼が置かれた。
にんじん、大根、牛蒡が入った具沢山のすいとんだ。ネギが散らされた器から湯気がのぼる。
「ほら、あたたかいうちに食べなさいな」
料理長の何気ない一言で柚葉は涙をこぼしそうになる。
あつあつに息を吹きかけて頬張る。火傷しそうになり、料理長にも九十九にも笑われた。久しぶりに食事をしたような感覚に襲われる。
同じ部屋で食べたら不味くなると冷めた残りかすばかり食べた日々は決して忘れることはできない。
それでも、目の前のあたたかい一杯で霞むぐらいには美味しかった。
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