1205 人見知りフロント

 女将の話はひと月後に答えることにした柚葉は、誰に教えを請うか考えあぐねた。

 フロント受付係ベルアテンダント案内係ハウスキーパー清掃係が二人ずつ、料理長一人と調理係二人。数少ない従業員で切り盛りをしているので仕事の邪魔をするのは気が引けた。

 宿泊できる部屋は二階にある八つとはいえ、その内の二つは天蓋付きのベッドにシャンデリアがぶら下がる豪華な仕様だ。長年勤めた柚葉でも、さすがにホテルの部屋の整え方はさっぱりわからない。

 昨日、簡単に説明を済ませた支配人はその道を極めているから大丈夫、従業員達に太鼓判を押した。

 呑気な物言いを素直に信じた柚葉は顔を引きつらせるはめになる。

 長机から目を覗かせてはすぐに隠れ、また目を覗かせては隠れる受付係。人見知りとどう仕事をしていけばいいのかと気が遠くなる。

 名を名乗り、相手に尋ねれば机に平伏すように紙を差し出された。名札なのか、名字しか書かれていない。


影井かげいさん。今日は何名のお客様がお泊まりになる予定ですか」


 柚葉の問いに体を震わせた影井は頭まで隠れて答えなかった。

 怯えきった影井の背後の扉が開いて、支配人が顔を出す。香ばしい香りと共に、醤油醤油と鼻唄をまで添えて、機嫌がいいようだ。


「影井くん、今日のご予約は?」


 まるで、今日の昼ごはんを尋ねるような調子なので、柚葉は朝ごはんを食べていないことを思い出した。

 顔半分覗かせた影井は支配人と柚葉の顔色を伺い、また頭を引っ込める。


「いらっしゃいません」


 全く仕事が覚えられそうにない確信だけは持てた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る